第24話 ハッカーとアメリナ。
「ふう。爆弾はなんとか解体できたな」
「電子ロックなんて鳴瀬クンにとっては楽勝ネ」
ヒューズと協力して爆弾を発見、処理まで終えると、俺は立ち上がる。
爆弾の解体など初めてやったが、大輔の知識もあり、達成できた。
あとは春海の言うとおり、俺が死んだと見せかけるだけだ。
飛行場にある管制室のメインコンピュータにアクセスしてデータを改竄した。
この飛行機は独立端末になっているのだから、直接的なアクセスはあるまい。
春海の言う通り、アナログ式のデータ入力が一番安定している。重要なデータは俺のポケットの中にある。
クラウドすらデータの改竄を受けかねないので、やはり紙媒体が最強と言えよう。
だがまだ終わりではない。
「飛行プログラムなら回復したが、着陸時のプログラムがまだ完璧じゃない」
「それで、どうやって直すんだ? 一番ダメージを受けていると聞くが」
「ああ。それが問題だ」
大輔の質問に首肯する。
最近のパイロットはあまり操縦慣れしていない。離着陸もオートパイロットに頼り切っているのだ。
「どうすればいい?」
「ちょっと待ってくれ」
俺はパソコンを起動すると、キーボードを叩き始める。
「管制室にあるデータをもとに復元できるかもしれない」
「本当か! それならわたしが操縦しなくてもいいんだな?」
パイロットが喜びの声をあげる。
「ああ。でも最終的にはパイロットの技量が必要になる。責任はすべてパイロットにあるからな」
「そう、だな……」
パイロットが渋面を浮かべる。
操縦者に操縦技術すら忘れさせるのが今の世の中。情報社会の裏でもある。
失業率80%の世界だ。ほとんどが機械に据え置かれ、料理すら機械が行っているのだ。人類のほとんどが簡単な役職、あるいは最重要な職業についている。
パイロットがうろたえるのも無理はない。
「しかし、機械に任せるのも問題だな」
大輔が鷹揚に呟く。
「確かにな。ヒューマンエラーも怖いがハッキングすれば、なんでもできてしまえる今の情報社会の方が怖いかもな」
斗真がそれに応じる。
「俺のようなハッカーには天国かもな」
はははと乾いた笑いを浮かべる俺。
「それは大変ネ。うちも独立端末にするべきネ」
ヒューズが対応策に頭をひねる。が、すでに遅い。アメリナの98%は掌握ずみだ。
俺以外にハッキングできないよう、プロテクトしておいた。特別なウイルスも仕込んでおいた。なにかあれば、勝手に起動する。
誰もジオパンクを攻撃できないようにしてある。とはいえ、全て独立端末にされたらたまったもんではない。
「それでも防げないことがあるぞ」
「あラ? なにかしラ?」
「衛星兵器。今は電波でつながっている。これをなんとかしないと意味がない」
「確かにそうネ。このままだと衛星兵器が一番の厄介ものなのネ」
「そうか。衛星兵器は独立端末にはできない、となれば兵器としての意味合いが違ってくる」
「なんでそんなに兵器が必要なんですかね?」
ヒューズや大輔の間に割って入る斗真。
「なんだって兵器なんて必要なんですか。互いに手を取り合い、助け合えば、それでいいじゃないですか」
「斗真……」
「斗真くん。それは希望的観測だよ。人は奪い合い、敵視するものだ」
「そこまでは言わないケド、相手が武力を持って迫ってくるのなら、防衛しなキャ」
「……納得できません」
「斗真くん、武力なくては、敵やテロリストから身を守れない」
「敵って誰ですか? なんで話し合いができないんですか?」
「斗真、落ち着け」
「なんでみんな戦うことばかり考えるんですか!」
怒りに身を任せる斗真。こんなに怒りを露わにするのは初めてだ。
俺がプログラムを修復し、飛行機が着陸すると、斗真と大輔は帰りの飛行機に乗る。その横顔は未だに不満が残っていた。
俺とヒューズが二人取り残され、タクシーを待つ。
