「お前の言う通り、警察もそこまで馬鹿じゃないんだよ。あれから犠牲者は一人たりとも出していないさ」


 以前、ここを訪れた時から犠牲者の数は変わっていない。しかし、警察として有力な情報を掴めていないのも事実だ。つまりは現状を維持しているだけで、進展がないとも言える。


「五人も犠牲者を出しておきながら、馬鹿じゃねぇってのも間抜けな言い訳だなぁ。周囲との協調性やらなんやらばかり気にしてるから、馬鹿だって言ってんだよ。群れるだけなら動物でもできる。その様子じゃ、事件の進展もないんだろうなぁ。つまんねぇ奴らだ」


 倉科の言葉から、事件の進展がないことを察したのか。坂田はベッドに寝転がると、両足を放り出した。坂田のほうから呼び出しておきながら、自分にとって興味がないものだと分かった途端に放り投げる。自己中心的な殺人鬼様は今日も健在のようだ。しかし、進展がないことは紛れもない事実だ。それに対して反論はできない。


「坂田、確かにお前の言う通り、事件にはこれといった――」


「進展があったっす。実は、自分と縁の二人で、独自に事件を調べてきたっす。その結果、有力な情報を手にすることができたっすよ」


 潔く倉科が認めようとすると、隣にいた尾崎が引き金に手をかけながら口を開いた。すると坂田がむくりと起き上がり、いつものように気味の悪い笑みで顔を歪めた。


 倉科は度肝を抜かれた。坂田の様子にではなく、あれだけ言っていたのに、勝手に捜査を進めた尾崎と縁にだ。警察は集団行動――周囲との連携が重要なのであって、スタンドプレーは求められていない。気持ちは分からなくないが、捜査権限さえないのに、勝手に捜査をしていたと思うとゾッとする。


「尾崎、あれだけ勝手に捜査はするなと――」


「お説教なら後で幾らでも聞くっす。今は殺人蜂の凶行を止めるほうが優先っすよ」


 倉科の口から漏れるは溜め息ばかり。縁がついているから大丈夫だろうと思っていたが、どうやら縁までもが一緒になって捜査をしていたようだ。0.5係のポジションは不安定で曖昧であるから、これくらいの破天荒さがあってもいいのかもしれないが。


「ひゃっはっはっは! 面白れぇなぁ。やっぱり、あの女とチョンマゲは面白れぇよ! で、チョンマゲ。お前が掴んだ有力な情報ってのはなんだ?」


 倉科とは相反するかのごとく、手を叩いて喜んだ坂田。尾崎が得たという情報を心待ちにしているかのように、貧乏ゆすりを始めた。殺人鬼にこんなことを言うのはお門違いであるが、育ちがよろしくない。


 まぁ、やってしまったものは仕方がないであろう。型破りであるし、組織としてはやってはならないことであるが、殺人蜂の正体に迫ることができるのであれば、目をつぶるべきであろう。融通が利かず、古臭いやり方にこだわっていても、必ず事件が解決するとは限らないのだから。


「実は――」


 尾崎は捜査で得たであろう情報を、坂田に対して淡々と上げていった。捜査会議で議題になった進学塾へと赴き、話を聞いてきたこと。そこで、犠牲者の情報を知り得る人物の存在を掴んだこと――。話をまとめるのが下手なのか、余計な話まで絡んでいたせいで、かなりの時間を要してしまった。最終的に事件現場に赴いて、その疑わしき人物を縁が見つけたところで、ようやく話は終わった。いちからじゅうまで尾崎が余すことなく話したせいなのか、話を聞き終えた坂田が「まとめかた下手か」と呟いた。


「どこに重要な手掛かりが含まれているか分からねぇっすから」


 そう呟いたのは、自分の話のまとめかたが下手であることに対する言い訳か。尾崎は銃口を坂田から離そうとはしない。一方、尾崎からの情報を得て、ぶつぶつと独り言を漏らしていた坂田が、なぜだか笑い出した。


「くくくくっ――ひゃっはっはっは! 確かにチョンマゲの言う通り、何が事件の解決に繋がるか分からねぇもんだなぁ。なるほど、どうやら犯人の目星がついたみてぇだな。お前達、そのやり方も面白れぇけど、今回ばかりはそれに強運もおまけで付いてきたみてぇだな」


 尾崎の話だけで、坂田は何かを掴んだようだった。もっとも、話の内容を考えれば、犯人は明白なのかもしれないが――。ただ、倉科がたどり着いた答えが真相ならば、尾崎が話をしっかりとまとめていたところで、誰でもたどり着けるものであると思うのだが。


「坂田、それで犯人は――」


 倉科が真に迫るために口を開こうとした瞬間のことだった。本来ならばアンダープリズンで絶対にあってはならないことが起こった。なんと、前触れもなしに独房の扉がゆっくりとスライドし、ひとつの影が飛び込んできたのである。それこそ認可を受けた者でなければ入室できないほどの、厳重なセキュリティーが施されているにも関わらず。


「倉科さん! 緊急事態です! 山本さんから電話がありました!」


 飛び込んできたのは中嶋だった。どうやら、尾崎が送ったメールを見て、縁がアンダープリズンへと連絡をしてきたらしい。ただ、それだけならば緊急事態というのはどうだろうか。曲がりなりにも、ここは認可を受けた者しか入れない場所なのだから。


