第21話 ハッカーと飛行機。

「着いたぞ。国際空港だ」

「ああ。これまでありがとう」

 俺は大輔に礼を言うと、待ち人を探す。

 ネヴァ=ヒューズ。その人が目の前に待合室にいた。

「久しぶりネ。大輔」

「その節はどうも。今回の件、よろしくお願いします」

「いいノいいノ、こちらにとってもいい条件なんだからネ!」

 片言で話す黒人は、アメリナの大統領補佐官の一人だ。

 どこか距離が近いのは、国民性だろうか。

 背は高く170cmはあるだろう。髪はちりちりとした黒色。目は漆黒に輝いている。

 ジオパンクの血が混じっており、ジオパンク語はそこから学んだらしい。

「しかしまあ、翻訳もできるとはありがたい限りだ」

「えへン。ミーにはできることがたくさんあるネ」

「お前、あっちでもやっていけるのか?」

 大輔が心配そうにこちらを見つめている。

「ああ。大丈夫だろ。どうせハッキングしかしないんだし」

「そうか。それと美柑が会いたがっているが、どうする?」

「会っていった方がいいな。うん」

「なら、少し待て。今すぐに呼んでくる」

 スマホを手にしてどこかに電話をする大輔。

「ああ。分かった。そうしてくれ」

 短いやりとりを終えて、待つこと二十分。

 待合室に、青いTシャツに黒いスカートの少女が訪れる。

「いた! 颯真。どうしてわたしに連絡しないの!?」

「そう言われても、俺にどうしろと」

「颯真は一人で抱え込みすぎ。わたしにも相談してよ!」

 どとうの勢いにひるむ俺。

「わ、分かった。だが、もう……」

「バカ! アメリナまでわたしが会いにこないとでも思っているの?」

「くるつもりなのか? アメリナまで」

「もちろんよ! それがわたしの役目でしょ? だってそうしないとすぐに汚すし」

「そ、それは……。そうだが……」

「片付けはしないとダメだよ。わたしが見張っているんだからね」

「そこまで言われたら、俺も頑張らないとな」

「アメリナにいっても頑張ってね」

「ああ。分かった。頑張る」

 そっと顔を寄せて耳打ちする美柑。

「すき」

 と小さく呟く。

 ぞわぞわとする感覚にむず痒い気持ちになる。

「ふふ。じゃあ、また今度ね」

「ああ……」

「終わったか。美柑を泣かせたら、おれが許さないからな」

 大輔が気迫のある声で、脅しにかかる。

「これは困ったな……」

 たはははと笑う俺。

 実際、俺は彼女とどう向き合っていけばいいのか、分からないのだ。俺は彼女のことが好きなのだろうか? そんな疑問が頭の中を駆け巡る。

 それとも、付き合ってみれば、何か変わるのだろうか。その過程で好きになったりするのだろうか?

