第26話 ハッカーと宣戦布告。

 NBCのデータベースにアクセスすると、〝治療〟という名目で人体実験をしているのが分かった。

 極悪非道。その言葉がよく分かるような、データが目につく。違法ナノマシンの投与に、血中からはありえないほどの金属粒子や薬物が検出されている。

 そんな思考を破る言葉が飛び込んでくる。

「大変ネ! アメリナ各地で武器が暴走しているネ!」

「なんだと? そんなはずはない」

 俺が慌てて各地の武器にアクセスする。

 と、ウルフ・ケルベロスからの攻撃を受けていることが分かった。

「くそ。あいつら」

 こっちは一人だ。攻撃に、修復プログラムが間に合わない。

 カタカタとキーボードを叩くが、まったく終わりが見えない。

 続く攻撃に対応が間に合っていない。

 そんなことを続けて二時間。

 急に攻撃の手が緩む。

『間に合ったね。ハウンド』

「……ルプスか」

 この暗号コードは間違いなく春海のものだ。

『あいつらの拠点に攻撃したら、あっという間に防衛モードになったよ』

「そうか。そのお陰か」

『気をつけてね。こちらからはこれ以上支援できないから』

「ああ。ありがとう。だがどうして……?」

『家族を助けるのに理由がいるのかしら?』

「そうか。そうだな」

 心が温まる想いをし、アメリナ各地の武器を修復する。

 俺には本当の家族がいない。死んだ両親の代わりに育ててくれた叔父や叔母。その叔父叔母も先に逝ってしまった。俺に家族はいない。そう思っていた。

 だから春海には感謝している。

『ふふ。それよりも、今回は宙名の防衛を強化しないと』

「ああ。そうだな」

 勝手に操作しているが、宙名の攻撃をコントロールしているのは恵那ウルフだ。

『よくもやってくれたわね。アタシのパソコンがめちゃめちゃよ』

 恐らく恵那のパソコンにウイルスを仕込んだのは春海だろう。

「知らん。俺は俺の道をいく。お前なんぞに付き合ってやる意味はない」

『よくも白々しい……。あなたの大罪はすでに知っている』

 いいながら、恵那のパソコンはとある場所にアクセスする。

「どこだ。どこにアクセスした?」

『ふふ。いいでしょう? 過去、あなたたちによって黒い雨を降らせた場所、ノースアーチよ』

「なに?」

『彼らは協力的よ。なんであなたたちが嫌われているか、分かる』

「……」

『そうよね。答えられないわよね。あんな虐殺をしたんだから』

 分かっていた。俺はノースアーチの国民を焼いたのだ。核爆弾をもちいて。そんな人間の話を聞く人などいるのだろうか? いや、いないだろう。

 つまりノースアーチにとって、俺たちは敵だということ。

『あなたたちの片割れも、そろそろ捕まるわ。見物ね』

「なんだと……?」

 ドスのきいた声音になるのも無理はない。家族のいない俺に、彼女はぬくもりを与えてくれた。この命が尽きても、守らなければならない存在なのだ。

『まあ、いいわ。今日はこれくらいにしてあげるわ。こっちも忙しいの』

「なんのつもりだ? 宣戦布告でもしたつもりか?」

『そうよ。これはアタシからの挑戦状。果たしてあなたに活路は見いだせるかしら?』

「やってやるさ。お前ら改造人間に負けてたまるか!」

『改造……? まあいいわ。あなたが敗北するのを楽しみにしているわ』

 そこで連絡が途絶える。

 これは大変なことになってしまった。

 俺とルプスはアメリナ・ジオパンクの後ろだてがあるが、ウルフとケルベロスには宙名とノースアーチが後ろ盾になっている。

 これは代理戦争といえよう。

「かなりの大事になったな。ルプスに手伝ってもらわないと」

 ルプスの痕跡をたどり春海に連絡をとる。

 今回のこと。代理戦争と言えるこれまでの経緯と、俺たちが相手にしなければならないほどの大きな敵のこと。

 相手が改造人間であること。

 危険がつきまとうこと。

 今回の件にルプスを巻き込んでしまった。あのとき、ボタンを押すのが俺であったのなら、少しは変わっていたのかもしれない。

