第18話 ハッカーとカーチェイス。

「俺たちが動いたことが捜査官にバレるかもしれないな」

「ええ。そうね。その前に移動しましょう。ここは不便すぎる」

 一ヶ月間、山脈のふもとで生きてきた俺と春海にとって、この場所は不便すぎる。

 とはいえ、場所を移すお金がなかった。この間の首都圏停電事件がなければ。

「首都のどの辺にする?」

「あー。俺が考えていたのは、山区やまく辺りかな」

「私は江西区こうせいく辺りがいいなー。首都にそれなりに近い形で」

「じゃあ、さっそくだけど行ってみる?」

「えっ。どうやって? 車?」

「ああ。近くの無人式の車を一台借りよう」

「借りよう、……ってまさかっ!?」

「そう借りるならこれしかないでしょ」

 俺はパソコンを操作し、無人車一台をこちらに向けて動き出している。

「さて。タクシーはつくのかな」

「意地の悪いこと言わないの。それにしても犯罪よ。大丈夫なのかしら?」

「俺たち、もう国家レベルでの犯罪者だからしょうがない」

 毎日報道には目を通しているが、俺とルプスは特別情報保護法に引っかかると報道されていた。ルプスとなっているのは、彼女がまだ見つかっていない証拠だ。

 今ならまだ日常生活に戻れる。

 だからこそ、俺は春海を思い、ハッカーをやめようと思う。俺がやめれば、春海もやめるだろう。

 そんな気がした。

 だからという訳でもないが、ここでやめなければ、いつまで経っても悪癖として残るだろう。そんな予感がした。

「ハッカーやめようぜ」

「……最近、その話ばかりね。そんなにこの生活が窮屈だったかしら?」

「春海ねえはまだ表を歩いていけるさ」

「!? そんなことを思っていたの? ……でも無駄よ」

「無駄……?」

「このブラックリストも更新されちゃったみたい」

「ブラックリスト……?」

 春海のみているモニターに近づくと、そこには俺の交友関係から好きな食べ物まで調べ上げてある。その中に春海、斗真、美柑などが記載されている。

「ウルフか!」

 情報を表に出したハッカーの呼称を口にする。

「ええ。そうみたい。こちらの情報を探っている……」

「なるほど。近いうちに警察がくるな。移動しよう。予定を繰り上げるぞ」

「う、うん」

 ここにいた生活感を消すために、歯ブラシやひげ剃りなどの日用品をバックに詰め込む。

「ここの準備は終わった。次はどこを片付ける?」

「大丈夫。あとはトイレくらい」

「なら、トイレを綺麗にするか……」

 俺はブラシを片手にトイレで奮闘する。


「最後にお風呂入っていいか?」

 トイレを掃除し終えた俺が開口一番にいったセリフだ。

「そうね。最後に身を清めましょう」

 古風な言い方だが、本当に清めることになった。

「さてと。そろそろ行きますか」

 玄関に向かって歩いていく。

 ここ一ヶ月くらいの付き合いだったが、今となっては名残惜しいものを覚えてしまう。

 外に自動運転車が待っていたので、乗り込む。俺が呼んでおいたものだ。間違いない。

 それに安堵したのか、俺と春海は荷物を詰め込む。

 ナビゲーションをいじり、首都圏に向かう。

「それにしても、急に飛び出したけど、いいのかしら?」

「ああ。問題ない。計画性のない方がウルフに知られる可能性も低い」

「それにしても、半日で家も、雑貨も、日用品もそろえるなんてね」

「これでもハッカーなんでね」

「ふふ。そうね。こんなの朝飯前よね」

 二人で首都圏のアパートを選んだのだ。これからはそちらが新しい寝床になる。

 国家に見つからないためにも、首都圏に身を潜んだ方がいいという結論に至った。

 とはいえ、ハッカーをやっている限り、動き続けなければバレてしまうだろう。

 本当にハッカーをやめるときがきたのかもしれない。しかし、春海は頑なにハッカーをやめようとはしない。まるで大切な思い出にすがりつくように、否定するのだった。


※※※


「ハウンドとルプスの居場所が分かった? 確定情報か?」

