第20話 ハッカーと出立

「パソコンを貸してくれ。あとスマホを返してくれ」

 夜遅く。拘置所にたどり着くと、俺はそう言い放った。

「なに? 何に使うつもりだ?」

 大輔はこちらに敵意を向けてくる。

「安心しろ。TTTの壊滅をやり残した」

「できるのか?」

「分からない、がやってみる価値はある」

「そうか。分かった。貸してもらおう」

 俺は拘置所にあるパソコン一台を借りると、さっそくキーボードを叩く。

 監視として大輔が立ち会うことになったが、それよりもハッキングが大事だ。

 TTTの情報網を捕まえると、そこにウィルスを仕込む。

 それ以外にも、TTTの動きを探る。

「おっと。これは見逃せないな」

「なんだ? 教えてくれ」

 隣で立っていた大輔は身をかがめ、モニターを覗き込む。

「明日、アメリナのアリゾン州にてテロの予定を立てているアホがいる」

「場所は? 規模はどのくらいだ?」

 メモをとる大輔。

「某所のホテルが狙われている。爆弾だな。この規模だと付近の住宅地にも被害が及ぶ」

 ひと息吐くと、俺は大輔に向き合う。

「これをアメリナ大統領にリークしてもいいか?」

「あー。分かった。やってくれ」

 俺は久々にデータをスピナ大統領にリークする。ブラックハウスにリークすると、一仕事を終えた気分になる。だが、これからが本領発揮だ。

「次の開催国はどこかな? TTTの動きは恐ろしいな」

「それもリークしてくれないか? うまくいけば、お前の身柄は……なんでもない」

 打算的になったものだ、と大輔は思う。この前までは妹の同級生がこんな形でかかわってくるなんて思いもしなかった。

 颯真を見た時、まだ少年と呼ぶにふさわしい顔つきだった。だから政治利用されるのを可哀想と思ったのも事実だ。

 そして政府のために働く彼はもう立派な社会人だと思ったのだ。それがこんな形で命をすのには反対してしまうのだ。

 内心、一人の人間として認め、誇りのようなものを感じていた。だが、それでも16歳の子どもなのだ。

 16の子どもに世界の命運がかかってくるなど思いもしなかった。

「TTTの行方を追っている。各地に集まっている信者はすでに通報した。あとどうすればいい?」

「ああ。そうか。そうだな……」

 大輔のスマホが鳴る。

 笹原総理からだ。

「どうしました? 総理。今の時間では表敬訪問をなさっておられるでしょう?」

『スピナ大統領の気分が変わった。ハウンドは生かす、とのことだ。何が起きた?』

 生かす。ということはそれまでは極刑に処す案件だったのだ。

「TTTを一人で壊滅させようとしています」

『TTTは組織ではなく、主義者だろう。それをどのようにやって……?』

「本人に変わりますか?」

『そうだな。それがいい』

 大輔はスマホを差し出すと、俺はためらいなくとる。

「もしもし。総理ですか?」

『ああ。そうだ。いつぶりだろう。こうしてキミと話ができるのは』

「先月頭の国会以来でしょうね」

 記憶をたどると、それほど昔だったのか、と思うほど遠い時期だった。

『ははは。そうだったな。……それにしても、やってくれたね』

 乾いた笑いを浮かべ、一本とられたといった様子で言う笹原総理。

「できるだけのことはやってみました」

『このままだとアメリナの大地を踏むことになるが、いいのか?』

「仕方ないですね。今回ばかりは自分の命が惜しいので」

『ほう。自分の立場をよく理解しているようだね』

 落ちついて話ができる相手だ。

『だったら今、国会で起きていることも?』

 国会で起きていること? 疑問に思い、議会のパソコンにハッキングをする。

 すると、表題には《ハッカーであるハウンドの身柄について》とある。

 内容については、


・アメリナに引き渡す。

・ハウンドは内々で死刑に処す。

・ハウンドを宙名に引き渡す。


 と様々な提案がなされている。

『では、私と一つ取引とりひきをしないか?』

「取引、ですか?」

『ああ。そうだ』

 こほんと咳払いをし、空気を整える。

