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 もしかすると、ここで彼――広瀬の個人情報を開示すること自体、暗黙のオフレコというニュアンスが含まれていたのかもしれない。昨今において個人情報の管理が厳しくなっているから、これ以上のわがままは安堂の厚意に泥を塗ってしまうことになるのかもしれない。


「分かりました。それでは、これはお返しします」


 ここであっさりと引いたのは、自分達が正規の手順を踏んで捜査を行っているわけではないという負い目があったからだ。アポイントメントさえとらず、いきなり押しかけてきて、これだけの情報を手に入れることができただけでも御の字といえよう。欲張らないほうがいい。


「――早速、蔵元総合高校に向かうっす」


 尾崎は意気揚々と立ち上がり、残っていたお茶を飲み干した。そんな尾崎を尻目に縁は安堂に向かって頭を下げる。


「いきなりお邪魔してしまって申し訳ありませんでした。もしかすると、またお邪魔させていただくことがあるかもしれませんが、その時はよろしくお願いします」


 尾崎の傍若無人ぼうじゃくぶじんな振る舞いに唖然あぜんとしていた様子の安堂も、縁のまともな言葉に我へと返ったのか「分かりました。私から上のほうに繋いでおきます」と、強面に似合わぬ丁寧なお辞儀を返してくれた。人は見かけによらない。ここに訪れて学んだことである。


「あっ、そう言えば……」


 人は見かけに寄らないということで思い出した。特に事件とは関係がないだろうが、警察だって多少の愛想を振りまいておかねばならない。国家機関だからといって警察がふんぞり返っているのは時代遅れだ。


「こちらに伺う際に、ここのアルバイト講師の方に案内をしていただきました。彼にも礼を伝えておいて貰えるとありがたいです」


 すると、安堂は少しばかり思案を巡らせた後に、了解したかのように柔らかく頷いた。


「あぁ、岡田君ですか。ついさっき来月のシフトを提出しに来ましたから。まぁ、彼自身も浪人生でして、こんなところでアルバイトしている場合ではないはずなんですがね」


 そう漏らした安堂の言葉に、どこか溜め息のようなものが混じっていたのは気のせいだろうか。塾の内部のことまで踏み込んで話を聞く必要はないし、もちろん介入するつもりもないのだが、安堂の態度が少しばかり引っかかった。もしかして、彼――岡田が中に声をかけずに帰ってしまったのは、安堂との折り合いが上手くいっていないからなのかもしれない。邪推じゃすいではあるが。


 とにもかくにも新しい手掛かりが掴めた。第一の犠牲者と同じ高校に通い、そして全ての犠牲者との繋がりがあるかもしれない広瀬なる人物。むろん、犠牲者全員と繋がりがあるというのは暫定的なものであり、実際はどうなのか分からない。しかし、この塾で他のクラスの授業を勝手に受けていたということは、繋がりがあった可能性も否定はできない。手っ取り早いのは本人に接触を試みて、それを見極めることだ。


 安堂に礼を言うと塾を後にする。外に出るなり、尾崎がスマートフォンを取り出して高校の場所を調べ始めた。縁も高校へのアクセスルートを検索する。


「電車を使えば、ここからそう時間はかからないみたいですね」


 先に検索を終えた縁が呟くと、尾崎が「自分、ここまで車で来たっす」と、駅前へと視線を移した。恐らくパーキングにでも停めてあるのだろう。


「だったら車で動いたほうが早いですね」


 もはや具体的に言葉を交わさずとも、二人の目的は決まっており、それが綺麗に合致していた。空振りに終わるかもしれないが、広瀬という高校生と接触して損はない。もしかすると、そこから新しい情報が手に入るかもしれないし、万が一ではあるが――その広瀬こそが殺人蜂であるなんて可能性も否めない。


