第22話 ハッカーと墜落。

 飛行機に乗り込む俺とヒューズ、大輔がついてくる。

「なんで大輔までついてくる?」

「アメリナまでつれて行くのがおれの仕事だ。途中で脱走でもされたら、それこそ問題だ」

「そうか」

「おれは自分の目で見ないと気が済まないたちだしな」

「そんなことを言うとネットは苦手か?」

「そうでもない。形に残るものではないが、言葉としては残るからな」

「そうか。無駄なことを聞いた」

「はは。少しはおれに興味を持てよ」

「そうネ。面白い意見だと思うワ!」

 ヒューズがフォローするように割って入る。

「それよりも俺にスマホも、パソコンも持たせないとはどういうつもりだ?」

「ネットワーク経由で逃げ道を見つけられる可能性を消しておきたいのだ」

「そんなことはしないからTTTの壊滅を見守ってもよいか?」

「ダメだ。お前のスマホはまだ渡すわけにはいかない」

「そうか……。残念だ」

 うつむくと、大輔がコホンと咳払いをする。

「それよりも、この飛行機の食事はうまいらしいぞ」

 飛行機の座席に座ると、大輔から嬉しい話が届く。

「そうか。それはいいな」

「だろ? めしはうまい方がいい」

「だな。食事はすべての根源になっているからな」

 データだけの世界に生きてきた俺にとって、リアルを感じ取れるのは食事だ。とはいえ、ジャンクフードばかりを食べてきたのだ。少しくらい味家のある食事がしたいものだ。

「それにしても、パソコンをやっていると、その画面の向こうには人が存在していると思うか?」

「何を当たり前なことを。いるに決まっているだろう」

「もし、もし画面の向こうが全て作られた世界であったのなら、俺たちはどこにいるんだろうな?」

「どこに……?」

「ああ。ここにいる自分は自分であると知るにはどうすればいい」

「いきなり難しいこというネ」

「自分の存在が、本当に存在しているのか、という話か?」

「いや、俺が俺である証拠がほしいのだ。どうすればこれが夢でないと証明できる」

「面白い発言だが、『我思う故に我あり』という言葉があるように、悩んでいる次点でお前は存在しているのだ。作られた存在じゃない」

「もし、アナタの記憶や肉体が五分前に作られていたとしても、それには何らかの意図があったのでしょうネ」

「なるほど。そういう考えか……」

 座席につき、数分後。

 飛行機が発進する。

 速度をあげ、滑走路を走り出す。初期加速だ。

 徐々に速度を上げていき、離陸する。

 エンジンが高熱の空気を吐き出しながら、目の前の雲海に飛びこむ。

 あっという間に飛行機は高度8キロメートルに到達する。

 それに合わせ、飛行機は安定軌道に達する。

 飛行機の外は氷点下よりも低い温度になる。

 低気圧。低温。そんな過酷な環境下においても、鉄の鳥は猛然と突き進む。

 障害物のない大気中において、オートパイロットの発達は顕著に表れている。今では、簡素な操縦席があるのみで、操作は簡単なものになっている。

 昔から自動操縦オートパイロットの基礎を作ってきた飛行機にはIotなど搭載されているはずもなく、外部からの干渉を断ち切ってある。独立端末になっているのだ。


※※※


「そろそろ、実行者が動く頃合いだな」

「じゃあ、始めましょうか? アタシたちの円舞ワルツを」

 音楽を奏でるようにキーボードを叩く恵那。

 そこから生まれるものはコンピュータウイルスである。

「実行者から通信。メインコンピュータに接続が可能だそうだ」

「オッケー! なるほど。これならイケる!」

 独立端末なら、ネットワークにつなげばいい。実行者は飛行機にネットワークコンピュータに接続できる衛星回線の無線機をつないだのだ。

 ネットワークに組み込んだら後はハッカーこっちのもんだ。

 あとは墜落するためのウイルスを送り込むだけ。しかし、普通のウイルスでは攻撃不足だ。飛行機のメインコンピュータは修復プログラムやセキュリティも万全になっている。

 だが、強化された恵那にとっては赤子の手をひねるも同然の行為だ。


「ウイルス注入開始。5、4、3」