 おれは佐倉に問い詰める。

「い、いえ。確定ではないですが、かなりの信憑性です」

 ウルフという名のハッカーから伝えられたものだった。

「それで、場所は?」

「ナーガ県味見市です。ここから操作して今回の停電を起こした言われてます」

「そうか。行くぞ」

「は? 行くってどちらに?」

「もちろん決まっている。ナーガ県だ」

「ま、待ってください! 今、ネヴァ=ヒューズ氏にも問い合わせを――」

「そんなことをしている間に証拠が消されるぞ」

「分かりました。ただし十分待ってください。車を出します」

 急いで車のキーを持っていく佐倉だが、その判断も遅く感じてしまう。

 それにしても迂闊だった。各家庭にある電子機器が一斉に起動されてしまうとは。

 Iotが当たり前になった昨今。まさか、こんな方法で電力をカットし、大規模停電につなげるとは思いもしなかった。それもこれも、奴らの攻撃プログラムの優秀さがあってのこと。

 もはや、あらゆるものをネットワークに接続することすら間違いなのかもしれない。

 パスワードを突破できるだけの技量があったから、こんな事態になっている。

 笹原総理からは全力を持って挑め、と言われているように、おれも全力を出さなければならない。

 車に乗り込むと早速さっそく、ナーガ県に向かう。

 これからの季節、ここは避暑地として最適だろう。しかし、それだけではない。

 一ヶ月。

 一ヶ月間もの間、身を潜めるには有効な場所と言えよう。

 目立った動きがみられなければ、見つけるのも難しい。今はネットバンクに入っていた電子マネーを奪っている。

 今までとは明らかに違った動きを見せている。このままではジオパンク経済にも大きな痛手となる。

 それに支援している人々の中に、おれも含まれている。一時いっとき、政府にかくまってもらっていたことが響いてきている。

 急いで捕まえなければ、火の粉をかぶるのはおれたちだ。そして妹の美柑も支援者に入っているのが気がかりだ。

 どうして、そこまで綿密に調べあげておいて、放っておいたのだ。

(どういうつもりだ。ウルフ)

 苛立ちを露わにするが、車が早くなるわけでもない。代わりに佐倉が「落ち着いてください」といいはするが。

 これが落ち着いていられるものか。このままでは笹原総理までもが危ない。おれだけなら尻尾切りもいいが、美柑や佐倉までもが支援者に入っている。そうできないのだ。

 車の外を眺めていると一瞬いっしゅん、すれ違った車に鳴瀬颯真の顔が映り込む。

「止めろ!」

「え……」

「いいから止めろ!!」

「は、はい!」

 車は急なUターンをすると、先ほどの車を追い始める。とはいえ、どちらもオートパイロットだ。

 カーチェイスにもならない。

「もっとスピードはでんのか?」

「無理ですよ。法定速度以上は出ません」

「なら、コントロールをこちらによこせ」

「まさかマニュアルで? やめてください」

 佐倉が混乱しているなか、おれは自動運転機能からマニュアルに切り替える。

 マニュアルモードは主に地震や台風の非常時に動かせるようにするため、用意してある。

 が、今は目の前の車を追うことしか考えていない。

(ヤバい)

 颯真がそう言っている気がしてならない。

「捕まえてやるぜ。颯真」

「え。あ、本当だ……」

 佐倉がぼんやりと口を開いている。

 向こうも、こちらの行動に気がついたのか、マニュアルモードに切り替え、運転を始める。

「逃がすものか」

「ぎゃっああぁあぁ!」

「荒っぽい運転は初めてか?」

「当たり前っすよ!」

「なら歯を食いしばれ! もっと荒くなる」

「そ、そんな~」

 汗を垂らす佐倉。

 申し訳ないが、おれも家族の命がかかっているとなると、止める訳にもいかない。

 他国に知られてたまるか。

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