13

 倉科はすっかりと二人の会話に聞き入っていた。どこか自分の次元とは別の次元で行われているキャッチボールだ。坂田ならば納得できるのだが、どうして縁がここまでプロファイリング能力に長けているのだろうか。


「ふーん、ポエムねぇ――。これのどこに根拠があるんだか。俺にも分かるように教えて欲しいもんだ」


 恐らく坂田は答えを知っている。知っている上で縁を試すような真似をして楽しんでいるのだ。真剣な表情に見え隠れしている歪んだ笑みが、それを象徴していた。


「ポエムは一人目の被害者から現在の五人目の被害者まで共通して残されている遺留品。これらを読み解くと、犯人が学生である可能性が高いことも自ずと分かってきます」


「――ん? ちょっと待てよ。これまでの被害者は四人じゃねぇのか?」


 縁の言葉に被せるかのごとく、間髪入れずに問う坂田。縁がこくりと頷くと、明らかな敵意を倉科のほうに向けてきた。思わず引き金を引いてしまいそうになるほどの威圧感だ。


「悪いな、少しごたごたしていて報告が遅れた」


 坂田に手渡してあるのは、四人目の犠牲者が出た段階までの資料である。当然ながら五人目の事件のことは記載されていない。外界から遮断され、もちろんテレビを観ることなどない坂田にとって、事件の情報源は0.5係の倉科しかいない。本来ならば事件が起きた時点で追加の資料を作成し、坂田にも報告しなければならないのだが、尾崎と縁を0.5係に――なんて話が舞い込んでくれたおかげで、すっかり後回しにしていたのである。0.5係としては失格といえよう。


「――まぁいい。こんなに面白ぇ女を連れて来たんだからよ。特別にそれで帳消しにしてやる。五人目の犠牲者の件はお前達の口から聞けばいいだけの話だからな」


 いつもならばヘソを曲げてもおかしくはない事態であるが、どうやら坂田は随分とご機嫌らしい。恐らくではあるが縁のことを気に入ってしまったようだ。決定事項を覆すために坂田と接見をさせたというのに、これでは逆効果である。


「で、そのポエムのどこに、犯人が学生であるという根拠があるんだ?」


 気を取り直すかのように話を元に戻す坂田。縁の話を聞く時は、本当に楽しそうな表情を見せるから気味が悪い。


「一人目の犠牲者の口の中に残されていたポエムの題名は【ずっと見守っているよ】というものでした。そして、本文はこうです」


 続いて縁は、一人目の犠牲者の口の中に残されていたポエムを暗唱した。丸暗記をしているかのごとく、すらすらと縁の口からポエムがつむぎ出される。


【君のことを 僕はずっと後ろの席から見守っているよ だから心配いらないよ 君が悩んだり苦しんだりした時には 僕が真っ先に駆け付けるから】


 ひとつめのポエムを皮切りに、全てのポエムを淡々と暗唱していく縁。彼女の頭の中には、資料を見ずとも事件の情報が詰め込まれているのだろうか。


 二人目の犠牲者の口の中に残されていたポエムの題名は【これが終わったら】というものだった。このポエムの存在で連続殺人事件であることが確定したことは覚えているが、ポエムの内容までは覚えていない。捜査本部でも、ポエムの内容自体はそこまで重要視されていなかったように思える。


【帰りの掃除が終わったら 渡り廊下で待っていて欲しい そんなに待たせることはないよ 僕は君に会えることが嬉しくて いつもは面倒くさい掃除も なんだか楽しいから これが終わったら 二人で一緒に帰ろうね】


 坂田は資料を片手に、縁の言葉に何度か頷き、たまに笑いを噛み殺すような仕草を見せる。事件の資料も見ずにポエムを暗唱する縁に、喜びを隠せないようだった。


 三人目の犠牲者のポエムは【君と出会ったのは】という題名。聞いているこちらのほうが恥ずかしくなるようなポエムが、作業的に淡々と縁の口から飛び出し続ける。


【君と出会ったのは 雪の降る冬のことだったね あの時のドキドキが忘れられない 時間を早戻しして あの時のドキドキをもう一度味わいたい もちろんこうして隣にいる今も ドキドキしてるけどね】


