第27話 ハッカーと宙名。

 美柑と大輔、斗真がアメリナの大地に立ち、颯真のもとに集まってくる。

「もう心配したんだから!」

 いきなり抱きついてくるのは美柑だ。その後ろで大輔が複雑な顔をしている。握り拳が怖い。

「元気でやっているか? 颯真くん」

 声にもドスが効いている。かなり怖い。

「ええ。まあ」

 美柑を引き剥がすと俺は大輔に向き直る。

「なんで美柑と斗真を呼んだ?」

「美柑はどうしても行きたい、とだだをこねてな。斗真はボディガード兼雑用係だ」

「オレの目的ってそんなかよ!?」

「そうだな。美柑はともかく斗真はいてくれて嬉しいな」

「それって雑用って意味じゃないよな!?」

 なんだかテンションの高い斗真に、くすくすと笑う俺たち。

「たく、冗談は口だけにしてくれ。というか、オレはただ颯真が心配だからきただけだ。すぐに帰るさ」

「そうか。俺は元気だ」

「そうみたいだな。んじゃ、少ししたら帰るわ。高校もあるし」

「あー……」

 俺も普通の人生を歩んでいれば、今ごろ高校に通っていて夏休みを満喫していたのだろう。そんな当たり前の日々に憧れを抱いているのは、俺が特殊な人生を送ってきたあかしなのかもしれない。

