「次の犠牲者が出てしまったのは、今月に入ってからだ。今度は国道沿いの空き地で遺体が見つかった。ちょうど、国道が大きく子不知がわにカーブするところで、これも最初の事件と同様、そこを通りかかったドライバーからの通報を受けて発覚した。こちらも、どこかで殺害された後に現場に運ばれたものだと思われる」


 最初の事件は国道の中央分離帯。第一発見者のことは話に出なかったが、察するにそこを通りかかった車のドライバーが通報を入れたのであろう。そして、今度も現場を通りかかったドライバーからの通報。中央分離帯と空き地――これらの傾向から分かることはひとつ。すなわち、犯人は遺体を隠したり、事件の発覚を恐れたりはしていないということ。まぁ、わざわざレシピなんてものを用意するくらいだ。むしろ遺体が発見されることを望んでいるかのように思える。


「被害者の名前は森山真央もりやままお――。年齢はまだ17歳だった。こちらも数日前から学校に行ったまま戻っていなかったが、なんというか普段から家に帰らずに遊び歩くなんてことが多かったらしくてな。家族から捜索願が出るより先に、遺体が発見されたよ。このことを知った時の御両親の姿は――見れたもんじゃなかった」


 またしても被害者は女性。しかも、最初の犠牲者よりも若い。家に帰らないことが多かったらしいが、ちょっとばかり反抗期をこじらせてしまっていたのだろうか。それでも両親からしたら、自分達の娘であることには違いない。泣き崩れる母親と、それを慰めようと肩に手を置く父親の姿が、頭の中で再生された。なぜだか自分の両親の姿で再生されたものだから、縁は慌てて首を横に振り、それらを振り払った。そんな姿は、果たして周りからはどのように映っているのだろうか。ふと、そんなことを思ったが、誰も気に留めていないようだった。


「この犠牲者も、資料を見て貰えば分かるけど、生きている状態で体の一部を切断された痕跡があったわ。死因も全く同じ。使用された凶器も同様のものだと思われる。例の印のようなものも残されていた。メチルフェドリン、クロルフェニラミンの成分も遺体から多量に検出されているわ。唯一、最初の犠牲者と異なるのは、切断された部位が多かったってことくらいね」


 安野に続いて先生が口を開き、そして喋りながら資料をめくる。それにつられて、縁も資料をめくった。相変わらず目を背けたくなるような写真ばかり。頭がかち割られ、驚いたかのように目を見開いている被害者の顔、なかば体の中心に沿って伸びている点線らしき印。そして――指が一本も残されていない両手らしき写真。一瞬、それが手であることに気付けなかったほど、綺麗に全ての指が切断されていた。


「第一の犠牲者が切断されたのは両手の薬指――。そして第二の犠牲者は指を全て切断されている。共通して、切断されているのは指ですね」


 写真から目を背けながら呟いた。本当ならば食ったという表現が正しいのであるが、あえて切断という言葉を使ってしまったのは、それだけこの事件が凄惨極まりない事件だからなのかもしれない。人肉嗜好カニバリズムと呼ばれるものが絡む事件は、これまでの犯罪史の中で幾度も繰り返されてきたことだが、それに自分が直面するとは思っていなかった。刑事をやっている人間でも、まずお目にかかることがないような珍しいケースなのだから。特に日本では珍しいだろう。


「あぁ、そうだな。ちなみに、こっちの事件でもレシピが同じように犠牲者の胸に貼り付けられていた。手口からしても同一犯による犯行であることは間違いないだろう」


 安野が答えると、気を利かせた麻田から、またしても失敬してきたであろうレシピのコピーが配られる。紙の擦れ合う音が、有線放送の音の中ではやけに響いた。縁は渡されたレシピに目を通す。


 今度は【人肉野菜炒め】だった。もはや、そのネーミングからして恐ろしい。形式はさっきのものと全く同じであり、調理に使用する材料と、その手順――そして、三段に分けられたコメントが残されていた。


