第17話 ハッカーと稼業。

「これが計画書だ。当分の生活費は稼げるだろう」

 俺は書類をまとめたクリアファイルを春海に渡す。

「ありがと。でも、こんなやりかた……」

「貧乏生活からおさらばできるんだ。……やるしかないだろ」

「そう、かもね」

 俺と春海がやってきたのはあくまでも情報のリーク。これまで不正アクセスくらいの犯罪しかやったことがないのだ。だが、今回のはそれ以外の犯罪を犯すことになる。

 正直、気乗りしないのは俺も一緒だ。だが、政府から追われている以上、なりふり構っている状態じゃないだろう、とも思う。

 そのことも含め春海に話してみるが、それでもためらう。

「なら、こうしよう。あまったお金は寄付する」

「な、なるほど! それなら……まだ……」

 免罪符がほしいのだ。

 悪事を働いてでも、生き延びたい。だが悪事と分かっていてやるのは気が引ける。だからその間、落としどころを探っているのだ。

 どのみち、捕まれば保護法〝不正アクセス〟の罪の数により、一生牢屋からは出られないだろう。小さい罪だが、数が多いのだ。余罪は五万とある。

「分かったわ。寄付する方向でいきましょう」

「だが、どこでやる?」

「そうね。冬京でやろう。それなら未だにハウンドとルプスは首都圏にいると思ってくれるわ」

「分かった。じゃあ、もろもろの調整はあとで行うとして。うん。了解」

 春海がメモした通りに俺は実行すると決めた。

 実行するのは今夜22時。

 ターゲットがいなくなるのを待つ。

 それまでは自由時間だ。

 俺はコーヒーを片手にくつろぐ。

 春海は肩にかかった髪をなおして、キーボードを叩く。

「あー。もう!」

 いらついた様子で爪をかじかじとかじる。

「そのクセやめた方がいいぞ。春海ねえ」

 俺はコーヒーを置いて春海をたしなめる。

「うーん。分かっているけど、イライラするとやっちゃうのよ」

 困ったように首を傾げる春海。

「そりゃ新しいプログラムの開発なんて、普通は何日もかかるもんよ」

「分かっている。そろそろ、俺も手伝うから」

「うん。急いでね」

「その前に監視プログラムの調子を見ないと」

 俺はそう言いながらパソコンに向き合い、監視プログラムを再チェックする。

 数分後。

 プログラムの一部を書き換えて、自由になる。

「よーし。いいぞ。これでそちらの手伝いができる」

「ありがと、早くね?」

「オッケー」

 俺は再びキーボードを叩き、二人でデータを共有し、プログラムの完成に向けて動き出す。

「さて。今晩に間に合うか?」

「間に合わせないと明日にはAIが書き換えるかもよ」

 イタズラっぽく笑う春海に、「ははは」と笑いかえす俺。

 本当にそうなっていたら困るなんてレベルじゃないが、これが春海のブラックジョークと分かっている。


「しかし、本当にうまくいくのかしら?」

「さあ。出たところ勝負ではあるからな。それよりも目標は?」

「以前、動きなし」

「ならいいんだが……」

 一回しか使えない荒療治の作戦だ。ここで失敗すれば足がつく。バレないよう、監視プログラムも一つしか使っていない。

 社員がいなくなる20時。そこから2時間の余裕をもたせてあるが、果たして本当にうまくいくのだろうか。こちらは頭の中でひいた作戦しかないのだ。不安にならない方がおかしい。


