第23話 ハッカーと爆弾。

「落ちているのか? この飛行機は!」

 驚きの声が客席からあがる。

「そんなの嘘よ!」「いや、この角度はおかしい」「エンジンが止まっているわ!」

 様々な叫びの中、俺は前にある操縦席のドアを叩く。

「今、どうなっている?」

「客席に座っていてください」

「俺はハッカーだ。破壊されたプログラムを修復する」

 操縦席の隣にあるLANコネクトにケーブルをさし、ノートパソコンを立ち上げる。

「さて。どこまで破壊されたものか……」

 さっそく修復を始めるが、元のデータが分からない。

「なら、俺好みに修正する!」

 新たにデータを演算し、書き換えていく。

「エンジンに火が入った!」

「そこの者、何をした?」

 パイロットである者が驚きの声を上げる。

「ちょっといじっただけだ。これからメインコンピュータを修復する。手伝ってくれ」

「……分かった。だが、こちらはマニュアルで運転している身だ」

「分かっている。データはあっているか?」

「高度計と速度計、それに角度計がおかしな値を示している。早めに直してくれ」

「了解」

 キーボードを叩くと、すぐに正常なデータが浮かび上がる。

「これでどうだ?」

「おお! だが、これが正しい高度なのか?」

 疑問の声が上がる。高度の計算をやり直している暇はない。

「おそらくは、な」

「下がりすぎている。もっと高度を上げないと」

「エンジンと燃料系か」

 察する俺はすぐさまに燃料系にアクセスする。

「そうだ。計が狂っている」

「これか、なるほど。実数値がバラバラになる細工がほどこされている」

 壊れたプログラムにも法則性があり、それは作り手の意思を感じさせる。

 この意思はとても歪んだ思想を持った者の意思だ。

 データを修復する度、操縦席からは歓喜の声があがる。

 なんとか飛行機の高度と、運転を取り返すと、近くにある飛行場に向かいだす。

「ちっ。これ以上させるか! 緑地を取り戻すんだ!」

 ナイフ片手に接近してくる男が一人。痩せた男だが、刃渡り10cmはあるナイフを振りかざしてくる。

 が、近くにいた斗真が前にでる。

「やっぱり、実行犯が襲ってくると思ったよ」

 斗真はナイフの切っ先を読み取り、手首をとり柔道の寝技で抑え込む。

「これで終わりだ。名も知らぬ男よ」

「く、くそっ」

 その男は悲しげに顔をうつむく。

「これで終わりか」

『そうね。こっちからアクセスしたのだけど、ウルフとケルベロスの痕跡があったわ』

「そうか。俺たちにとって天敵になりかねないな」

 俺たちを飛行機ごと殺そうとした奴らだ。許せるわけもない。

「俺たちも自衛をしなくちゃな」

「これ以上、何をするのですカ?」

 ヒューズが疑問を口にする。

「ああ。その前にパニックになった客席を落ち着かせないとな」

 パイロットが客席に呼びかけて、安心させるが、それでも不安の声はあがる。

 泣きじゃくる子どもに、呼びかけるヒューズと俺。

 子どもが落ち着くと自然と周りも大人しくなる。


※※※


「きぃぃぃぃぃぃぃっぃぃっぃぃぃ」

 ヤカンが湧いたような悲鳴を上げる恵那。

「なんでこうなるのよ! 相手は一人でしょ? なんで落ちないのよ!」

 独立端末になった飛行機は悠然と海洋を横断している。

「落ち着かないか。確かに今回は無理だったが、まだチャンスはある」

「なんで実行者が襲わないのよ! 二重の準備してきたでしょう?」

「いや、三重だね。確か」

「! そうだったわね。へへ。今度こそ、落ちてもらうわ」

 ケーキを頬張り、へへと怪しげに笑う恵那だった。

 それを見やりジョンはため息を吐くのだった。


※※※


「それで、成功したのかしら?」

『ああ。実行犯は抑え込んだ。あとは問題なし』

「いえ。まだよ。その飛行機には大量の爆弾が詰め込まれているわ」

『! なんだと?』

「三重のハイジャックね。そうまでしてハウンドを仕留めたいのよ」

