第19話 ハッカーと恋心。
サイレンが鳴り響く中、二つの光点が動いている。
片方は俺と春海が乗っている車だが、それを追ってくるものがいる。恐らくは
俺の顔を知っている者はそう多くはない。
「もっと速度を上げて!」
「春海ねえ。これ以上は無理だ。モーターが焼き付いてしまう!」
そう言いながら、目の前のポールをよける。その先で止まっている車の横をすれすれで避ける。
「これでどう?」
パソコンを操作していた春海が、呟く。
「何をした?」
「相手の車にハッキングした。今から車を停車させる」
カチッと音が鳴ると後ろの車が遅くなっていく。
「よし。うまくいったぜ!」
「……待っておかしい。速度が落ちない!?」
「ネットワークを遮断したんだ。奴らも優秀な人間だ」
「そんな!?」
再びエンジンを吹き返した大輔の車はこちらに向かって肉薄してくる。
俺はペダルを踏み込み、さらに加速する。
だが突然、ガタという金属音が鳴ると、速度が落ちていく。
「マズい。何がおきた?」
「恐らくモーターが焼き切れたのかしら? それとも……」
「何かを踏んだらしい。それがエンジンに刺さった」
落ちていた看板に乗り上げたらしく、その金属片が刺さったのだ。
速度が落ちていく中、後方の車両は距離を詰めてくる。
「お前は逃げろ。春海」
「えっ!」
「いいから逃げろ。俺はここで終わるつもりはない」
パソコンを開いて攻撃プログラムを作動させる。
周囲にいた路上駐車の車が一斉に後方の車に襲いかかる。
「分かったわ……」
苦々しいものを口にしたような表情になる春海。
外に出ると、春海の通る道だけを用意し、後方の車をこの車で抑え込む。
「必ず助けにくるからね」
そう言って春海はその場を立ち去った。
「くっ! 逃がしたか!」
「おい! 今逃げたのがルプスか?」
俺は運転席から降り、こう告げる。
「黙秘権を行使する」
※※※
おれは激しいカーチェイスを終えると、運転席にとりつく。その反対側のドアから長い髪をした少女が立ち去る。
逃げられたらしい。
ウルフから得た情報によると、彼女がルプスだったらしい。
だが、目の前にいる男に尋ねた方が早いかもしれない。
名は鳴瀬颯真。通称はハウンド。不正アクセスをしている中、パスワードがそれに変わっていった。
ハウンド。颯真が裏でよく使うアカウント名だ。最近では使ってはいなかったが、以前はよく使っていた。わざと同じ名前にすることで裏社会におけるステータスを確立していった。
「ハウンドのハッキングはうまい!」「ハウンドならこのハッキングをやってのけるだろう」「ハウンドに依頼すれば確実にデータを盗める」などなど。
そうして確立した名前で依頼を受け、報酬を得たのだ。
といっても、彼のやったことは情報の搾取と開示だけだ。その先、情報をどう利用するかは、その人による。
と、その内に、鳴瀬颯真はハウンドになったのだ。
ただ今回のやったことは窃盗なのだ。初めて他人の金に手をつけた。今まではその脳がないのかと思っていたが、そうではないらしい。しかも、今回の騒動で民衆は騒いでいる。それに児童養護施設にも振り込みが続いている。
「義勇だ」「道義心にあふれている」などのネットの反応がある。こうなってしまえば、なかなか手をつけにくい状況になっている。
国会も翻弄されている状況だ。この中で動けるのは表に出ていないおれのような特別捜査官だ。警官のそれとは違い、各国との連携をとり、調査・捜査を行っている。
「しかし、まあ。こんな形で再開するとはな」
「俺もだ。大輔捜査官。妹は……?」
「生きているさ。でも、なかなか部屋からは出ようとしない。お前に依存していたからな」
「……そうか」
罪悪感でも感じたのか、握り拳を作る颯真。
「それ以外は話す気にならないか?」
ふんっと鼻を鳴らし、そっぽを向く。
「なら。それでいいさ」
捕まえたのはいいが帰る車がない。何せここに集まっている車はクラッキングをされているのだから。
「どうしますか?」
佐倉が困惑した顔で訊ねてくる。
「そうだな。このまま一晩過ごす訳にもいかないからな」
手錠をされた颯真は、今は大人しくなっている。だが、今でもキバが抜けた様子はない。いつでも再起しようと
「そろそろ迎えが来ても良さそうなものだが……」
異変に気がついた
マッチに火をともし、タバコに火をつける。
「身体に悪いっすよ」
「悪いな。おれの唯一の趣味なんだ」
「趣味、ですか……」
話し込んでいるうちに車が一台やってくる。
「こんなところでデートかい? 大久保」
「早坂。悪いな。こんなところまで呼んで」
「呼んだのはそっちの子どもでしょ?」
「え」
「さあ、行くぞ」
颯真は慌てた様子もなく、大輔よりも先に車に乗り込む。勝手知ったるとはよく言ったものだ。
「なんだ? 行かないのか?」
「……」
「ははは。こいつは一本とられたな」
大輔は笑いを
「乗るぞ。佐倉」
「は、はい!」
困惑していた佐倉だったが、落ち着きをとり戻したのか、車に乗り込む。
遅れて大輔も乗り込む。
「しかしまあ、こんな簡単に捕まるなんてな」
「俺も以外に思っている。安心しろ」
「安心できないっすよ……」
パソコンとスマホを取り上げてあり、もうハッキングはできない。攻撃プログラムも起動できない。
「これでキバの抜けたハウンドっすね」
「「……」」
颯真と大輔が無言になる。
大輔はまだ颯真のことを
「なんで無言なんっすか……?」
不安に思う佐倉であった。
※※※
「あははは! ようやく捕まったよ! ハウンド」
密室でケタケタと笑うのはウルフこと、恵那だ。
その隣でボリボリとスナック菓子を食べているのはジョン=ダウナーだ。
「でも、ルプスは逃がしたらしいよ。確か」
「そんなのすぐに捕まえるわ。このアタシの力でね!」
人差し指をビシッと向ける恵那。
「ふーん。そんなもんかね」
「だって、ルプスはハウンドの奪還のために動くんだから」
自信満々な彼女は、どや顔でこちらに向き直る。
「なるほど。それなら一理ある、けど……」
けど。ホントにそうなるのだろうか? と疑問に思うジョンである。
「むぅ。なんで疑問系なのよ」
ボリボリとショッキングピンクの髪をかきむしる恵那。
「いや、あの……。ルプスのデータが不足しているから」
ジョンは青いタオルで口を拭くと、ルプスのデータを表示させる。
「身長154cm。体重48kg。趣味はハッキング、料理。年齢17歳。家族構成は弟が一人、両親は亡くなっている。職業はハッキング。誕生日は5月9日……」
「そして、ハウンドに恋心を寄せているわ」
「それはデータからの憶測に過ぎない」
「そうかな。子どもの頃からの幼馴染みなんでしょ?」
「だからこそ、家族としてしかみられないじゃないの?」
「いいえ。幼馴染みだからこそ、彼女の恋は燃え上がるのよ!」
自信満々に言い放つ恵那。
どうやら幼馴染みの気持ちに関して二手に分かれているようだ。
「アタシは恋心があると思って捜査するわ」
「まあ、でも唯一無二の存在であるのに違いはないか……。たぶん」
ハッカー仲間となると、その能力差にハウンドとしか組めないと分かる。さらに同年代の仲間は奴しかいない。
それに加えて両親を失っているルプスにとってはかけがえのない家族同然だ。助けにくる確立は高い。
それを前提に動くのも悪くはないだろう。
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