 材料は【もやし……1袋半】と【キャベツ……2分の1】に【人参……1本】といった具合に、スタンダードな野菜炒めの材料が並ぶ。しかし、その中で異色を放つのは、やはり【人肉……8本】という文字。ごくごく身近な料理であるだけに、その異様さが際立っている。


 異様といえば、残されているコメントのほうなのかもしれない。さながら料理評論家であるかのごとく、それっぽく並べ立てられた文字列には、強烈な悪意が込められているような気がしてならない。


 ――【お手軽料理の定番】。


 ――【しんなりとしていて新鮮さの残る野菜に中がレアの人肉が見事にマッチ】。


 ――【栄養満点でおいしい一品はお子様にもおすすめですよ】。


 ただただ狂気。人肉を食しているだけでも充分に異常だというのに、悪びれる様子が一切感じられない文章。もっとも、悪びれるようなら、こんなレシピは残さないだろうが。


「こちらの犠牲者の指の骨も現場から見つかった。口の中に四本。鼻の穴に二本。耳の穴に二本……。先生の用意した資料には載っていないが、悲惨なもんだった。特に上下に生えた牙みたいになった指の骨のせいで、犠牲者の顔が般若に見えたよ」


 安野が般若のようだったと例え、それを素直に想像して身震いをする縁。なんというか、犯人が何をしたいのか分からない点が多い。


 レシピは犯人の自己主張――つまり、犠牲者を食べていますよというアピールであると解釈することができる。しかしながら、今のところ意図が解釈できるのはそれくらいで、他の行為は犯人の奇行であるとしか思えない。


 頭頂部から陰部に向かって引かれた点線。これが果たして何を意味しているのだろうか。そして、犠牲者の口の中だけではなく、鼻の穴や耳の穴にまで指の骨を突っ込んだのはなぜか。そこには必ず何かしらの意図があるのだろうが、それが分からないから、ただでさえ不気味な事件が、さらに不気味なものとして映っているのだろう。


「今のところ犠牲者同士の接点はないようだし、無差別殺人であるというのが俺の見解だ。幸いなことに――というべきか、もう二人も犠牲者が出てしまっているわけだが、これ以上の犠牲者が出ることだけは避けたい。だからこそ、君達に来て貰ったわけだ」


 犠牲者は今のところ二人。これが多いか少ないかというのは、さほど問題ではない。罪もなき人間が――しかも、まだまだ若い女性が殺害されたことは事実なのだから。


 なんだか後味の悪い空気が漂った。安野は静かに手帳を閉じ、先生は資料を眺めながら溜め息を漏らす。ママも資料を片手に神妙な面持ちを浮かべていた。麻田も黙ったまま、なんだかこちらが口を開くのを待っているようだった。


 事件の概要はあらかた分かったが、今回の事件は気味の悪い点が多くて、どこから手をつけていいのか分からない。縁と尾崎の役割は、この事件を坂田へと橋渡しすることであるが、あくまでも応援という形で捜査に加わる縁達には、変な期待が向けられているのかもしれない。


「――これらの事件の第一発見者のことについて、分かっていることだけでも教えて欲しいのですが」


 その期待になんとかして応えねば――そんな使命感のようなものを感じた縁は、まだクールダウンできていない頭で、とりあえず当たり障りのない点を口にする。遺体はどちらも国道沿いで見つかっており、第一発見者は国道を通ったドライバーである。まず、事件が起きたら第一発見者を疑え――なんて言葉があるくらいだから、投げかける疑問としては間違っていないはずだ。もっとも、それならば安野も話の中に混ぜ込んでくるはずだが。


「第一発見者はそれぞれ別々のドライバーだ。どちらとも他県ナンバーのトラックのな……。両方の事件で第一発見者が同じというのならば疑う要素もあるだろうが、それぞれ別の人間が第一発見者になっていて、しかも他県のナンバーだった。このことから、まず第一発見者は事件とは無関係との見解が出ている」

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