 時間が残り1時間に迫ったとき、俺はおもむろに口を開く。

「なあ、本当にこれでいいのか?」

「いいも悪いもない。こうしないと、私たち生きていけないのだから」

 真剣生な眼差しを向けてくる春海。

「それにしても……」

「颯真がそれを言う? 私にけしかけておいて」

「ははは。そうだったな」

 苦笑しつつ、俺はパソコンを動かす。

「警備員が動いているな」

「チャンスじゃない?」

「ああ。そうは思うが……」

「やりましょう!」

「分かった」

 攻撃プログラムを起動させる。

 首都周辺の約六千世帯での電化製品が一斉に起動を始める。その供給に間に合わず、変電所が電力供給をカットする。

 再起動までに20分はかかる。

「第一段階終了」

 汗を垂らし、次の体勢を整える春海。

「落ち着こう。春海ねえ」

「ええ。そうね。焦ってもしかたないわ」


 19分経つと再びモニターの前に座る。

「そろそろね」

「ああ。そうだな。電力が復旧する」

 首都圏の電力供給が開始されると、俺は中央銀行へのアクセスを行う。

「よし! 予想通り」

 アクセスを認証すると、電子マネーでごっそりとお金を引き出す。引き出したお金は架空の口座をいくつか転々とし、追ってこれないよう、偽装する。

「まさか、中央銀行のパスワードが停電で再設定になるとはね」

「ああ。この仕様に気がついた時、驚いたよ。セキュリティに関してはまったくの素人が運営しているんじゃないか?」

「でしょうね。そうでなければ、こんなセキュリティは用意しないでしょう」

「がっぽがっぽ入ってきたお金を後で分割払で送るからな。それでいいのか」

「ええ。もちろん。それに」

「児童養護施設への振り込みだろ? 分かっている」

 腐っても鯛だからな。

 政府からの支援が望めない以上、自身で稼ぐしかない。

「これでもう稼ぎは十分だ。来週からはお金に困ることもない」

「それじゃ、少しずつ以前のようにハッカーをしていこう!」

「いや、それなんだが、今後はハッカーをやめていこうと思うんだ」

「え。で、でも……お小遣いはないよ?」

「それくらいプログラミングの方で稼げる」

「でも……」

 それ以上言葉がでないのか、春海はわたわたと困った様子を浮かべるだけだ。

 こんなに困惑する春海を、俺はみたことがない。


※※※


「ハウンドが動いた?」

「うん。そうみたいなんだ」

 ボリボリとスナック菓子を食べながら呟くジョン。

「これ、ホント?」

 ショッキングピンクが映える恵那が驚きの声をあげる。

「以前ならこんな大規模な停電を引き起こすような真似はしないわ」

「そう言われても……。だったら、誰がこれだけの停電を起こせるのさ」

「ぐっ」

 都市部の一角を停電にさせる。それだけの攻撃ができるのはジオパンクではハウンドとルプスくらいなものだろう。世界規模ではもっとたくさんいるが、それにしても巧妙な手口で足跡を消している。

 それに加えて、アクセスすると、攻撃用のウイルスに感染する仕組みまで持っている。

「最悪。早くリカバリーしないと」

 急いでキーボードを叩き、攻撃を受けた箇所の修復にあたる恵那。

「無駄無駄。そんなことをしても無駄っすよ」

 ジョンが呆れたようにため息を吐く。

「僕もこの攻撃を受けたんで。あとでリカバリーディスクでOSからいれなすしかないっすよ」

「そんなことは分かっている。今は、非常時のデータを外付けにバックアップしているところだ」

「なる。それなら分かります」

 ぼさぼさと頭を掻き、ふけを落とすジョン。

「ホントにハウンドが動いたようね」

「はい。それは間違いないかと」

「これだけの攻撃プログラムを構築するのは彼じゃないと無理よね」

「でしょうね。それにしても手際のよい。末恐ろしい」

「ホント。アタシらと違って改造されていないでしょうに」

 恨み言の一つも吐きたくなるような天才さだ。

「……」

 自分たちが用意されたレールの上を走っているのに、彼らは徒歩で自由気ままな生活を送っているのだ。腹立たしくもなる。

 自然とハウンドとルプスに敵意を持つのはジョンと恵那にとって自然なことだった。

 そして、これからも彼らを狙うと心に誓うのだった。

「こちらも攻撃プログラムを自作しないと」

「そんなことをしてなんになるのさ」

「そうでもしないと、腹の虫が治まらないわ」

「まったく、手伝うのさ」

「物好きね」

「あんたもな。恵那」

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