「でも、わたしは残るの。少なくとも学校が夏休みの間だけ」

「美柑こそ、なんで残るんだ?」

「わたし、颯真に付き合う、これから先も」

「分かった。そこまで言うなら」

 美柑の決意に言葉を濁す俺。

 女の子のささやかな願いを無碍にするほど、腐ってはいないはずだ。


「宙名の話は聞いた。どうするつもりだ?」

 大輔が前に出て、怪訝な顔をする。

 斗真は「コンビニ言ってくる」と言い、部屋を出ていく。それに倣う美柑。

「それはもちろん、告発するでしょ。でもまだ情報が足りない。政府からの発言はどうなっている?」

「それなら〝管轄下にないのでお答えできない〟の一点張りだ」

「なら、政府関係者に宙名の人体実験を行っている者がいる可能性が高い。ひとり一人調べるには時間がかかる。大久保捜査官、手伝ってくれるか?」

「ああ。もちろんだ」

「なにそれ。宙名ってそんなにヤバい国なの?」

「ああ。そうらしい」

 そう言って目を背ける大輔。なにかやましいことでもあるのだろうか? いや、今はそんなことを気にしている場合ではない。

 早速さっそく、パソコンを立ち上げて、宙名の幹部、それも国を動かせるほどの人物のSNSから使っているパソコンまでさかのぼる。そこに鍵がある可能性が高いのだ。

「こいつのパスワードは娘さんの誕生日か。なるほどな」

 カタカタとキーボードを叩き、プロテクトされたサーバーへアクセスする。

「捕まえた。これは……」

「どうした? なにが保存されている?」

 大輔が身を乗り出し、データをモニターに映す。

「これは、どういうことだ?」「あらあら。大変ネ」

 ヒューズさんも怖い顔になり、モニターを覗きみる。

「あいつら、自分の子どもを実験材料にしている」

 そこには被験者の詳細なデータが表示されている。

 DNAレベルで子どもと証明されている。

「これを潰すんだろ。どうやって?」

「マスコミにリークするか?」

「そんなことをしたら本格的に開戦になるぞ。民衆は戦争一色だしな」

「こちらが公開しても、しらを切る可能性が高い、か。そうなると余計な火種になりかねないな」

「それなら笹原ささはら総理にホットラインをつなぐ」

 こんな機会はジオパンクとの融和に結ばなければならない。

「ああ。頼む」

 こんなむごいことはこれで終わりにしてほしい。

 しかし、なんでこんだけの施設が放置されたままなんだ? 宙名のトップ・ワン宇航ユーハンはなにをしている。

「ホットラインがつながった」

「分かった。これから話す」

 俺が笹原総理に証拠資料とともに説明を始めると、沈痛な面持ちで目を伏せる笹原。

「なんてことだ……。だがこれは宙名のワン首相も知っているだろう」

「どういうことです?」

「これだけの施設、一般人が隠しておけるわけがない。それに資料にもそれらしい記録が残っている」

 笹原総理は大きくため息をはき、腕を組む。

「どうにかして助けたいですし、ウルフとケルベロスという敵対行為があります」

「分かっている。だが、ここからではどうしようもない」

「機械に変わって人間が世界を救ウ。この国の言葉ネ」

 途中で話題に入ってくるヒューズが、今度はアメリナのマットイェンス=スピナ大統領とホットラインを接続する。

「こちらでも認識している。このまま放っておくわけにもいくまい。こちらから攻撃する」

「アメリナらしい考えですね。それで流される血や涙を想像できますか?」

 俺はアメリナのスピナ大統領にそう告げると、苦虫をかみつぶしたような顔をする。

 銃と暴力を持って、軍事介入をすれば被害を受けるのは一般市民だ。少なくとも宙名の国民が焼かれる。その報復で衛星兵器を使わないとも限らない。そうなったら全てが遅い。

 俺らが目指した世界はそんなんじゃない。

「衛星兵器はどうするんですか?」

「なにかあればキミらが止めてくれるだろ?」

「――っ!?」

 確かに、俺がアメリナにいて、衛星兵器が火を噴けば、俺は止めてしまうだろう。

 そのためにわざわざ俺をアメリナに迎えたわけだ。一方的に蹂躙されるのは、もはや戦争じゃない。ただの人殺しだ。少なくともそんな戦争は聞いたことがない。

 今まで戦争が起きなかったのが、各国でその科学技術を競い合ってきたからだ。スポーツですら機械頼りになってしまった今の時代だ。

 資源の枯渇、人口爆発という問題さえなければ、土地をめぐっての争いなんて起きない。

 未だに科学技術にしがみついた結果がこれだ。人体を使った科学の発展。そんなのは人らしく生きているとは思えない。人体実験の末路が、人らしい死とも思えない。

 俺が信じているのは、もっと暖かくて優しい世界だ。そのために技術は進歩をしてきたはずだ。

 その技術があれば、世界をもっとよくできるのに。なぜ、戦うことに使うのか。


 そのことをスピナ大統領や笹原総理に告げると、難しい顔をして目を伏せるスピナ。

「それだけ思う気持ちがあるのなら、ハッカーを辞めて選挙に出馬しなさい」

「そうですな。我々は明日、生きていくためのかせを提供するすることしかできない」

「そんな我々をどうか許してほしい」

 スピナ大統領がそう告げると、悲しげに目を閉じる。

 分かっている。人間、そう都合良く生きていけないんだと。

 自国民を守るためなら戦争もじさないと。

「我々は明日、宙名に宣戦布告・開戦する。それを知ったキミはどう動くかね?」

 スピナは意地の悪い笑みを浮かべ、告げる。

「我々、ジオパンクは援軍を差し向ける。植民地化し、宙名の民を救う」

「そんなのは詭弁だ。誰かの死体の上になりたつ平和なんてありはしない!」

「……それは人の歴史を見て、言っているのかね?」

「知っている。だからこそ、この数十年間、争いのない世界で生きてきた者として告げる。戦争などしなくとも平和になれる、と」

「ナンセンスだ。人は争う、争ってこそ意味ある人生だったと知る」

「人の歴史は争いの連続だよ。経済戦争、それにテロリスト、中東での内戦」

 やめろ。それ以上は聞きたくない。

「スポーツだって代理戦争みたいなものだ。人は争っているのが自然なのだよ。それをひっくり返すことなんてできない」

「嘘だっ!」

「そう思うのなら選挙に出馬しなさい」

 笹原総理の顔が緩む。

「そうすればどちらが正しいのか、分かるはずだから」

 そんなのは認めない。

 戦争が人間にとって必要だとは思えない。

 だったらそれを証明してやる。

 宙名を救ってみせる。ウルフとケルベロスも助けてみせる。

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