第28話 ハッカーと拉致。

「なんだ!?」

 悲鳴に似た驚きの声をあげる。

 一緒にハッキングを試みていたルプスからの信号が途絶したのだ。

「くそ。こんなときに……!」

 俺は慌ててスマホを取り出す。そして春海に連絡をとる。

『もしもし。颯真? こっちはヤバい。逃げるわ』

「どうしたんだ? なんで回線がとだえた?」

『! 突入部隊だわ。煙が――』

 電話越しに聞こえる悲鳴と何かが落ちる音。

「どうなっている? なぜ春海ねえが捕まえる?」

 笹原総理に冷たい声音で告げる。

『知らんよ。我々の手ではない。……やはりワンのしわざか』

 苦々しく吐き捨てた笹原総理に、大輔が顔を歪める。

「どういうことですか? 鳴瀬の言う通り、彼女は関係ないのでは?」

『何も知らないのか。ルプスは宙名では知れたハッカーの名だよ。少なくともキミよりは』

「だからって」

『そう。普通ならこんな強行手段を行わない。やはり敵国か。国民の意思も戦争一色だ』

「それはあなたたちが放っておいたからでしょう? 国民を戦火に巻き込むつもりですか?」

『戦争をしたがっているのは宙名の国民だよ。我々には積極的自衛権の行使しかできないのだから』

 昔の取り決めを守ると誓ったその言葉に嘘はない。攻撃を受けたのだから、自衛をしなければならない。

 そのための生け贄。それが春海だったという話。

 政治の世界ではあり得る話なのかもしれない。だが俺はそんな政府を許すことができない。

「今からジオパンクに向かう」

「無理だ。悪天候で空の便は止まっている」

 引き留める大輔。

「何を言っている。春海ねえが危ないんだぞ」

「どういう意味だ? 颯真」

 コンビニから帰ってきた斗真が缶ジュースを落とす。隣にいる美柑も怪訝な顔でこちらをみる。

「あの目狐めぎつねがどうかしたの。颯真」

「美柑、その言い方はないだろ。仮にも俺の姉貴分だぞ」

「失礼」

「それよりも姉ちゃんに何があった! 言え!」

 激高する斗真。その手にしたコンビニ袋が悲しげに揺れる。

「何者かに拉致された……」

「なんで止めてくれないんだよ! お前なら事前に知って捕まえることができただろ!? 颯真!!」

「く――っ!」

 斗真の言う通りだ。俺ならできたのだ。先回りし、彼女を救うことが。

 それができなかったのは〝宣戦布告〟をしたアメリナ・ジオパンクに気をとらわれていたせいだ。

 俺がもっとしっかりとしていれば、未然に防げたはずだ。少なくとも宙名の軍事回線は常にハッキングしている。

 調べてみると、以前からちょくちょくルプスの動向を探っていた足跡が残っている。それもウルフとケルベロスの二人に、だ。

「春海ねえは、俺が救う」

「当たり前だ。それ以外を考えるなよ。颯真」

 ドスをきかせて俺の肩をつかむ。痛い。この痛みこそが斗真の思いなのだ。

「落ち着いたら。ふたりとも」

 落ち着いた声音で話をする美柑。

「わたしはこのままでいいけど、颯真と斗真は違うのでしょう? なら落ち着いて確認した方がいいよね?」

「ああ。そうだな。冷静さを失っていた。すまない」

 俺は力を抜いて、キーボードを叩く。

 苛立ちを覚えたのか、斗真は外に向かう。

 春海のパソコンにつなげると、そこから痕跡を探す。ウルフがたどった道筋を探せば、今回の目的が分かる。

「まさか……」

「どうした? 鳴瀬」

 大輔が声を上げると、美柑がキッチンに立つ。

「いや、ウルフは記録したデータを紙媒体に写しているんだ。だから今回の作戦はネットに上がらない。ただハッカー仲間が情報を集めている。そこにはウルフとケルベロスのデータがのっている」

