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 尾崎が塾のほうに確認をしたらしいし、当然ながら塾の講師達も、ここの生徒ばかりが犠牲者になっていることを知っているのであろう。偶然の一致では済まされない事態に、誰よりも塾の人間のほうが不安になっていたのかもしれない。


「うちの塾は生徒の数が多いし、クラスも細分化されています。もちろんですけど、私だってここの生徒のことを全て把握しているわけじゃありません。お恥ずかしいことながら、先日警察の方から連絡をいただくまで、こちら側全体としては認識できいなかったのが正直なところなのですが」


 安堂はそう言うと、強面の表情に申し訳なさそうな色を浮かべた。警察からの連絡というのは、恐らく暴走した尾崎が勝手に確認をとった件のことを指しているのであろう。


「――ということは、それぞれの犠牲者を個別に認識されていた講師や生徒の方はいたということですよね?」


 犠牲者の共通点は、この塾に在籍していたというもの。しかしながら、生徒の数と講師の数が多いため、それを塾側の人間が全て把握するのは難しかったのかもしれない。


「え、えぇ。しかしながら、この塾は生徒と講師の人数が多い分、どちらも入れ替わりも激しくて――。ニュースなどを見て、被害に遭った生徒が自分の受け持っていた生徒であると分かった講師もいたようですけど、ここは学校ではありませんからねぇ。必要以上に踏み込むこともないわけでして――。生徒ならばなおさらでしょう。たまたま同じクラスだっただけなわけですし」


 塾は学校ではない。それゆえに、生徒が死んだところで、それ以上は踏み込まない。同じクラスの生徒を連れて献花に訪れたりもしないだろうし、その辺りは学校よりも遥かにドライになることだろう。なんだか安堂が言い訳をしているように思えるのは気のせいなのだろうか。


「じゃあ、聞き方を変えるっす。ここの生徒の中で、犠牲者全員と接点を持っている人間っていないっすかね? もしくは、犠牲者のことを知ることのできた人物とか」


 それぞれの犠牲者と個別の接点を持っていた者は、当然ながら塾の人間の中にいることであろう。犠牲者のうち一人の授業を受け持っている講師や、同じ授業を受け持っていた生徒ならば、少なくともその犠牲者とは接点を持っていたと定義することができる。しかし、犠牲者全員となると、接点を持つ人間は極端に絞られてくるのではないか。もっとも、そのような人間が本当にいるかどうかは不明であるが。まぁ、尾崎にしては良い切り込み方である。


「――犠牲者全員ですかぁ。それは残念ながらいないと思いますよ。講師でさえ、全員との接点を持っているような者もいませんでしょうし、生徒は細かくクラス分けされてますから」


 奇跡的にこの塾までたどり着いた訳であるが、どうやらここで行き詰まってしまったようだ。世の中、そんなに甘くないということだ。


「いや、待てよ――。彼ならもしかすると」


 ふいに宙へと目線を泳がすと、安堂は思い立ったかのように立ち上がり、デスクのほうへと向かうとパソコンを操作する。何事かと縁も立ち上がろうとするも「すいません。うちの企業秘密を弄ってますので、どうか座ってお待ちください」と、安堂から注意された。アンダープリズンでは機密、機密、機密で、今度は企業秘密ときたものだ。


「一応、うちのパソコンに生徒全員分のデータベースが入っているんですがね、その中にちょっと注意すべきというか、やや問題児のような生徒のデータベースがカテゴライズされてまして。あぁ、この子で間違いないな」


 安堂は独り言のように呟きながらマウスを操ると、彼の背後にあったプリンターが小さな唸りを上げて一枚の紙を吐き出す。それを手にして安堂は戻ってくると、二人の前に差し出した。その紙には、こちらを睨んでいるかのような学生服の男性の顔写真と、個人情報が羅列している。これは、完全に個人情報になってしまうのだが、幾ら警察が相手でも、勝手に見せても良いものだろうか――。そもそも、こちらは捜査力を持たぬ課外活動部にすぎないのであるが。まぁ、見せて貰えるものは見せて貰うに越したことはない。