 中嶋だって、ここの人間なのだから、独房に入る権利が全くないというわけではない。それでも色々な手続きを踏んでからではないと入れなかったはず。となると、やはり緊急事態ということになってしまうのであろうか。


「とにかく電話を代わってあげて下さい! なんだか切羽詰まっているみたいなんです!」


 何がどうなっているのだろうか。しかし、血相を変えた中嶋を見ると、何やらのっぴきならないことが起きていることは間違いないようだ。


「くくくくくくっ――。行って来いよ。あの女に何かあったみたいだぜ?」


 坂田はに笑みを浮かべたまま、目の前で起きているアクシデントを楽しむかのごとく、倉科達を促す。


「お、尾崎。行くぞ」


 とにもかくにも、縁との電話が繋がったままで、どういうわけだか切羽詰まった状態であるのならば、一刻を争う事態という恐れもある。なんにせよ、縁から事情を話して貰わねば、何がなんだかわけが分からない。倉科は尾崎に声をかけ、尾崎は坂田に銃口を突きつけたまま独房を後にする。


 認証機に認可証をかざしながら鉄格子をくぐり抜けると、中嶋を先頭にして詰め所まで駆け抜ける。詰め所に飛び込むと、中嶋に促されて黒電話の受話器を手にとった。アナログであるがゆえに保留機能などはなく、机の上に放り出されているだけの受話器が、なんだか滑稽に見えた。


「倉科だ。山本、どうした?」


 受話器を耳に当てると、漏れ出す声を聞こうとでも思ったのであろう。尾崎が耳を近付けてくる。当然、アナログの黒電話であるがゆえに、スピーカー機能もないから不便なものだ。


「警部、すいません。私、殺人蜂の正体を掴もうとしてドジを踏んじゃって――。どこかに監禁されてしまったみたいなんです」


 あまりにも突拍子もない言葉に「はぁ?」と、思わず意図しないリアクションが出てしまった。尾崎ならばやりかねないことであるが、単身で殺人蜂の正体に迫ろうと動いたのであろうか。だとしたら縁らしくない。


「山本、今どこだ? どこにいる?」


「分かりません。ただ、どこかの廃墟みたいです。辺りは暗くて良く分かりませ――きゃあ!」


 縁が話している最中に、がたんと大きな音がして、縁の悲鳴らしきものが受話器から飛び出す。


「おい、山本! どうしたんだ? 山本!」


 倉科が呼びかけるが、受話器の向こうでは何やら騒がしい雑音が響くだけで、挙げ句の果てに電話そのものが切断されてしまう。


「――どうなっている?」


 倉科は受話器を持ったまま尾崎のほうへと視線を移す。


「いや、それを聞かれても困るっす。自分も知らねぇっすよ」


 また尾崎と縁が手を組んで、勝手に動いた結果ではないかと思ったのだが、尾崎の反応を見る限り、どうやら縁の独断であるようだ。こんこんと説教をされるのが嫌で、尾崎が嘘をついているような雰囲気は感じられなかった。


「とにかく、まずいことになっているらしい。山本の話から察するに、殺人蜂に監禁されているようだ。これが公式の捜査ならば、応援を頼むこともできるんだが、非公式となるとそうもいかない。かなりまずい状態だ」


「――自分達が助けに行くしかねぇっすね」


 尾崎の言葉に、受話器を置いた倉科は深く頷いた。そして尾崎と二人で駆け出そうとしたが、慌ててブレーキをかける。


「ちょっと待て。助けに向かうとしても、どこに向かう? 事態は一刻を争うし、下手に動いても山本がどこにいるのか分からなければ意味がない」


「そんなもん、餅は餅屋っす! ちょっと時間はロスするかもしれないっすけど、坂田にでも聞いてみるっす!」


 わらにもすがる思いというのは、このようなことを指すのかもしれない。縁の居場所を特定することなど、坂田からすれば専門外であろうし、彼に聞いたところで時間を無駄にするかもしれない。しかしながら、彼の根拠のない笑みと自信は、それさえをも紐解いてしまうのではないかと期待してしまう。


 詰め所を飛び出すと、倉科達は独房へと向かった。いちいち認可証を認証させるのがもどかしい。尾崎は一度独房から外に出てしまっているし、再び独房に向かう際の認可の扱いはどうなるのだろうか――。そんなことが頭をよぎったが、構わずに二人で鉄格子をくぐり抜けた。


「どうしたんだよ? そんなに血相を変えてよ――。何があったのかなぁ?」


 独房へと飛び込むと、こちらの様子を楽しむかのように、坂田がニタニタと笑みを浮かべる。その態度にはカチンときたが、しかし背に腹は変えられない。簡単に坂田へと事情を説明する。すると、坂田は資料に含まれていた地図のページを眺め、こう呟いた。


「犯人のこれまでの行動パターンを察するに、恐らくこの辺りだろうなぁ――。この近辺の廃墟となれば、そう多くもねぇだろう。それにしても間抜けな犯人だぜ。監禁なんざ、足がつきやすいんだがなぁ」


 坂田が提示した場所を見て、倉科と尾崎は頷き合うと独房を飛び出した。ふと、鉄格子越しに坂田が呟き落とした言葉が、やけに倉科の耳には残っていたのであった。


「俺ならもっとスマートに殺るぜぇ――」

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