事例3 正面突破の解放軍【プロローグ】1
空調が切れてしまってからしばらく。空気が随分と重く、息をするのでさえ苦しいような気がする。季節は夏であるせいか、外の熱が地下深くにまで降りてきているようで、じっとりと蒸し暑い。空調が停止してしまったせいか、辺りには血の匂いが漂っている気さえする。
真っ暗な空間で縁が頼りにしているのは懐中電灯の明かりだけだった。懐中電灯というよりもペンライトといったほうが正しく、軽量ではあるものの、それが照らす範囲は狭い。まぁ、ライターよりはマシであるが。
片手には懐中電灯、そして片手には拳銃。今となっては、ここに入っているのが模擬弾であることが心許ない。その実態さえ定かではない解放軍とやらを相手に、模擬弾の入った拳銃一丁で挑むのは、まるで風車に立ち向かうドン・キホーテそのものだ。
アンダープリズンが、その機能を失ってからどれどけ経っただろうか。時刻を確認したいところだが、スマートフォンはある理由により、手元にない。ここの電力もダウンしてしまった。外部にはすでに連絡済みだが、果たしてこの機密の施設で起きてしまったことに、どれだけ国が動いてくれることだろうか。
アンダープリズンに出入りする手立ては、縁の知っている限りではエレベーターしかない。そして、エレベーターは電力がなければ動かない。つまり、このアンダープリズンは陸の孤島ならぬ地下の孤島と化していた。もっとも、エレベーターが仮に動いていたとしても、メインの出入口となる鉄扉も電子制御されているため、そもそもエントランスまで出ることができない。まぁ、電力が生きていても、ここは地下の孤島になっていたであろうことは明白だが。
現状、頼れるのは己のみだ。刑務官達は解放軍に囚われてしまい、何人もの人間が殺されてしまった。そもそも刑務官らは武力を持たない。それに比べると、模擬弾とはいえども拳銃を持っているだけ、まだマシなのかもしれない。
緊急時のインフラ整備が後回しにされていたせいで、完全に孤立化してしまったアンダープリズン。まさかここが――機密であるはずの施設が、謎の集団に占拠されるなんてことは、誰もが想定していなかったのだろう。そもそも、緊急事態に陥ることさえも想定されていないのかもしれない。
周囲を警戒しながら、ゆっくりと歩みを進める。あちらは完全武装をした、ある意味でテロ集団だ。装備している銃器も本物だし、模擬弾などいとも簡単に弾いてしまいそうな防弾仕様の武装をしている。あれを相手に一人でやり合うとなれば、もはや結果は火を見るよりも明らかだ。
普段、どれだけ人間が文明に頼って生きているのか実感できる。誰かと連絡を取りたいのであれば、スマートフォンひとつで、どれだけ離れていても連絡が取れる。しかし、このアンダープリズンという特殊な場所は、機密性の面から電波が飛んでおらず、同じ施設内にいる人間とすら連絡が取れない。ごくごく当たり前に闇夜を照らす明かりだって、今のアンダープリズンからは失われてしまっている。特にここは、幅広く電子制御の技術が使われているから、必要以上に不便に感じてしまうのであろう。
――みんなは無事だろうか。ふと、呆気なく殺されてしまった刑務官の姿が脳裏をよぎり、縁は首を横に振った。当たり前だがみんな無事でいて欲しい。もちろん、彼も含めて。
どうすればいいのか。この状況で、この制圧されてしまったアンダープリズンをどうやって取り返すか。そのために苦渋の選択で取った行動は、果たして正しかったのか、それとも間違いなのだろうか。電力が落とされる前に、あの化け物をこのアンダープリズンの中に放ってしまったことは大問題であろうが、あらゆる面から考えると、決して間違っていたとは思わない。これはみんなで話し合って決めたことであり、この状況を覆すことができるのであれば、幾らでも責任くらい背負ってやるつもりでいる。
ふっと、廊下の向こうで影が揺らいだような気がした。慌ててそちらのほうに銃口を向け、ペンライトの明かりを伸ばす。しかし、その影らしきものは光の輪の中に入る前に消え去り、そして背後から髪の毛を鷲掴みにされた。
「くくくくっ――。これが俺じゃなかったら、お前殺されてたなぁ」
その声にゾッとする反面、しかし解放軍ではなかったことが分かってホッとする。髪の毛を鷲掴みにしていた腕を振り払うと、間合いを取ってから振り返る。もちろん、毎度のように銃口を突きつけてやった。
「今までどこにいたの?」
ようやく光の輪が捉えたのは、古びたジーンズにタンクトップ。そして、両腕にはトライバルタトゥーが施された殺人鬼――坂田の姿だった。
「敵情視察ってやつだよ。くくくくくっ――。こんな一大イベント滅多にねぇからよぉ。時間をかけてじっくりと楽しまねぇと」
周囲に気付かれぬよう、笑いを噛み殺す坂田。それに心強さを感じてしまう辺り、かなり参ってしまっているのかもしれない。
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