 とにもかくにも、真摯に向き合わなくてはいけない。

 飛行機に乗り込むまであと一時間。


※※※


「しかし、なんだってこんなことをしなくちゃいけないのかしら?」

「そう言われても、上からの命令だし……。確か」

 パクパクとバウムクーヘンを食べるジョン。

 以前作っていた攻撃プログラムが使えるだろう。

「なんだって、ハウンドの乗った飛行機を落とせ、だって。そのくらいアタシにもできるんだから」

「ハウンドがいなくなれば、アメリナの国力に影響がでる。そうなると、次点で僕らのウルフとケルベロスがハッキング能力がある。宙名にとってはこれが最大の国力になる」

 宙名はジオパンクの西に位置する大国だ。周囲には小国が隣接し、境界線上では小さな問題が多発している。

 宙名の北側にはNBCと呼ばれる機関がある。その研究所ラボでは恵那やジョンのような国籍不明な身元人を積極的に受け入れている。

 ラボと言われるように薬の研究や開発、そのほか人体実験をしておきたい案件なども積極的に請け負っている。

 その実態は誰にも知られてはいけないのだ。そのため外部との連絡を絶っている。だが、こちらの情報は流さず、相手の情報を引き出したい。

 そのためにハッカーが必要になってくるのだ。

 それは奇しくも、宙名の国益にも顕著に表れている。悪い組織は隠しており、良い報告だけが国民に知られているのだ。情報操作をしているのだ。


「発着便F267にて侵入が成功。あとはあっちがアクセスするだけだ」

「分かったわ。それにしても、大がかりな仕掛けね。あちらにバレないように侵入したのだから、それだけでも大変よね」

「ああ。失敗したら、プランC2に移行するらしいけど……」

「そんなわけないじゃない。相手は素人よ。アタシの目じゃないわ」

「そんなこと言って失敗したら目も当てられないな。きっと」

「アタシが不機嫌になるようなことを言わないでくれるかしら?」

「へいへい~。それでも全力を尽くさなきゃいけないんだろ?」

「そうね。それしかないわ」

 恵那が頑なに呟く。

 それをみたジョンは肩をすくめてみせる。

「僕もそろそろ本気を出すときがきたのかな?」

「それなら、いつも本気でやってちょうだい」

「へいへい」

 諦めたように言葉を紡ぐジョン。

「それよりもケーキ、分けてくれない?」

「いいけど、僕の分は残しておいてくれ」

「やったー!」

 浮かれる恵那はショートケーキを手に取り、苺から食べ始める。

「うっまー! やっぱりショートケーキだわ。王道よ。王道!」

「むぅ。それだけはとらないでほしかったのに……。それから苺は最後に食べるのが王道だ。この邪道め」

「はいはい。アタシはこれが基本なの。スタンダードなの。そんなことも分からないのね。残念だわ」

「そこまで言われる筋合いはない」

「うるさいわね。これからはアタシが直々に報酬書に書かないといけないわね」

「そうしてくれ。今度はワッフル辺りを頼もうか」

 今度はワッフルやクレープなどの洋菓子を頼もうと心に誓うジョンであったのだ。

「いいね。ワッフル!」

「そう思うなら自分で頼んでくれ。もうあげるのは嫌だ」

「はいはい」

 うっとうしそうに呟く恵那に警戒するジョンであった。


※※※


「どうしたんだ? 姉さん」

「これから発着するF267便にのってほしいのだけど……」

「なんで?」

 詰問する一ノいちのせ斗真とうまだが、これには訳がある。

「私にはできないわ。でもあなたならできる。ハイジャック犯を未然に防ぐのよ」

「ハイジャック? それなら警察に連絡すればいいんじゃないか?」

「それはもうやったわ。でも返答は「証拠を提示しろ!」だわ。私には提供できる証拠がない」

 困ったように眉目を寄せる春海。

「そうなのか。でも姉ちゃんが知っているなら、颯真も知っていそうじゃないか?」

「そうなのよ。それが問題だわ。何せ、彼の行動を予測して動いているのだけど、ここ最近、ネットにそれらしき痕跡がまったく残っていないわ」

 ピクリと眉が持ち上がる斗真。

「なら連絡をとったらどうだ?」

「それはやってみたけど、どうなることやら……」

「このままだとどうなる?」

「颯真の乗った飛行機が500人の乗客ごと落ちるわ」

「それはマズいじゃないか。防げないのか?」

「だから斗真に乗ってほしいのよ」

「オレも一緒に落ちろ、と?」

「違うわ。落ちないようにしてほしいのよ。斗真の筋力ならそれができる」

「どういうことだ?」

 疑問符を浮かべる斗真。

「あとで詳しく説明するから、チケットとるわよ」

「危険な匂いがするぜ……」

「これから乗るのは確かにハイジャック犯がいる便よ。だからこちらも最大限フォローさせてもらうわ」

「分かった。颯真のためにもなるんだな」

「ええ。私たちの家族を助けるのよ」

「ならやるに決まっているさ」

「そう言ってくれると思ったわ。今から説明するわね」

 春海が斗真に今回の作戦概要を説明すると、斗真の目にやる気が映っているのだった。

「おっしゃ! ちょっと世界を救ってくるわ!」

「気をつけて、ね」

「ああ!」

 そう言って車を降りる斗真であった。

 飛行機発出まであと30分。

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