 モニターにはウルフのハイジャック計画が表示されている。もちろんハッキングしたものだ。

「このままではあと二十分後に爆破されるわ。急いでちょうだい」

『分かった。手分けして探す』

「貨物室はもう探してあるわね。だとすれば、実行犯の手荷物が怪しいわ」

『そうか。そうだな。ありがと、姉ちゃん』

「いいのよ。弟たちのためだもの」

 通信を終えると、春海はハッキングしているウルフとケルベロスのパソコンを調べ始める。

 どこかに計画書の全容が乗っていないか? と思う。

「これで終わらせないんだから」

 弟分を殺そうとしたウルフたちに腹の底がうねるような熱を感じる。

 純粋な怒り……いや、そんな生やさしいものではない。憎しみとも呼ぶべき、ねっとりとした気持ちが視界を黒く染め上げる。

「さっさと終わらせてやるよ」

 ウルフの周辺を探り、データをかき集める。

 と、面白いことが分かってきた。

 彼らが住んでいる場所は宙名の北西に位置するNBCと呼ばれる機関に所属しているという結果がでた。もちろん確定情報ではないが、怪しい動きをしているのは事実。

 火のないところに煙は立たない。

 恐らくは間違いない……とはいえ、直感に近しいところもある。

 もっとちゃんと調べないといけないが、それはウルフやケルベロスが動いてからではないと判断がつかない。

「嘘の情報を流すわ」

『どういうつもりだ?』

 颯真から連絡が入る。

「つまり、私が誤情報を流すわ。颯真はそれに従ってほしいの」

『分かった。だが爆弾の位置はどこにある?』

「手荷物の底にあるらしいわ」

『分かった。ありが――』

 途中で切れる電話回線。

「どうなっているのよ」

『やってくれたね。アタシのパソコンをハッキングして……!』

「あら。こんな形で出会えるとは思わなかったわ。ウルフ!」

 毛先をいじる春海。

『出会えたわね。それよりも爆弾の方はもうよろしくて?』

 ピ――――ッ! と鳴り響く電子音。颯真との回線が途絶えた音だ。

『ほら。早くしないから爆発しちゃったわよ』

「うるさいわね。それよりも、こっちの回線に割りこんでタダですむと思っているのかしら?」

『どいう、意味?』

 眉根をピクリとあげている様子が手に取るように分かる。

「攻撃プログラム131起動」

『何をしたのかな?』

「私のとっておきの爆弾よ」

 攻撃プログラムの中でも単純で凶暴なコンピュータウイルスだ。

 アクセスした端末に勝手にコピーをし続ける。つまり、データが全てこのウイルスに変換されていくのだ。

 普通に攻撃するのではなく、データが満タンになるまで増殖し続けるのだ。特定の部分を攻撃するわけでもなく、データを引き抜くわけでもない。

 ただデータを書き換えるまで増殖し続けるのだ。

『なに、こ……れ……』

 電話ごしにざっとノイズが混じるようになってきた。この電話もコンピュータを利用しているのだろう。

 データが満タンになれば当然、動作が重くなる。次いで、データが書き換わる。

『く、そ。……データ、でパンク、す、る……』

「やってくれたね。私の可愛い弟分をいじめてきた罰よ」

 そう言い残し、自分のパソコンを破壊するプログラムをクリックする。途端にモニターには『エラー』の文字が飛び交う。

 パソコンのOSそのものを破壊する攻撃プログラムだ。内部データもろとも吹き飛ぶ。

 あとは金属の塊になったパソコン本体を捨てるだけだ。

 パソコン一台くらい安いものだ。

 これでウルフのデータは回収し終えた。

 パスワードなどは紙に書いて残してある。この時代に、なんともアナログな、と思うかもしれないが、ハッカー相手にとってはアナログなものこそ最強のほこであり、たてである。

 データは全て紙媒体に記録してある。パソコンを買い換えるくらい安いものだ。

「今度はどんなパソコンにしようかな♪」

 爛々らんらんとした顔で呟く春海。

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