『ジオパンクにとって有益なハッキングをするなら、キミをアメリナに引き渡す』

「……そういうことですか」

『そうだ。キミを力として扱うことになるが……』

「分かりました。それでかまいません」

『そうか! 引き受けてくれるか! なら安心して送り出せる』

「どうだった?」

 電話を終えると、スマホを大輔に返す。

「どうもこうも、俺は国力の一つと考えているらしい」

「そんなことは……」

 尻すぼみになる大輔。

 彼とて、今の状況に納得している訳ではないのだ。

「笑っちゃうよな。俺がこの国の運命を握っているなんて。そんなわけないのにな」

 実際問題、そこまで優れたハッカーではないと思うのだが、国会はそう理解して

はくれない。


※※※


「へ~。ようやく、尻尾を見せたわね」

 恵那が不適な笑みを浮かべる。

「ふーん。まあ、いい顔しているな。たぶん」

 ジョンも楽しげにハッキングを行う。

 ジオパンクの国会にアクセスしているのだ。

「それにしても、これがハウンドの顔か~。けっこういい男じゃない♪」

 以前、国会に現れた時の資料の中にハウンドの写真が載っていたのだ。それを見つけ、色めき立つ恵那。

「そうか? 僕にしてみれば、普通の顔だが。きっと……」

「嫉妬かな? らしくもない」

「言ってろ。僕にはそんな気持ちはない」

 もしゃもしゃとモンブランを頬張るジョン。

「しかし、洋菓子もおいしいね~。やめられない~」

「いつも食べてばかりじゃない。それじゃ太るわよ」

「太ってもいいさ。どうせ、籠の中の鳥だ。僕には生きる術が他にない。趣味もな」

 そう言いながら、次のケーキを頬張るジョン。

「……アタシにも一つくれない?」

 ばつの悪そうな声音で訊ねる恵那。

「い や だ ね!」

「くっ! いいわ。今度、ラボの報酬書に書き込むから」

 報酬書。報告書の一種だが、給料の代わりだ。

 ラボ――研究所では、恵那のほしいものを注文できるようにしてある。ただし、ハッカーとしての実績を残せれば、である。

 今回の報酬は〝ハウンドの行方を追う〟ということですでに達成している。

 これ以上の報酬はないと言っても過言ではないのかもしれない。

 ラボの面々も気分がいいのか、今は野放しにしてくれている。

「しかし、またやらかしているわね。ハウンド――いや鳴瀬颯真」

「あー。また、アメリナに尻尾振っているようだね」

「そんなことをしても無駄なのに……」

「このまま、アメリナに入国するんじゃない? 身柄を引き渡す……ということはそういうことな」

 ジョンが次のケーキに口をつける。

 恨めしそうにそれを見つめる恵那。

 NBCによってもたらされた利益は大きい。その機関がなければ、恵那も、ジョンも生きてはいないだろう。

 肉体を改造され、脳をいじられてできた人間強化をされている。最新のナノマシンと薬物による強化。

 その痛みは尋常ではないが、彼女ら彼らはそれに慣れてしまった。

「いつまでハウンドの動向を探らなくちゃいけないんだろうね」

「知らないわよ。アタシに聞かないで」

「ふ~ん。まあいいよ。きっと問題じゃないんだろう」

 片手でケーキを食べ、片手で自作の攻撃プログラムを作成するジョン。

 恵那もそれを真似し、自作の攻撃プログラムを作成する。

 そのかたわら、恵那はハウンドの動きを探る。

「! ハウンドが動いた!?」

「なに? どこに向かっているんだ?」

「空港かな。この様子だと、今すぐにもでアメリナに旅立つようね」

「早すぎる。どこにいても同じように働くだけなのに……」

「そうね。そうまでして彼を監視したいのかしら?」

「とりあえず上に報告だな」

 ジョンの話に恵那がこくりと頷く。

 上司に連絡すれば、しっかりとした給金が得られるだろう。

 どのみち、研究所ラボの外に出ることはできないのだ。だからケーキなどの代用品を頼むのだ。

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