第12話 ハッカーとウルフ。

 以前と変わらずにハッキング作業が行えるが、給料はとても良い。だが高校へ通うことは禁止された。

 俺は物だ。

 だから高校に通うのもおかしいし、一般論が通用する話ではなくなった。動物と同じ扱いに近しいものとなったのだ。

 毎日の飲食や、娯楽は動物のそれと近しい。もちろん給料と呼ばれるものが餌代となっているのに、若干の抵抗を覚える。

「しかし、ながらこの待遇はいいものだ……」

 家賃も、日用品も、国が持ってくれている。その代わりに、ハッカーとして存分に世界を掌握していくのだ。それがこの国のためになるように動けばいい……らしい。

 どこもかしこも、自国の利益と安寧のみを求めており、もっと広い視野で物事を追求することができない。

 例えば、食糧問題。片方では食事がとれないほどの貧困層を残している一方で、もう片方では作りすぎた農作物を捨ていている。

 そんな現状を打破するために俺のようなものがいると、思っていたのだが、世界は裏切るらしい。

 自分のことしか見えていない者は、いつか滅びる。それが民主制だ。民主の総意で物事が決まるのが、民主主義のいいところと思ったが……。それが機能していないのだから仕方がない。

 片手間で食糧の枯渇している国と作物を捨てている国をネットワークでつなぐ。

 あとは当事者同士が話し合えばいい。

 こうした問題を解決できれば、問題はないのだが。いかんせん、温暖化などの解決策は持ち合わせていない。

 水素を使った燃料電池車も、電気を分解して取り出すものである。電気を起こすにも火力発電や原子炉が必要になってくる。これで環境にいいとはいえないのではないだろうか? それに電気を起こす発電所の建造じたいに二酸化炭素を生み出す。

 ゴミの減量化を訴えるポスターがゴミになるように、全ての物事には矛盾が生じる。となれば、矛盾を生じてでも、ギリギリまで減らしていく必要がある。

 ゼロが無理なら、百あるものを一にする。そういった努力が必要だ。

 とは思うが、民衆には興味のない話だったか。

「データを漁っていると、変なものが引っかかるな」

 反政府組織アンガーディアン。反宗教団体コリス。宗教団体エルノス。NBC。ISSなどなど。

 そこら辺にはたくさんのマイノリティな組織が存在している。

 そんな中に、一つ問題が生まれている。それは国際連邦政府。アメリナを中心とし、ノシア、ジジアン、宙名、NBCも含まれた世界統一機関の名称だ。通称、国連。その国連にて、今回のハウンドの人権放棄問題。その臨時査問委員会を開くことを決定したのだ。

「しかし、まあどうなってそうなったのか。俺の情報を盗んでいる奴がいる? 画策か」

『みたいだね。キミのデータを盗んで提供しているハッカー〝ウルフ〟が背後にはいる』

「なるほど。そいつを叩かないことには、こちらの存続も危ういのか」

『そうなるね』

 春海との会話を終えると、美柑が用意してくれた春巻きを食べ始める。春巻きはそこまで好きではなかったが、美柑が作ってくれた春巻きはうまい。

 もしゃもしゃと食っていると、ピンっと電子音が鳴り響く。メールだ。


※※※


 パソコン一台にモニターが二台ある、小さな個室。その中に一人の少女が座っていた。

 髪はショッキングピンク色に染め上げ、爪のマニキュアにもショッキングピンク色に染まっている。派手な衣服に派手な見た目は、自己肯定感の弱さの裏返しだ。早くに両親を亡くし、とある施設で育ったが、その中でも抜きん出た才能を持ち合わせている。自己を肯定してくれる者が少ない中、自分を相手に認めさせるために、派手な見た目、動きを見せている。

