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 解放軍は何を考え、こんなところに桜を連れて来たのか。まず真っ先に考えられるのは、システム回りを弄るためという可能性。システム面がどのように運営されているかなどは知らないが、桜はシステムに対する専属であり、現在アンダープリズンにいる誰よりも、システム面に詳しいことになる。解放軍としても、彼女を連れて来ない手はないわけだ。


 助けに入りたい気持ちをぐっと堪え、桜と解放軍の動向を伺う。桜が開けた扉から、二人が中へと入った。扉の閉まる音が、やけに廊下へと響く。


「おい、チョンマゲ。あの部屋は何のためにある部屋だ?」


 誰もいなくなってしまった廊下を伺いながら、坂田が口を開く。恐らく、無意識に声が大きくなってしまうことを自覚しているのであろう。尾崎は必要以上に小声で返す。


「普段、こんなところに来ないっすから分からねぇっす――」


「だったら、ちょっと見てこいよ。扉の近くに部屋の名前くらい書いてあるだろうが」


 坂田の言葉に尾崎はややムッとしたような表情を見せたが、きっと尾崎自身も気になっていたのであろう。拳銃を構えると、ついさっきまで桜と解放軍がいた廊下へと身を乗り出す。改めて周囲に人の気配がないことを確認すると、曲がり角の向こうへと滑り出た。


 何事もなく扉の前までたどり着いた尾崎は、プレートを食い入るように見つめ、そして縁達の元へと戻ってきた。その顔には、何だかやり遂げたといった具合の達成感のようなものが滲み出ていた。


「どうやら二人が入ったのは電気室みたいっすね」


「――電気室か。やべぇな。アンダープリズンの心臓部じゃねぇか」


 尾崎の言葉に小さく舌打ちをした坂田。尾崎はその理由を知りたそうに坂田の言葉を待っているようだが、電気室と聞いただけで縁にはピンとくるものがあった。このアンダープリズンは、基本的に電気で制御されているものが多い。外と繋がっているエレベーターもそうだし、出入りするための鉄扉も動力は電気だろう。もちろん、アナログな部分もないわけではないが、しかし仮に電気そのものを失ってしまうと……アンダープリズンは文字通り地下の監獄と化す。


「尾崎さん。解放軍は電気を落として外部と完全に遮断するつもりかもしれません。電気を落とされてしまったら、ここから出る手段が完全になくなってしまいます」


 まだ話が見えていないであろう尾崎に教えてやると、尾崎は合点がいったかのように手の平を叩く。正直、これは由々しき事態だった。現時点でさえ、システム面に細工をされ、メインとなる出入り口が封鎖されているというのに、さらに電気まで落とされてしまうと目も当てられなくなる。もし電気室が解放軍の支配下におかれてしまったら、ここから脱出することが完全に不可能となってしまうのだ。電気制御がメインのアンダープリズンだからこその弱点である。


「なるほど――。でも、ここの電気の制御くらいなら、わざわざエンジニアを連れてくる必要もないんじゃないっすか? 大きなブレーカーを落とすだけみたいな感覚だろうし、誰にでもできそうっす」


 まだ桜とゴリラは部屋から出てこない。縁達は息を殺したまま、じっと無人の廊下を見つめる。


「確かに、電気室だけに用事があるのならば、桜さんを同行させる必要はありませんね。基本的にそのような部分は、誰にでも扱えるように作られているでしょうから」


 尾崎の言うように、大きなブレーカーを落とすというのは、やや極端な表現になってしまうが、恐らく電気そのものの制御については、専門的な知識がなくとも、誰にでも操作できるように作られているはずだ。この地下において電気は必要不可欠のライフライン。いざとなった時にエンジニアしか扱えないようでは困る。


「まず他にも用事があると考えたほうがいいだろうなぁ。エンジニアを引き連れてんだ。もっとシステムの根幹的な部分に奴らの目的はあるはずだ――」


 坂田がぽつりと呟いた瞬間だった。かすかなノイズが入ったかと思ったら、辺り一帯にチャイムが鳴り響く。終業のチャイムであり、今は楠木達との集合の合図でもある。探索の終盤で桜達を見つけてしまったせいもあるのだろうが、そもそも設定された時間が短いのかもしれない。こんな中途半端なタイミングで離れるわけにはいかないし、どうやら集合には遅れてしまいそうだ。


「……えっ?」


 チャイムが鳴り終わり、桜達が電気室から出てくるのをいまだに待ち続けていた縁は、ある事柄に気付いて思わず声を上げた。


「どうしたっすか?」


 尾崎が問うてくるが、それに被せるようにして、坂田が意味深な言葉を吐く。


「女……お前も気付いたみたいだなぁ。だが、実はおかしくなり始めたのは、もっと前の段階だったりすんだよなぁ。妙だとは思っていたが、何かしらの意味がありそうだ」


 またしても置いてきぼりは尾崎である。その様子から察するに、彼は全く気付いていないようだった。


 いいや、もしかすると縁だって気付けなかったかもしれない。それこそ、ごくごく最近になって聞いた、あの話のことを知らなければ、この違和感には気付けなかったかもしれないのだ。


「坂田、おかしくなりはじめたタイミングって、いつのこと?」


 どうせ坂田のことだから、もったいぶって話そうとしなかったり、わざと話をはぐらかせ、こちらをからかって楽しんだりするのだろう。しかしながら、良い意味で期待は裏切られる。全てにおいてまるで天邪鬼というわけではないのかもしれない。


「――俺が気付いたのは、今日の昼だよ。俺はお前らと違って規則正しい生活が叩き込まれているからなぁ。くくくくくっ、おかしいことにはすぐに気付いたぜぇ。お前は今の今まで気付かなかった間抜けぶりを見せてくれたけどよ」


 独房の中で自由に暮らしている坂田が、よくもまぁ規則正しい生活だなんて言えたものである。まぁ、全てが自由というわけではないだろうから、ごく一部だけは規則正しかったりするのだろうが。


「となると、今日のお昼以前からがおかしくなっていたってこと?」


 縁が気付いた明らかな違和感。その違和感に対して、どのような理由をつけていいのか分からない。これが解放軍の仕業だったとして、何が目的でこんなことをしたのか。


「あぁ、今日の昼からで間違いない。アンダープリズンで暮らしていれば、今日の違和感は嫌でも気付くぜぇ。恐らくだが、何かしらの理由で解放軍が差し替えたんだろうなぁ。もちろん、事件が起きる前にな。でもって、たった今――そこにほころびが生じた」


 坂田の言うところの綻びとやらから、アンダープリズンのある部分に細工が施されていたことが明らかになった。坂田の言葉を信じるのであれば、それは事件が起きる前から差し替えられていたらしい。


「あの、自分にも分かるように話して貰えないっすかね? 二人が何を話しているのかさっぱりっす」


 縁と坂田のやり取りについて来れていない尾崎が、少しばかり申し訳なさそうに会話に入り込んだ時のことだった。ふっと、何の前触れもなく明かりが落ちた。非常灯を含めて、全ての明かりという明かりが、音もなく落ちたのである。突然、辺りは暗闇に包まれ、縁は暗闇に銃口を向けた。


「――やっぱり電気を落として来やがったか。まぁ、いい。これは予期できていたことだからよぉ」


 解放軍と桜が電気室に入って行くのを見ているのもあり、この事態は簡単に予測することができていた。そのおかげか、この事態には冷静に対応できている自分がいた。もっとも、闇雲に銃口を闇へと向けているだけだが。

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