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 そんな尾崎本人は、実に誇らしげな顔をしつつ、これまたわざとらしく咳払いなんてものをしてからホワイトボードに何かを書き始めた。黙って見ていると、どうやら、これまでの犠牲者の名前と学校名、そして簡単な住所を書き出すつもりらしい。


 田野雪乃たのゆきの蔵元くらもと総合高校二年、相楽在住――。これは記念すべきといったら妙な例えになるが、殺人蜂の事件が世におおやけになった一発目の事件だ。事件現場は相楽駅の最寄りである。


 柴田花音しばたかのん光曜こうよう女子高校三年、中門在住――。二人目が発見されたのは、まだ冬の気配の濃い季節のことだったか。三年生ということは卒業を控えていた時期に殺害されたことになる。さぞ被害者も無念だったことであろう。この事件の現場は中通り駅の最寄りだ。


 山崎夏帆やまざきかほ八岐やまた国際学院高校一年、瀬乃ヶ原在住――。この犠牲者が発見されたのは、冬から春へと季節が徐々に移り変わりゆく頃だった。時期的に新入生が入学するのにはやや早い時期であるため、二年生に進級する前の生徒だったのであろう。現場は瀬乃ヶ原駅の最寄りである。


 小野塚凛花おのづかりんか谷神たにかみ高校三年、有賀在住――。年度が変わり、新たな季節が始まろうとしていた時期に発生した事件。凶悪な事件と無縁な田舎の街で起きた事件は、きっと地域にも激震を与えたことであろう。そして、発見された現場は有賀駅の最寄り……。


 田邊絢香たなべあやか土倉つちくら商業高校二年、仙道在住――。この犠牲者は記憶に新しい。ごくごく最近になって発生した事件だ。発見されたのは仙道駅の最寄りである河川敷だった。


「これが、これまで殺害された犠牲者っす。自分が言うまでも無ぇっすが、全員が女子高校生っす。それでもって、この辺りも暗黙の了解で分かっているとは思うっすけど、殺害された被害者は、全員自分の地元で殺害されてるっすね」


 尾崎の言葉に縁が頷く。ホワイトボードに書き出された犠牲者は、その全てが地元の最寄り駅の近くで殺害されている。これは、犯人が予め下調べをして、犠牲者のことを把握していたことの裏づけになるであろう。被害者の後をつけて電車に乗り込み、そして電車を降りた被害者を追いかけながら、殺害のタイミングを伺っている犯人の姿が連想された。もっとも、その犯人像には黒い影がかかっているのだが。


「それで尾崎さん、犠牲者の共通点って? ぱっと見たところでは、現状で分かりきっている情報だけのように思えますが」


 縁の指摘に、これまた咳払いをする尾崎。犠牲者の名前を書き出したところで共通点は見つからないのであるが、果たして尾崎は何を掴んだのか。実に得意げな顔をしながら、彼は口を開いた。


「確かに犠牲者には一見して共通点がないように見えるっす。でも、実はあったんすよ。それは――」


 尾崎はそこでマーカーペンを、黒から赤へと持ち替える。そして、ホワイトボードの空いたスペースにでかでかと文字を書き殴った。


 ――葛城かつらぎ進学塾。


 ミミズが這ったような字で読みにくいし、なんとなく漢字をごまかしているところもある。しかしながら辛うじて読み取れた。尾崎が書き殴ったのは、どうやら塾の名前のようだった。


「かつらぎ――と読めばいいんですか?」


 縁の言葉に大きく頷く尾崎。これは、当然ながら捜査本部では出ていない情報だった。捜査を指揮する人間が、かなり慎重派の人間であるがゆえに、それが反映されてしまい、特に被害者遺族に対しての聞き取り調査に踏み込めていない印象があった。そこに尾崎はリスクもかえりみずに踏み込んだからこそ、これを引っ張り出すことができたのであろう。もっとも、尾崎の場合は考えなしに踏み込んだ可能性が高い。――この大馬鹿者が。