「この子、広瀬勝典ひろせかつのり君っていうんですけどね、彼はちょっと特殊といいますか、言い方は悪いんですけど変な子といいますか――。うちの塾はクラスが細分化されているなんてお話をさせて貰いましたけどね、いつ頃くらいからだったかなぁ……。彼、勝手に他のクラスの授業にも出るようになって」


 この塾のシステムの詳細までは分からないが、クラスが細かく分けられており、生徒の数が膨大になることだけは明らかになっている。いや、生徒の数が膨大だからこそ、細かくクラス分けをして運営をしているのであろう。


「他の授業って、つまり自分のクラス以外の授業ってことですか?」


 縁が問うと、安堂は困ったかのような表情を浮かべて「本人には言って聞かせたらしいんですけどねぇ。困ったものですよ」と首を横に振る。


「他のクラスの授業にも出ていた――ってことは、もしかすると他の犠牲者のクラスの授業にも出ていた可能性があるってことっすか。どれくらいの頻度で、どのクラスの授業を勝手に受けていたとかは分からないっすか?」


 広瀬という生徒の情報を眺めながら尾崎が問うと、安堂が苦笑いを浮かべる。返答に困っているという感じの顔だった。


「いえ、残念ながら――。先ほども言いましたが、うちは生徒の数が多くて、いちいち授業を受ける生徒の顔を把握しながら授業を行っている講師は多くありません。もちろん、見慣れない生徒が混じっていることに気付いて報告を上げてくれた講師がいるからこそ発覚したものなんですが、具体的にはどれくらいの頻度で、どの授業に出ていたのかは把握できていません」


 それはそれでシステム的な面を改善したほうがいいような気がする。生徒の数が多いがゆえの弊害なのかもしれないが、その辺りを適当にしていると、極端な話になるが月謝を支払わずとも授業を受けられるような気がする。一人くらい塾の人間ではない生徒が混じっていても気付かないのではないだろうか。講師陣の意識的な面でも問題があるようだ。これもまた、講師の数が多いゆえの弊害か。


 他のクラスの授業に無断で参加していたという問題児――。縁は提示された情報を目で追いつつ、あることに気付いて「あっ」と声を上げた。


「縁、どうしたっすか?」


 とうとう茶菓子を平らげるという偉業を達成した尾崎が、最後のせんべいを惜しむようにかじりながら聞いてくる。この男は事件の話を聞きにきたのか、それとも腹を満たしにきたのか――。小一時間ほど説教してやりたくなる衝動を堪える。


「ほら、この生徒が通っている高校なんですが――」


 縁は不審点を指差すと、尾崎がせんべいを口にくわえながら目を見開いた。


「ほのはっほぅって、はひは――」


 ちゃんと食べから喋って欲しい。何を言っているか分からない。というか、どれだけ最後の一枚を惜しんでいるのだ。尾崎をその場に正座させて、理解するまでこんこんと説教したい衝動を飲み込んだ。それと同様に、ようやくせんべいを飲み込んだ尾崎が、改めて口を開く。


「この学校って、確か――」


 尾崎の言葉に縁は頷いた。安堂が出してくれた生徒の個人情報には、縁が過去に目にしたことのある情報があったのだ。そう、蔵元総合高校という、奇妙な既視感が残されていたのである。


「えぇ、蔵元総合高校は、最初の犠牲者である田野雪乃が通っていた高校です」


 縁と尾崎は顔を見合わせると、思わぬところで浮上した、広瀬なる生徒と犠牲者の共通項に頷き合った。


「安堂さん、これお借りしてもよろしいですか? 悪いようには使いませんので」


 縁はそう言うと、広瀬という生徒の個人情報が書かれた紙を手に取る。すると、安堂は少しばかり困惑した表情を浮かべた。


「いえ、仮にも生徒の個人情報ですから、持ち出されるとなると色々と問題が――」

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