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「それをこちらに――」


 少しばかり苛立った様子のライオンであったが、少し間を置いて気を取り直したのか、楠木が持っている鍵らしきものに向かって手を差し出した。認可証による自動読み込み装置などを置いてあるくせに、最後の要となる独房の鉄格子の鍵がアナログとは、これいかに。やっぱり、アンダープリズンは不可思議なことが多い。


 ふと、楠木の視線が自分に向けられていることに気付き、何気なしに視線を合わせると、縁にだけ分かるように楠木がウインクをしてみせた。屈強で図体がでかいだけに、ウインクひとつでも気味の悪いものがある――と、心の中で悪態をつくのはさておき、どうやら楠木には何かしらの考えがあるらしい。


「悪いが、鉄格子の鍵は開けかたが特殊なんだ。ごく一握りの人間にしか知らない開けかたがある。くどいようだが、あの坂田を閉じ込めている鉄格子の鍵だからな」


 それが本当なのか嘘なのかは別にして、上手いことを言ったものだと感心した。解放軍の目的は坂田の解放であり、楠木と縁は坂田を解放するための要員として独房に向かっている。縁の認可証がなければ、独房へと続く何枚もの鉄格子を通過することができない。そして、鉄格子の鍵がなければ、坂田を解放することは不可能だ。


 縁が認可証、楠木が鉄格子の鍵を持っているからこそ、坂田を独房から出すことができる。だが、ライオンにはこの方程式を破ることができる。この場で縁と楠木を射殺し、認可証と鍵を奪ってしまえばいい。むろん、そのような暴挙に出る可能性は低いだろうが、相手は得体の知れぬ解放軍の人間。何をやらかすか分からないからこそ、鉄格子の鍵の開けかたが特殊だとして、事前にライオンが暴挙に出ることを封じたのかもしれない。


「――ならば仕方あるまい。独房へと向かうぞ」


 ライオンは、この場で楠木から鍵を取り上げることをあっさりと諦めると、銃口を廊下の奥に沿ってなぞり、縁と楠木を先に行かせようと促す。同行したのがライオン一人だけであるため、下手に背後を見せるような真似はしないだろう。思っていた以上に隙が見当たらない。


 相手がアサルトライフルを持っている以上、下手に抵抗できない縁達は、指示に従ってライオンの前を歩き、今度は独房のほうへと向かい始めた。


 しかし、少し歩いたところで楠木が立ち止まり、ライオンのほうへと振り返った。つられて立ち止まり、同じくライオンのほうに振り返る縁。そこで思わず声を上げそうになったのを、ぐっと飲み込んだ。


 ライオンの両脇に、二本の腕が巻きついた瞬間だった。一体どこから現れたのか、にゅっと伸びた腕がライオンの両腕を拘束する。羽交い締めというやつだ。それを見た楠木は、何が何だか分からない縁を置いてきぼりにして床を蹴った。あまりにとっさのことだったからか、ライオンは言葉も発せず、拘束から脱しようと、もがくだけだった。


 アサルトライフルは、その性質がゆえに両手でなければ扱えない。片手で扱おうと思えば可能かもしれないが、羽交い締めされた状態では、まともに照準さえ合わせることができないだろう。楠木はライオンと一気に間合いを詰めると、アサルトライフルに飛びついて、それを力任せに奪った。


 一体、目の前で何が起きているのだろうか。守衛室には死体が転がっていただけで、第三者の存在は見当たらなかったはず。しかし、背後から二本の腕がライオンを拘束している以上、何者かが守衛室に潜んでおり、ライオンの背後を狙ったとしか思えない。


 まるで映画のワンシーンを見ているようだった。アサルトライフルを奪った楠木は、その銃底――台尻とも呼ばれる部分を、勢い良くライオンの鳩尾みぞおちに突き立てた。重さがありそうなアサルトライフルだから、その威力も生半可なものではないだろう。しかも扱うのが、いかにも体を鍛えていると言わんばかりの楠木なのだからなおさらだ。