「そうっす。これは相楽駅前にある進学塾っすね。かなりの規模で、生徒数も多く、在籍している講師の数もアルバイトを含めれば半端ない数の塾っす。で、捜査を進めているうちに、犠牲者はここに在籍している――もしくは、過去に在籍していたことが分かったんすよ。これは立派な共通点っす」


 坂田の言った通りだ――。彼の推測が見事に的中していたことに、倉科はなぜだか溜め息を漏らしてしまった。現場の人間にでさえ分からなかったのに、独房の中で犯人像を割り出しただけで、犠牲者に何かしらの共通点があると踏んでいた坂田。お上の連中が彼を手放したくない気持ちも分からんではない。


「尾崎、その情報は間違いないんだろうな?」


 念のために尾崎へと確認をとってしまう倉科。尾崎は行動力がある反面、思い込みで早とちりをしてしまう時がある。だからこそ、そこはしっかりとおさえておくべきだった。


「間違いねぇっす。全ての犠牲者が葛城進学塾に通っていたことは、塾の人間にも確認済みっす」


 してやったりと言わんばかりの表情で鼻を鳴らす尾崎。縁が何かを言いたげに倉科のほうを見てきた。溜め息が止まらない。


「あのな、尾崎。そこまで調べ上げたのは大したもんだ。ただな、被害者遺族の件もそうなんだが、外部とコンタクトをとる時は、俺に事前に相談して貰えんかな? この捜査本部は非公式であってな、勝手に何でもやっていいってわけじゃあないんだよ」


 正直なところあなどっていた。尾崎がまさか、ここまでの行動力を見せるとは思っていなかったのである。被害者遺族に接触し、塾の人間にも裏付けをとり、共通点を見つけ出したのは大したものだ。しかしながら、捜査本部との折り合いというものがある。あくまでも尾崎と縁は非公式に動いているのであって、あまり大それたことをやられてしまうと、倉科の肩身が狭くなる。せめて動く前に相談して欲しかったものだ。


「そうっすか……。自分、結構頑張ったつもりだったんすが」


 倉科の言葉に自分を否定されてしまったように感じたのであろう。あからさまに落ち込んだ尾崎は、そっとマーカーペンを置いた。


「いや、お前さんの仕事を否定するわけじゃない。今後、気を付けてくれと言っているだけだ。やり方はなんにせよ、捜査本部でさえ掴めていなかった手掛かりを手に入れたんだ。お手柄だぞ」


 慌ててフォローに入ると、尾崎は「本当っすか?」と、倉科の様子を伺うかのように、俯いた顔を少しだけ上げた。


「あぁ、本当だ――。だから話を進めてくれ」


 今の世代というものは実に面倒だ。古い世代は怒鳴られて育っていくのが当たり前だったのだが、そんなことを今の時代にやってしまうと、若い連中は簡単に潰れてしまう。状況によっておだててやらねばならないのだから、気苦労が絶えない。


「了解っす!」


 ただ、尾崎は単純であるがゆえに、フォローを入れた後の反応があからさまに分かりやすい。敬礼をびしっと決めると、尾崎は自分の鞄の中から冊子を取り出した。世の中の若者全てが尾崎のように単純ならば、もう少し平穏な世の中になるのかもしれない。倉科は溜め息を飲み込んだ。


「これ、葛城進学塾のパンフレットっす。ざっと目を通して欲しいっす」


 尾崎から手渡されたパンフレットには、有名校の進学率が何パーセントだとか、どこでも見るような宣伝文句が並べられていた。ぱらぱらと冊子をめくり、目が痛くなるような小さい文字を読み進める。


「――そうか。だから同じ塾に通っていながら、犠牲者同士には直接的な接点がなかったのですね?」


 縁がパンフレットを眺めながら、確認をするかのように尾崎のほうへと視線を移す。それに対して尾崎は大きく頷いた。


 犠牲者達には同じ塾に通っていたという共通点があった。だが、それを前提に考えると、犠牲者同士の繋がりが一切なかったというのも考えにくい。しかしながら、犠牲者同士には人間関係の繋がりがなかったのも事実だ。同じ塾に通っていながら、犠牲者同士には直接的な接点がない。これは果たしてどういうことなのだろうか。

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