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 いっそのこと、ここで全部ぶちまけてしまおうかとも考えていたが、それはもう少し先延ばしをしてやったほうが良さそうだ。こんな状況で、実は二人に0.5係の辞令が下されることになりそうだ――なんて話したら、二人の頭の処理能力がパンクしてしまいそうだ。尾崎辺りは一周回って逆に賢くなってしまうかもしれない。


「まぁ、その関係でな――坂田にも殺人蜂の案件を任せてあるんだ。もっとも、この独房から一歩も出ることなく、こちらが用意した資料だけを頼りにやって貰ってるんだが」


 倉科が意図的に話を殺人蜂のほうへと振ると、待っていたと言わんばかりにベッドの下をあさり、くしゃくしゃになった資料を引っ張り出す坂田。その嬉しそうな姿は玩具箱を漁る子供であるかのようだ。資料を片手にベッドに腰をかけた坂田は、顔を上げてにたりと笑った。


「それで、坂田――。今回の事件に関しての、お前の見解は?」


 尾崎と縁をおいてきぼりにしたまま事件の話を切り出す倉科。これまでの経験上、坂田をあまり待たせるようなことはしないほうがいい。構って貰えないことにヘソを曲げて、何も喋らなくなってしまうことがあるのだから――。尾崎と縁のほうが、坂田に比べて精神的に大人であろうし、混乱しているのは充分に分かってはいるつもりだが、とりあえず話について来て貰うしかない。むしろ、0.5係の話をするよりも事件の話をしたほうが、二人にとって頭のリセットになるだろう。リセットする話題にしては物騒な話になってしまうが。


「ざっと資料を見た感じだと、典型的な通り魔殺人だなぁ。お前達だって、ある程度の人物像は掴めているんだろう?」


 坂田にそう言われて困ってしまった。こんな話になるとは思っていなかったから、今日は事件に関する資料を一切持ってきていない。確か、ある程度の人物像がプロファイリングによって割り出されていたはずであるが、どうにもそれを信頼できない古いタイプである倉科の頭の中には、それらの情報が一切入っていなかった。刑事は足で稼ぐものであって、統計学のような頭でっかちなものに頼るべきではない。坂田は割とプロファイリングを信頼しているようなのだが。


 ここで答えられないなんて言ったら、坂田がヘソを曲げてしまうかもしれない。こんなことなら、常に資料を持ち歩いておけば良かった――。後悔する倉科の前に、すっと足を縁が踏み出したのは、そんな折のことだった。


「恐らく犯人は未成年。もしくは、大きく見積もっても二十代後半くらいまでの男性。運転免許を持っていない可能性が高く、家族と同居しているものだと思われます。住居は第一の事件が起きた現場の近辺である可能性が非常に高い。無秩序型と秩序型で分類するとすれば、間違いなく秩序型。犯行の手口と被害者の口の中に共通してポエムが残されていることから、同一犯の犯行であることも間違いありません。また未成年であると同時に学生である可能性も高いです」


 思わず縁の顔を二度見してしまった。おぼろげながら倉科の頭の中にあるプロファイルよりも、遥かに正確で補足事項が多いような気がする。元々、あまりプロファイリングには頼らないがゆえに、どこまで具体的に縁がプロファイリングをしたのかは比較できないが――。なんにせよ、すらすらと意見を述べる縁に驚いた。


「くくくくくっ。警察にも面白い奴がいるもんだな」


 縁のプロファイリングを聞いた坂田は、実に楽しそうに顔を歪めた。そんなことはお構いなしに、まだまだ言い足りないと言わんばかりに縁は続ける。


「犯人の行動原力となっているのは、恐らく恋愛感情です。ただし、ポエムの内容が一方通行の自己中心的なものであることから、実際に女性との交際経験はないと考えられる。もちろん、結婚はしておらず独身。コミニュケーション能力がやや欠けており、親の愛情が不足した状態、もしくは過干渉な環境で育ったものだと思われる」


 今度は倉科のほうが混乱する番だった。事件現場が苦手で使い物にはならないと思っていた縁が、坂田と対等に向き合っている。しかも専門家顔負けの見立てをしているのだ。キャリアとはいえ新人がここまでの見立てをするなど、普通に考えたらあり得ない。


 縁が口を閉じると、坂田は嬉しそうにまばらな拍手をしてみせた。いつも倉科を馬鹿にしてくる坂田が、何やら縁に感心しているようにさえ見える。


「凄ぇじゃねぇか。警察の馬鹿が出した犯人像より正確、かつ俺の思い描いた人物像に近い。ちょっとだけ見直したぜぇ――。警察にもまともな奴がいるじゃねぇか」


 倉科のほうを一瞥いちべつしてから笑みを浮かべる坂田。まるで縁と比べられたようで面白くなかった。


「まぁ、そこのお馬鹿ちゃん達は訳が分からないって顔をしているし、ひとつずつ改めて犯人の人物像を考えてみるか。くくくくくくっ、お馬鹿ちゃん達にも分かるようになぁ」


 坂田の言うお馬鹿ちゃんとは、倉科と尾崎のことを指すのであろう。どうやら、尾崎も倉科と同じポジションへと落ち着いてしまったようだ。


「まず、プロファイリングはあくまでもこれまでの事件データを集めて作り上げられた統計学にすぎない。つまり、プロファイリングは補足的な情報であって、捜査の補助的な役割しか果たさない。この辺りは、さすがにお馬鹿ちゃんでも分かるよなぁ?」


 ベッドに腰をかけたまま、倉科が事前に渡した資料をめくる坂田。完全に馬鹿にされてしまっている。まぁ、実際にプロファイリングにはうといし、反論のしようがないのだが。


「しかし、その統計学だって馬鹿にはできない。犯人をぴたりと言い当てることはできないし、当然ながらプロファイリングが外れることなんてしょっちゅうある。ただ、犯人像をある程度絞り込むことによって、捜査の効率性を上げることは可能だ。それを踏まえた上で、今回の事件の犯人像を読み解いてみる」


 まるで何かに取り憑かれたかのごとく、淡々と話を進める坂田。普段は狂人でしかないが、一度スイッチが入ると、こうなるのだ。ついさっきまで、焼きプリンをむさぼっていたとは思えない。


「おい女――。お前のプロファイリングだと、犯人は未成年から二十代後半までで、学生の可能性が高いらしいな? その論拠はどこにある?」


 縁は真剣な面持ちで「私の名前は女ではなく、山本です」と、鋭い口調を坂田に浴びせた。そんな縁を見て、倉科はどこか坂田と被るところがあることに気付いた。縁も坂田と同じく、プロファイリングという土俵に上がってから、水を得た魚のように活き活きとしているのだ。さっきまでは倉科の背中に隠れていたというのに、今は堂々と坂田と対話をしている。そんな縁は、髪の毛を指で触りながら理論を展開させる。


「統計学的に見ると、通り魔事件を起こすのは圧倒的に男性が多く、そのほとんどが二十代です。ただ、今回の犯人は運転免許を持っていない可能性が高く、また学生である可能性も否めないため、未成年まで犯人像の幅を広げて考えました」


「では、犯人が学生である可能性が高いという根拠はどこに?」


 話を聞きながら次の展開を読んでいるのか、矢継ぎ早に縁へと質問を投げかける坂田。しかし、縁も縁で口ごもったりはせず、素早く会話を投げ返す。言葉のキャッチボールではなく、ドッヂボール……互いに互いの意見をぶつけ合うかのように見えた。


「その根拠は犯人が残している唯一の遺留品――。被害者の口の中から見つかったポエムにあります」

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