 合成音声でも呻き声であると分かる声を出すライオンに対し、楠木は立て続けに鳩尾へともう一発。ようやくライオンから離れ、アサルトライフルを構えた。


「――動くなっ!」


 楠木がそう叫んだものの、もはやライオンは動こうにも動けないようだった。重装備でありながら、それを縫って繰り出された楠木の連撃が、思いのほか重たかったのであろう。羽交い締めをされたまま、ライオンは完全に脱力していた。


「いや、楠木さん。こいつ、気絶しちゃったみたいですよ。まぁ、これはこれでありがたいですけど」


 ライオンの後ろから、聞き慣れた声がした。それと同時に、彼までもが巻き込まれていたことに溜め息が漏れた。特別外出をしていたはずだから、もしかすると事件そのものに巻き込まれていないのではと思っていたのに――。しかしながら、彼がこの場にいたことに安堵してしまった自分もいた。


「――やぁ、山本さん。何が起こっているか良く分かりませんけど、ご無事のようでなにより」


 拘束は解かずに、ライオンの脇の下から顔を覗かせたのは――中嶋だった。突如として姿を現した中嶋の姿に、縁は思わず問いを投げかけた。


「中嶋さん、どうしてここに?」


「んー、なんというか、色々と聞きたいのはこっちのほうなんですけどねぇ。特外から戻ってきたら、どうにもアンダープリズンの様子がおかしい。出入りする鉄扉も、やり取りなしで勝手に開きましたし。で、妙だなぁなんて思いながら、とりあえず詰め所のほうに向かおうとしたら、変な被り物をして、物騒なものをぶら下げている奴の姿を見つけたんです。直感的にまずいと思って、近場にあった守衛室に逃げ込んだ次第でして」


 中嶋は運が悪かったとしか言いようがないだろう。外出から戻る時間が、もう少し遅ければ、そもそも事件に巻き込まれることもなかっただろうに。解放軍には見つからずに、守衛室に潜むことができたのが、唯一の幸いだったか。


「守衛室に入ったら入ったで――この有様です。楠木さん、優秀な部下を失ってしまったこと、その心情、お察しします」


 中嶋はライオンを後ろから抱えたまま、守衛室のほうを振り返った。守衛室には、つい数時間前までは生きていたはずの守衛達の遺体が転がっている。人間一人の命は地球よりも重いだなんて言われるが、それを完全に無視する形で、虫けらのごとく転がっているのだ。


「あぁ――。俺の監督不行き届きだな」


 楠木はそう言うと、わずかばかり俯いて見せた。縁達と合流したことで気が緩み、麻痺していた感情が込み上げてきたのか、中嶋は拳を強く握り締めながら「いい奴らだったのに――」と、目尻を拭った。それをごまかすかのように、気を取り直して口を開く。


「とにかく、守衛室で潜んでいたら、楠木さんがやって来たわけです。見つかったらまずいと思って、内開きの扉の裏にとっさに隠れたんですが、それが功を奏したみたいですねぇ」


 中嶋は人の気配を察して、内開きの扉の陰に隠れていたということか。だから、開いた扉の先に第三者がいるようには見えなかった。状況が全く掴めていないタイミングで、とっさに取った行動としては上等である。そして、中嶋が守衛室に潜んでいたからこそ、楠木は中で手間取っていたということになるのだろう。


「中嶋に簡単に事情を話して、ライオン野郎の背後を取ってやろうってことになってな。あいつも中嶋の存在には気付いていなかったようだし、わざわざ守衛室の中にまで入ってくることもなかった。正直、チャンスはここしかないと思ったんだ。中嶋と段取りを組んで、それが思っていた以上の結果に繋がってくれたってことだな。まさか、無傷でこいつを無力化できるとは思っていなかったが」

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