「ここがアメリナか……」
周りを見わたすが高層ビルが建ち並び、異国とは思えない。首都の高層ビルと大差ないのだ。
「ええ。ここがアメリナの首都・アプリリウスなのネ」
「どこに向かうんだ?」
「郊外のホテルに予約がとってあるネ。まずはそこで今後の方針を決めるネ」
「分かった。それで大統領にでも連絡をとるのか?」
「ええ。あなたは契約していただいたので安心ネ」
「そうか」
俺はジオパンクからアメリナに引き渡されたのだ。今さらホームシックもあるまい。だが、どこかジオパンクの空気が懐かしく感じるのであった。
※※※
「きゃは☆ やったわよ! これでハウンドは消滅したわ。あとはこうるさいルプスだけだね」
ハウンドの飛行機は爆破された。そういった情報が流れてくる。それがダミーとも知らずに。
「でもルプスも厄介だね。今回のやり方では驚いたよ。たぶん」
ルプスの仕込んだウイルスによってパソコンは復帰不可能。OSまでもがウイルスに食い尽くされた。すべてのデータがルプスのデータに書き換えられたのだ。しかも、ご丁寧にルプスという言葉しかモニターには表示されなくなった。
だからか、今はパソコンを新しく買い換えている。その間は休息の時間になった。
ジョンはせんべいをかじりながら、トランプゲームに興じる。
「へ~。トランプうまいのね」
やっているのは施設にいるいくつかの少年・少女たちだ。
このNBCの
ジョンと恵那が同じチームだったのは偶然で、お互いに仲間意識は薄い。それがラボの管理者にとっては都合が良かった。
下手に仲間意識を持たれると、反乱のために計画を立てたりする……と考えているのだ。
今はラボからの命令は取り下げられており、薬物やナノマシンの投与による精神を安定させている。薬物やナノマシンの投与がなければ禁断症状が現れるのだ。
こんな身体にした者を恨む、なんてこともない。なぜならみんなそういった治療を受けていると教え込まれているのだ。
だから恵那とジョンは知らない。自分たちの置かれた状況が異常なことを。
「今度はせんべいでも頼もうかしら」
「たまには自分で調べたらどうだ?」
ジョンはスマホ片手に次の食品を探していく。
食べるのは好きだが、ハッキングはそこまで好きじゃないジョンにとって食探しは、唯一の楽しみでもある。
「今度はカレーでも頼んでみるか。牛タンカレー……うまそうだな。きっと」
未知の食材に対してチャレンジ精神を燃やすジョンであった。
「そろそろルプスを落とす計画を立てないとね」
「だがルプスはハウンドよりも
「それがなによ! アタシが世界一番のハッカーになるんだから!」
「それは傲慢だよ。僕たちは一番にはなれない」
「そうかしら? アタシたちならできると思うのだけれど」
「じゃあ、試してみるがいいさ。きっと無駄だよ」
ジョンの発言に頬を膨らませる恵那であった。
「準備が終わりました」
研究員の一人が休憩室にいるジョンと恵那に呼びかけたのだ。
準備。それはハッキングの準備が終了したことを示している。
「しかし、あのウイルスは厄介だ。どうやって封じるつもりなのさ」
「へへ。それなら考えがあるわ。こっちもウイルスを削除するウイルスを作ればいいのよ」
「そんなのできるのか?」
「暗号化とプロトコルの解析が進めばできるわよ。頼むわよ、相棒」
「は、最初から僕に頼る気満々なのさ」
恵那はジョンに依存している節がある。二人でなければ完成しないウイルス――そう決めつけているのだ。
新しく設置されたパソコンをなでると、さっそくウイルスの製作にとりかかる恵那。ルプスのウイルスを解析するジョン。
二人の力があれば、新作のウイルスができあがるのだろう。
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