 本来なら両親が肯定してくれるはずの精神面を一人で肯定しようとしたのだ。だから彼女の描く世界観はいびつで曲がっている。

 名は祭菱まつりびし恵那えな

 コードネーム《ウルフ》。

 彼女が育った施設では様々な訓練を受けさせられた。幼い頃からハッキングのやり方やコンピュータウイルスの開発、プログラミングの基礎知識などなど。地頭の良い者は科学系に、身体的に優れた者は暗殺者、テロリストの育成に励んでいた組織だ。それでも才能が芽を出さない奴は、投薬の試験検査、脳髄を刺激した際の変化、解剖。

 そんな過酷な環境下において恵那はすぐれたプログラム、ハッキングの才を生み出したのだ。

 そのためにマイクロチップが埋め込まれ、ナノマシンの投与による心身強化を行っている。

 体内には爆弾が移植され、施設の研究員により四六時中、監視されている。いうことを聞かなければ、そく殺される。逃げだそうにも、体内に埋め込まれたチップと爆弾ですぐに殺される。さらには定期的にナノマシンの投与をしなければ禁断症状が現れる。

 恵那はそんな境遇の中生まれたのだ。

 そして今もなおハッキングを行っている。それは彼女が生きるためにはしかたのない行為だった。

 そんな彼女に命じられたのは「〝ハウンド〟の動向を探れ」とのことだった。内容に不服はないが、かなりの難所だった。研究員もこの時ばかりは甘やかしてくれた。だが、ジオパンクの国会で披露された人権の放棄の中継を機にハウンドの情報が緩くなった。それまで表になっていなかった情報が次々と飛び交い、圧倒された。

 あのノースアーチの核弾頭事件も、ハウンドの力と知った時には震え上がった。ノースアーチの国防庁にクラッキングをしていたのだ。彼女にも、矜持きょうじというものがある。淡々と仕事をこなしているわけではない。

 彼女にもできないことをやってのけたのがハウンドだ。それと共闘したというルプスにも関心を示している。

 恵那は椅子の上で体育座りをし、キーボードを叩く。

 調べるのはハウンドの動向と画策だ。彼の身柄を確保し、自国の利益とする。また、その技術を学び、恵那の糧とする。

 できなければ、ウルフの価値は成り下がってしまう。

 そのための布石として国連に情報をリークしていた。彼の住所だけでなく血液型から好きな食べ物まで。

 16歳で国内外の、圧倒的なハッキング能力を持つ男だ。好物はすき焼き。鳴瀬颯真。

 集められるだけ、集めたデータだ。

 国連からの圧力があれば、ジオパンクの政治家の力も弱まる。中にはハウンドを引き渡そうとするようになるだろう。

 今もまた、ルプスと連絡をとっているのが分かる。……分かるのだがルプスと断定するにはあまりにも情報が乏しい。ルプスは自分の痕跡を残さないのが得意だ。前回はルプスと思われるスマホにハッキングしたが、ハウンドのよこしたコンピュータウイルスにより、データを破壊された。つまりは囮だったのだ。それにまんまと引っかかったのだ。

 あの時の処分は重かった。三日三晩、食事とナノマシンの投薬をやめさせられた。お陰で禁断症状がでて、腕にひっかき傷を残した。

 身体中をむしばむ虫がいるような感覚。虫が肌をなでるように歩く、ぞわぞわとする感覚だ。

 それに吐き気やめまい、嘔吐、発熱など。かなりの苦痛をいられた。

 あの時の思いを味わうのはごめんだ。

 だから、あたしは今日もキーボードを叩く。

 ハウンドのパソコンにアクセスし、修復プログラムを圧倒する早さでウイルスを流し込む。

 監視用のウイルスだ。一見するとただの音楽ファイルだが、その中身はハウンドのアクセス先、履歴のコピーとデータの送付だ。

 だが、それも虚しくハウンドによりすぐに削除される。

 原因は分かっている。音楽ファイルにしてはデータが重すぎるのだ。それに加え、見覚えのないデータだ。削除されて当然だ。

 こんなものしか用意できない研究員はどうかしている。

 口にはしないが、そう思ってしまうのはハッカーのさがか。あるいは恵那のワガママか。

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