「どう書いてあるんだ?」

 モニターを大輔に向け、鷹揚にうなずく。

「ふたりはCNBに所属している、と。ここまで情報が流れているとマズい」

「まさか宣戦布告のためか? 残酷なことをしている宙名に対して市民感情をあおるのか?」

「恐らく、そのために情報をわざと流している。これでアメリナが宣戦布告をする準備が整った。春海ねえの件は軽く流されているが、たどれないわけじゃない」

「ホントなの? あの目狐生きているんだ」

「そんな言い方はよせ、と」

「妹がすまない」

「いや、だがこれなら追える」

 データの海の中から探るのは骨が折れる作業だが、できないわけじゃない。言葉選びや書き方から拉致をした者の行方は捜せる。

 ハッカー仲間に呼びかけると、さらに情報は集まってくる。

「宙名も戦争をしたがっているのか……」

 なぜ人間はこうも愚かな選択をするのか。

 春海をスパイ容疑でとらえたのが宙名の軍となっている。これから軍事裁判を開き、見せしめとして殺される。さらに言えば、それをきっかけにジオパンクとの開戦、それを擁護するアメリナにも敵対する意思があるという。

「そんなことさせるか!」

 俺はネットワークを通じ、衛星兵器にアクセスする。宙名の持つ衛星兵器は二十ある。そのすべてにウイルスを送りこみ、攻撃プログラムを起動。暗号化されたパスワードはボロボロに砕け、兵器としての機能を失う。

 暗号化のパターンや周波数のコントロールで、俺個人のパスワードで起動できるよう、改竄する。

「俺をなめるなよ……!」

「何をやっているか分からないが、おれにできることはないか?」

「だったら、ヒューズさんとともにアメリナとジオパンクの宣戦布告を止めてくれ」

「分かった」「分かってネ」

 二人が止めてくれる、そうでなくとも時間稼ぎくらいはしてくれるだろう。その間に俺ができることをする。

「できたよ。颯真、それに兄さんとヒューズさんも。斗真は?」

 美柑がキッチンからただようおいしそうな匂いとともにやってくる。

「ありがとう。そこに置いてくれ」

 俺はそう告げると、片手間に食事をしながらキーボードを叩く。

 大輔とヒューズさんは後で食べるのか、笹原総理とスピナ大統領に掛け合っている。

「ようやくつながったか。……ようウルフ・ケルベロス」

『そっちからつなげてくるとは意外だね、ハウンド』

「そうでもないさ。こちらに手を出しておいて、そのまま、はいそうですか、となるものか。こっちにも意地があるんでね」

『こっちはあんたらのせいで迷惑しているのよ。分かってくれるかしら?』

「それはこっちのセリフだ。ルプスを返せ」

『そこまで知っているのなら問題ないでしょ。彼女は処刑される。止められないわ』

「そうかな? 貴様らのせいでどれだけの人が泣くことになるのか、分かっているのか?」

『……どういう意味かな?』

「宣戦布告をするのは知っているか?」

『知っているけど、そんなガセネタで脅そうなんて……バカね』

 ケラケラと笑うウルフ――いや恵那。

「それがそうでもないらしいな。恵那」

『アタシの名前を知っているんだ。なら生い立ちも知っているんでしょ?』

「どっちの生い立ちだ?」

『!?』

 恵那の生い立ちは二つある。一つは一般向けの偽物、もう一つは知られてはいけない本当の情報だ。

『どういうこと? アタシは科学のすばらしい結果、生まれた人間よ』

「違うな。お前はドーピングやその他の薬品、ナノマシンを使って生まれた化け物だよ」

『やめろ』

 ケルベロスが引き継ぐように遮る。

「お前らは〝治療〟してもらわないと、生命機能を維持できないだろ?」

『やめろ!』

「お前は分かっているようだな、ケルベロス」

『分かっているならやめろ。恵那が悲しむ』

「そうだな。その間にデータを頂いたぜ」

『データ? そんなものを奪ってどうする。もう一ノいちのせ春海はるみの命はない』

「ふ。それはどうかな?」

 俺は不適な笑みを浮かべ、回線を切る。

「どうするつもり? 颯真」

 隣で様子を見ていた美柑が訊ねる。

「俺が罪を背負う」

 そう告げると目を丸くする美柑。

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