「エンジンカットを確認。速度ダウン」

「墜落まで、あと28分」

「もう無理ね。落ちるわ。アタシたちの勝ちよ」

「これで対抗できるハッカーはいなくなるね。たぶんだけど」

「そうなると、アタシたちが一番のハッカーよ。裏世界を牛耳れるわ……と上官はいいそうね」

「そうだね。それもしたり顔でいいそう」

 顔を思い浮かべるだけで、苛立ちを覚える恵那とジョン。

 二人は、自分たちをないがしろにしてきた上官が大っ嫌いなのだ。

「あいつには死んでほしい」

「同感だね」

「誰に死んでほしいんだ?」

「「じょ、上官!」」

 恵那とジョンは、後ろに立っていた上官に恐れおののく。

「どうしたのですか?」

 比較的、落ち着いていたジョンが訊ねる。

「ああ。それが今回の事件に関してはかなりの大仕事になるので、直接確認したいと思ったのだ」

「なるほど。でしたらあと、25分で落ちますよ」

 データをモニターに表示させると、上官に見せる。

「どれどれ」

 そこには飛行機の高度と速度、エンジンへの燃料供給などが細かく表示されている。

「なるほど。これだけ減速しているのなら、じきに落ちるな」

「そうです。これなら確実に落ちるでしょう」

「ああ。よくやった。報酬は通常の2倍やろう」

 そう言い、部屋を出ていく上官。

「ありがとうございます」

「びっくりした……」

「だな。いつもはもっと音を上げてくるのにな。確か」

「でも、これならアタシたちの勝利。毎日ハッピーな食事ができるわ」

 うへへへと喜ぶ恵那だった。


※※※


 飛行機が揺れ、グライダーのように雲海を滑る。

 内部では床が斜めになり、窓からは止まったエンジンが覗いてみえる。

「しかし、本気でこの場所にLANハブがあるのか?」

『ええ。確かにあると思うわ。こっちからもアクセスできるもの』

「寒いな。ここ貨物室だろ」

『貨物はさほど暖めないからね。それでも動物の運び入れがあるから、外よりも暖かいけど』

 颯真と書かれたラベルの貼ってある荷物を紐解く。

「そうか。これを持っていけばいいんだな?」

『ええ。それがあれば、彼は最強よ』

 貨物室を探すこと20分。

「ここにはなさそうだ」

『そう。なら操縦席付近を探してみて』

「どうやって?」

『さあ、斗真ならできるでしょ?』

「ずいぶんと期待されたもんだ……。しょうがない。今も落ちているのだから」

『いざとなったら颯真に頼りなさい』

「分かっているよ。姉ちゃん」

 スマホを片手に操縦席に向かう。

 操縦席のドアを叩くと、斗真は叫ぶ。

「助けてくれ! 腹が痛い!」

「それどころじゃないんだ! 席を立たないように!」

 操縦席からは慌ただしい声音が返ってくる。

 よくみると操縦席のドア、その前にLANケーブルがあり、そこにハブが設置してある。

「これか!」

 ハブを取り外すと、飛行機が揺れる。

「どうだ?」

『接続が切れた。でも、ウイルスで犯されたメインコンピュータを回復できないわ』

「どうすればいい?」

『言ったでしょ。これからは彼の番よ』

「よっしゃ! あいつならできるんだな?」

『ええ』

「颯真! お前の出番だぞ!」

 斗真は叫びながら客席を見わたす。

 ここにはいないらしい。

 一つ下にある客席にも回り、呼びかける。

「斗真! なんでここにいるんだ?」

「姉ちゃんがお前を助けるためさ」

「じゃあ、この飛行機の高度が下がっているのも……」

「ああ。ウルフとケルベロスが原因だ」

「どういうことだ?」「どいうことですカ?」

 大輔とヒューズが同時に叫ぶ。

「俺になにができる?」

『LANケーブルで接続して、プログラムを直すのよ』

 スマホから流れる春海の言葉が颯真の耳朶を打つ。

「了解。スマホとノートパソコンを!」

「分かった。でもノーパソは貨物室に……」

「それなら、オレが持っているぜ!」

 先ほど貨物室で紐解いたノーパソを手にする斗真。

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