この危機的な状況を一大イベントだなんて言い出す辺り、実に坂田らしい。事実、何人もの人間が死んでおり、この先もどうなるのか分からないというのに。


「それで、現状を打破する突破口は見つかった?」


「数だけで考えりゃ、こっちのほうが明らかに不利だぜぇ。なぁ、やっぱり何人か殺っちまってもいいだろう? 武装はしているが、隙だらけの奴が何人かいるんだよ――」


 縁の言葉に対して、さも当然と言わんばかりに恐ろしいことを口にする坂田。自然と引き金にかけている指がこわばった。絶対に相手を殺してはならない。そう言い聞かせて独房から出してやったというのに――。


「殺しだけは絶対に駄目。日本国で罪人を裁けるのは法だけなんだから」


「だから日本は遅れてんだよ。生きていてもしょうもねぇ奴をよ、やれ更生だとか言ってるから、いつまで経っても馬鹿なことをやる奴が出てくる。更生しようもねぇような人間はよ、さっさと殺してやるほうがいいんだよ」


 どの口がそんなことを言えるのだろうか。それは誰よりも坂田に当て嵌まることではないか。坂田にだって更生の余地など一切ない。もっとも、だからこそ表向きは死刑ということで片付けられたのであろうが。


「とにかく、どんな理由があっても殺すことだけは絶対に許さない。こっちの分が悪いことなんて百も承知だけど、誰一人として殺さずに現状を打破する方法を見つけるの」


 少し強めに言うと、坂田は舌打ちをしてから「もう結構死んでるけどな。ここの連中――」と、揚げ足どりのようなことを言い出す。それでも、日本の法律においては殺せない。どんなに凶悪な犯罪者であろうとも、海外のように簡単に撃ち殺すことはできないのだ。


「まぁ、いい――。お前が望む通り、平和的に解決をするのであれば、解放軍とやらを束ねているレジスタンスリーダーを叩くしかねぇだろうなぁ」


 レジスタンスリーダー。それは、このアンダープリズンが占拠された際に、自らそう名乗り出た人物のことだ。状況から察するに、解放軍を指揮しているのはレジスタンスリーダーであり、敵の親玉とも言える存在である。どう足掻いても総力戦では火力の足りない縁達は、武力ではなく理論で対抗するしかない。すなわち、レジスタンスリーダーの正体を明らかにし、それを拘束することにより、物理的ではなく理論的に解放軍を制圧するのだ。集団はリーダーがいてこそ成り立つ。そのリーダーを叩いてしまえば、事態は自然に沈静化すると坂田は考えているのだろう。


 解放軍を率い、そしてアンダープリズンを占拠するという前代未聞のことをやってのけたレジスタンスリーダー。そもそもレジスタンスという言葉は反抗運動を指しており、ならば少しばかり意味が違うような気がする。それとも、坂田という殺人鬼を収容しているアンダープリズンに対しての抗議運動なのだろうか。縁は坂田の言葉に頷く。


「そして、このアンダープリズンが占拠されてしまった以上、残念ながらレジスタンスリーダー自身――もしくは、少なくとも解放軍の面子の中には――」


 もはや分かりきっている事実を口にしようとして、しかし言葉が出てこなかった。それを口にすることを無意識に嫌ったのかもしれない。それを代弁するかのごとく、他人への共感性など持ち合わせていない坂田が平然と続けた。


「アンダープリズンの関係者が含まれている。そもそも、ここはシャバにとっては機密の存在で、ごく一部の人間しか存在そのものを知らないんだろう? 表向きじゃ、俺はとっくの昔に死刑が執行されたことになってるわけだし、俺がこうして生きていることを知っているのも、ここの関係者に限られるからなぁ。俺の解放を求めること自体、何も知らない奴には不可能ってわけだ」


 解放軍はある要求を掲げていた。実際、それが本当に実現されるかは不透明な部分が多いのだが、その要求とは――九十九殺しの殺人鬼である坂田の解放。何を考えて坂田の解放などを要求したのかは分からないが、とにもかくにも、そのような声明を解放軍は出しているのだ。


「それに、このアンダープリズンの構造を知らない人間が、ここを手際良く占拠するのは難しいだろうし、電力をダウンさせることで地上と完全に切り離せることも相手は知っている。よって、解放軍には間違いなく、アンダープリズンの関係者が関与しているわ」


 気を取り直して坂田の言葉に続けると、にたりと不気味な笑みが返ってくる。


「――そして、すでに誰がレジスタンスリーダーなのか、ある程度の答えは見えている。なんにせよ、誰に対して喧嘩を売ったのか分からせてやるぜ。俺を解放しろだなんて何様なんだかなぁ。俺は――甘シャリ以外の施しは受けねぇ主義なんだ」


 甘いものは別腹ということか。こんな状況であるにも関わらず、そんな余計なことを考えてしまった縁をよそに、坂田はこう呟いたのであった。


「まぁ、俺ならもっとスマートに殺るがなぁ」


 なぜこんなことになってしまったのか。その始まりを知るには、少しばかり時をさかのぼらねばならない――。

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