 隣の尾崎が溜め息を漏らして「いつ聞いても鳥肌が立つっすね」と呟いた。殺害された挙げ句、こんなものを口の中に詰められてしまった被害者達には、心から同情する。そんな犯人を野放しにしている自分に苛立ちも覚えた。


 四人目のポエムは【365日】という題名だった。この辺りはごく最近であるため、倉科もなんとなく内容を覚えている。だからといって、縁のように暗唱しろと言われれば、多分できないであろうが。


【もうすぐ春が終わる まだ一年が始まって間もないけど 君といれば一年なんてあっという間だ 一年が終わりを迎えて 来年になっても ずっと一緒にいたいな 再来年になっても ずっと一緒にいたいな】


 これで四人目の犠牲者までのポエムが読み上げられた。残るは五人目のポエムになるわけだが、その内容を坂田は知らない。新たな情報を手に入れた坂田は、果たしてどんな反応をするのか。きっと子供のように満面の笑みを浮かべるに違いない。


「くくくくくくっ――。次は俺の知らない第五の犠牲者のポエムか。まぁ、これだけでも充分なんだが、情報が多いに越したことは無ぇからなぁ」


 とうとう笑いを噛み殺せなくなったのか、くつくつと笑い声を漏らす坂田。資料から離した目は、純朴な子供であるかのように輝いて見えた。まったくもって狂人。期待感に満ちた坂田の目に溜め息が漏れてしまう。


「五人目の犠牲者の口の中に残されていたポエムは【夏が来る前に】という題名のものになります。犯人が学生である可能性が高いと感じたのも、このポエムを読んだ時のことです――」


 縁はそう言って前置きをすると、これまでと同じようにポエムを暗唱した。これはつい先日起きたばかりの事件であるため、一言一句とまでは言わないが、ある程度の内容を倉科も覚えていた。


【今年も 夏がやってくる 離れ離れになっているうちに きっと君も変わってしまう 僕が好きなのは 今の君なんだ だからずっと永遠に一緒にいよう ほら これで ずっと一緒だね】


 縁がポエムを暗唱すると、坂田が顔を伏せた。そしてわなわなと肩を震わせる。それと同時に、口から笑いが漏れ出し、とうとう我慢できなかったのか、額に手を当てて笑い出した。


「ひゃっはっはっは! こいつは傑作だなぁ。まるで自分は学生ですって言ってるようなもんじゃねぇか! いやぁ、他のポエムでも笑わせて貰ったけどよ、この犯人、笑いのセンスがあるんじゃねぇか? わざとやってんじゃねぇの? これ」


 坂田は大爆笑であるが、倉科は笑えなかった。被害者を滅多刺しにした挙げ句、口の中にポエムを残すなんてことをする人間が書いたポエムなど、気味は悪くとも笑うことなどできない。頭のネジがひとつかふたつ飛んでいなければ、この内容で笑うことなどできないであろう。倉科は呆れてものが言えず、尾崎は坂田の狂気性に面を食らっているようだ。


「笑いごとじゃありません。犠牲者のことも考えてあげて下さい!」


 縁が坂田をキッと睨みつけて声を荒げた。それには坂田も驚いたようで、目を丸くしてキョトンとした表情を見せる。が、しかしそれはほんの一瞬のことであり、拍車をかけるかのようにして笑い出した。


「ひゃっはっはっはっはっはっはっ! 犠牲者のことを考えろって? 誰にものを言ってんだ? こんな馬鹿みたいな犯人に殺されるような奴が悪いんだよ。ひゃっはっはっはっ! あー、腹が痛ぇ」

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