 だが、俺にはその勇気がなかった。責任の代償を他の誰でもないルプスに押しつけたのだ。そこには俺の想像を絶するストレスがあったに違いない。


※※※


「マズいわね。颯真と連絡とれるかしら? 美柑さん」

「わたしが直接いってくるの」

 春海は部屋の端で待機していた可愛い女の子に呼びかけていた。

「正直、私はあなたを認めてないわ。金食い虫さん」

「わたしもあなたの評価がほしいわけじゃないもん。でも彼にはわたしがいないとダメなの」

 小首こくびかしげる春海。

「そうかしら? あなたは金が好きで近づいたのでしょう? だったら――」

「確かに昔はそうだったけど、今は違うの」

 なにが違うのかは自分でもよく分からない。けど、確実に変わった。それも颯真の影響らしい。

「今は? 果たして本当にそうかしら?」

 わざとらしく肩をすくめる春海。それに対してギリッと歯ぎしりをする美柑。

「いいの。わたしは大輔と一緒に彼のもとにいくの」

「いいわ。私もここからサポートするわ」

 颯真のことになると目の色を変える二人だった。

「そう言えば斗真、いってくれる?」

「おうよ。もちろんさ。あいつのやることはぶっちゃけ汚いが、それでも意味があるのなら、オレも手伝うぜ」

「おれがつれていく。ルプスはここから支援してくれ」

「はいはい。分かってますってね」

 ルプスがらしくない言葉で口を開く。

「それからジオパンクとアメリナのハッカー仲間に呼びかけないと。できればあっちにも……」

 春海は含み笑いを浮かべ、さっそくキーボードを叩き始める。

 今行っているのはただのチャットだ。最新のウイルスや、攻撃プログラムを作成しているわけでも、ハッキングしているわけでもない。

 それでもチャットの速度は速く、大勢の人を集めているのだった。


※※※


「やった。これであいつは地の底に落ちるわ!」

「本当にそうかな?」

「なによ。ジョン」

 ふくれっ面になり、不機嫌さを隠そうともしない恵那。

「なに。あいつらの関係性を分かっていないようだから」

 こちらのチームにはない、関係性。

 チームワークが圧倒的に負けているのだ。

 だからこれまで負け続けてきた。

 恵那はそれを知らない。考えない。

「分かっているよ。アタシたちの方が弱いって……」

 ほら。分かっていない。

「でも、あいつらを分断できた。ふふ。ルプスは今頃どうしているのかな?」

「まさか!? あいつらを分断させるのが目的で宣戦布告したのか?」

「ああでも言わないと動かないでしょう? ノースアーチとも提携したし、拉致してもらうわよ。ルプス」

「狙いはそっちか……。まさかの攪乱作戦とは……」

 バリバリとせんべいを頬張りながらジョンは答えを導く。

「うふふ。これでも作戦の立案はうまい方なのよ」

「信じられない。もっとおバカだと思っていた」

「心外ね。アタシにもそれだけの能力があるわ。今からハッカー仲間を探すわよ」

「宙名の有名ハッカーとは連絡をとっているじゃないか。どこから集めるのさ?」

「あら。なんのために提携条約を結んだと思っているのかな?」

「!? まさかノースアーチの? でもそこまで質は良くないぞ」

 顔面蒼白。

 そこまで計算していなかったジョンにとっては目のさめる思いだ。

「そうね。でもまとまればそれなりになるわ」

 ビシッと人差し指を立ててどや顔を見せる恵那。

「そうかもしれないけど……」

「さっそく連絡をとるわ」

「分かった」

 これには苦笑いし、了承するしかないジョンであった。


※※※


 ハッカーも一枚岩ではない。様々な疑問や理念を持っている者が大勢いる。そして、この時代の片隅でひっそりと生きている者も多い。

 その彼らを呼び覚ますのは誰でもない、ルプスやウルフといった世界を掌握しているハッカーたちであった。

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