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 文字数を意図的に偶数で揃えたというレシピ。そして、そこにはさらなる犯人のこだわり――決められたルールがあるというのだろうか。倉科と尾崎をらすような間をわざと作ってから、坂田はゆっくりと口を開いた。


「三点リーダーを起点として、左右のバランスを均等にしたかったからだ」


 その言葉に、レシピに感じた妙な整合性の正体に気付かされた。文章は中央揃えで統一されており、使用されている文字数は全て偶数。さらに、ただ単に偶数なのではなく、記号を使用している部分に関しては、左右のバランスが整えられているのだ。


 例えば【キャベツ……2分の1】は、三点リーダーを起点にすると左に4文字、右に4文字と文字数が合う。これが【キャベツ……適量】だと、文字数的には8文字と偶数にはなるが、三点リーダーを起点として左に4文字、右に2文字と、左右のバランスが崩れてしまう。だからこそ犯人は【キャベツ……2分の1】と表記したのだ。


「文章は全て中央揃え。三点リーダーを起点として左右均等に揃えられた材料と分量。そして、これまた中央に貼り付けられていた料理の写真――。レシピに対して縦に中央線を引いてやると、当たり前ながら、左右の文章量が全く同じになる。写真も綺麗に半分になるってわけだ」


 ここでようやく、坂田がレシピを紙飛行機に折ってしまった理由が分かったような気がした。コピーはA4用紙であり、A4用紙は縦に比べて横が短い。だから、紙飛行機を折るとなると、まずは縦に折れ目が入るように二つに折らねばならない。その折れ目が、ちょうど文章をふたつに分ける中心線のような役割を果たしているのだ。もっとも、坂田がそこまで考えて、証拠品を紙飛行機にしたかは定かではない。買いかぶっているだけなのかもしれない。


「――いや、ちょっと文章がずれてたり、写真の位置もずれてるっすよ」


 尾崎と倉科。一枚ずつレシピを手にしていたわけであるが、自分が手にしているレシピを眺めながら首をひねったのは尾崎だ。


「それは、そもそもこのレシピが原本じゃねぇからだろうよ。まさか、ここに証拠品の原本があるわけねぇだろうし、第三者によってコピーされたものなら、どうしてもコピーをする際にズレが生じる。恐らく、原本はもっと綺麗に半分になるはずだろうよ」


 倉科は坂田の言葉に、心の中で頷いた。事件はここから遥かに離れた土地で起きている。尾崎と縁が派遣される形でたずさわってはいるが、基本的に管轄外で起きている事件だ。証拠品の原本など持ち帰れるわけがない。


「でも、どうして犯人はそんなことにこだわるんすかねぇ」


 尾崎はいまいち納得ができないといった様子で、しきりに首を傾げる。異常者の考えは常人には理解できないものであるが、犯人は一体何にこだわりを抱いているのだろうか。


「それくらい自分で考えろ。俺も正直、これだけの情報じゃ断定はできねぇよ。まぁ、何かしらの意味があるんだろうなぁ。これと同じような現象が、レシピだけではなく他の部分でも見られるから――。おっと、それが何なのかも自分で考えろ。なんでもかんでも人を頼っていると、ただでさえ腐ってる頭が錆びるぞ」


 それを教えて欲しいから、こうして橋渡しをしているのではないか――とは言えずに、倉科はレシピから目を離した。この事件……内容もさることながら、なんだか漠然とした気味の悪さが漂っている。坂田は何かに気付いているようだが、事前にシャットアウトされてしまったがゆえに、それが何であるかを問うことはできない。


「とにかく、今の情報量じゃ中途半端だ。もっと情報が欲しい」


「第三の犠牲者――の資料も、できあがり次第持ってくるっす」


 坂田の言葉に間髪入れずに返した尾崎であるが、どうにも第三の犠牲者のことになると口ごもってしまうような印象があった。


「それもそうだが、他に幾つか調べておくべきことがある。まず、第一の犠牲者のほうだが、既婚者か――もしくは恋人がいたはずだ。そいつを探し出して詳しく話を聞いてこい。続いて第二の犠牲者のほうは、直近の足取りをできる限り詳しく知りたい。どんな些細なことでも構わないから、できる限り詳細にだ。第三の犠牲者の資料も合わせて揃えたら戻ってこい」


 そんな尾崎をよそに、幾つかの情報提示を求める坂田。今回は――甘いもので釣ってアイドリングをする必要はなさそうだ。事件の内容が内容なだけに、それだけで坂田のエンジンがかかってくれたのかもしれない。


「分かったっす。その辺りのことを中心に調べてみるっす」


 尾崎もやけに坂田の指示に対して素直な態度を見せる。尾崎が0.5係としての役割を理解し始めたのか、それとも他に何か理由があるのだろうか。殺人蜂の事件の時に比べて、二人の呼吸が合ってきているような気がした。


「それじゃあ警部、自分は再び親不知のほうに戻るっす!」


 やるべきことを伝えられるや否や、銃口を下げてきびすを返す尾崎。


「お、おい。尾崎、もう少し坂田の話を聞いてから――」


「――事件は現場で起きてるっすから!」


 尾崎はそう言い残すと、足早に独房を後にした。なにもそんなに急ぐ必要はないのに――そう思って呼び止めたが、彼を止めることはできなかった。


「――なんか悪いもんでも拾って食ったか? チョンマゲのやつ」


 坂田も尾崎が妙に慌てていることに気付いていたのか、尾崎が姿を消した独房の向こう側を見つめながら呟く。


「さぁ……」


 それに対して、倉科は肩をすくめて首を傾げることしかできなかったのであった。


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