 尾崎に続いて駅前まで戻ると、すぐそばにあったパーキングへと向かう。尾崎が鍵を取り出すと、パーキングに停めてあった大型のオフロード車から電子音が聞こえた。尾崎が運転席へと乗り込み、促されて助手席へと縁が乗り込む。勝手なイメージではあるが、がたいの良い尾崎と大型のオフロードは、ぴったりとマッチしているような気がする。もっとも、これで可愛らしい軽自動車だったら軽自動車で、ギャップがあって面白いのだが。


 今の世の中は便利になっていて、スマートフォンがカーナビの代わりをしてくれる。音声案内を設定すると、尾崎はスマートフォン専用らしきホルダーにスマートフォンを収めてエンジンをかけた。駅前から街中へと景色が移り行く。


「この時間だと、まだ学校にいるっすねぇ。下校時刻までどこかで時間を潰して、校門で待ち構えて広瀬を確保っす」


 待ち構えるとか、確保とか、そんな言葉を使ってしまうと随分と物騒になってしまうが、広瀬との接触を試みるのであれば、校門で生徒を捕まえて話を聞くしかないだろう。警察という立場を使って学校側にコンタクトを図ることもできなくはないが、なんせ正規の捜査活動をしているわけではないのだ。あまり事を大きくしないほうがいいだろう。


 尾崎の言葉通りに、途中でファストフード店に寄って少しばかり時間を潰す。縁は飲み物だけで過ごしたが、尾崎にいたっては間食のレベルではすまない量の食事をとる始末だ。ある意味で尊敬してしまうくらいの食いっぷりだった。


 なんだかんだで時間を潰し、頃合いを見計らって縁達は学校へと向かう。校門で待ち構えるなんて悪い噂が広がりそうだが、ここは背に腹は代えられない。他に方法はあるのだろうが、典型的かつシンプルな聞き込みにあたることになった。車を路上に停め、校門の前にて生徒が出てくるのを待つ。


 学校のベルが鳴り響き、しばらく待っていると下校のために生徒がちらほらと校門へと姿を現し始める。縁と尾崎は車を降り、片っ端から生徒に声をかけた。広瀬という生徒を知っているか。知っているのであれば、話を取り次いで欲しい。そんな、無茶苦茶な内容での聞き込みだ。


 もちろん、簡単に広瀬のことを知っている生徒は捕まらなかった。ある生徒は露骨に警戒しながら首を横に振り、ある生徒はスマートフォンの画面を覗いたまま、こちらのことを見向きもせずに「知らない」と一言。分かりきってはいたが、ピンポイントで広瀬を探し出すには苦労を要した。


 果たして何人の生徒に声をかけただろうか。声をかけられた生徒が教師に告げ口をしてもおかしくはない程度に声かけをした末に、ようやく広瀬なる人物を知っている男子生徒に出会うことができた。


 こちらが警察であることを告げると、その男子生徒はやや興奮した様子で答えてくれた。なんでも広瀬とは同じクラスらしい。こっちからは聞きもしなかったのに、わざわざ名を名乗ってくれた。彼の名は橋場学はしばまなぶというらしく、刑事に憧れているそうだ。結構なことであるが、なんだか刑事を特別視しているような印象を抱いた。そんなに大層な職業ではないのだが。


 彼の話を聞いた段階で、また新たなる情報が手に入った。なんでも、問題の中心人物である広瀬は田野雪乃と交際をしていたらしい。第一の犠牲者と接点があるばかりか、かなり身近な立ち位置にいたようだ。心の傷をほじくりだすようで申し訳ないが、詳しい話が聞きたい――。そのように伝えて橋場に広瀬を呼んできて貰うように頼んでしばらく。校門に橋場と広瀬らしき人物がやってきた。広瀬らしき人物は、小柄でどこか可愛らしい印象のある雰囲気だった。


「初めまして。捜査一課の山本です」


 尾崎のように警察手帳を所持してはいないが、広瀬であろう人物に対して頭を下げる山本。尾崎は誇らしげに警察手帳を見せて「尾崎っす!」と、フランクな挨拶。橋場はそれを見て「やべぇ、本物の警察手帳かっこいい」と漏らす。

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