第10話 ハッカーと出会い。
国会がにわかにどよめく。
「人権って放棄できるのか?」「どうなるんだ?」「放棄したら命を手放したも同じなのでは?」
あちこちで疑問の声があがる。
「静粛に! 静粛に!」
笹原総理が慌てて、その場をいさめる。
「人権を放棄した以上、彼は物として扱います。ここではジオパンクの物となります」
「なんだそれは!?」「横暴だ!!」
一部の外国国籍や、議員から異論の声があがる。
「専門家の意見を聞こうではないか」
「そうですね。この場は納めましょう」
俺はそのまま、笹原総理につれられ国会を出る。その足で報道陣の大衆をくぐり抜け、車に乗り込む。
「キミはとんでもないことをしてくれたね」
「す、すいません」
俺は謝ると、座席に腰を下ろす。
「いや、いい。これでジオパンクにも有利になる」
「なんでそこまで自国のことを考えているんですか?」
「それは政治家の務めさ。自国の安寧と国益を求めるのが政治家だ」
「本当にそれだけですか?」
俺は少し足りないと思い、訊ねる。
「というと?」
「温暖化や石油や木材といった資源の枯渇、水産資源などの食糧問題、さらには人口爆発による人口問題。そういったものはどうやって解決していくものなのですか?」
「……」
静かに頷く笹原総理。
「こうした問題を解決するには各国の連携強化が不可欠ですよね? だからこそ、お互いにいがみ合っている状況ではないと、考えているわけですが……」
「それにはほど遠いよ。今のジオパンク人はそんな未来のことは考えていない。現状を認識させるだけで手一杯なのだよ」
「国民の足並みをそろえさせるのが政府の務めではないのですか?」
「はははは。一杯くわされたな。確かにキミの言う通りだよ。すばらしい。将来政治家にでもなるといい。だが、だからこそキミの存在は危険だ」
怪訝な顔を浮かべる笹原総理。その顔色の変化に恐怖を覚えるが、逃げ出すわけにはいかない。
「その賢さこそが武器になる。キミの素質は偉大だ。だが、派手すぎる」
「派手……?」
何を言っているのか分からずに困惑する。
「民衆が求めているのは、今日明日の心配で、未来のその先の心配は後にしてしまうものだよ」
「そうなんですね……」
「しかし、発想はいいよ。キミは」
そう言いながら外に目を向ける笹原総理は、すでにこちらを意識から外しているように思えた。
俺が自分の家に帰ると、美柑が迎えに来ていた。
「颯真。大丈夫だったの?」
不安そうに揺れ動く瞳。
「ああ。……大丈夫だよ」
総理を
「本当に大丈夫なの? 総理と一緒なんて……」
身体に触れて確かめる美柑。
「大丈夫さ」
俺は微笑を浮かべて応える。
周囲を取り込むように、やってくる報道陣。
先ほど、総理とのホットラインを教えてもらったが、使う機会があるのだろうか。
こうしている間にも、専門家たちが談義をしているのだろうか?
ふと思い浮かべ、自宅の中へ入る。
美柑がついてくるが、気にしている場合じゃない。
テレビをつけニュースを見るが、どこの報道も先ほどの会見で大賑わいだ。こちらに向かってくる報道陣もいるが、住所や名前は伏せられている。
「美柑は早く帰れ」
「なんで? わたし帰らないの。颯真が無事になるまで」
「無事だろ。もう」
総理が移動を始めると報道陣の波はそちらへと
「ご覧ください。こちらが先ほどのハッカー・
「すみません。報道ならちゃんと依頼してくれます?」
「え?」
報道屋の一人が目を丸くする。
「無断で報道するのがまかり通ると思います?」
「す、すいません。で、では報道しても、よろしいのですか?」
「ダメに決まっているでしょう? 今すぐに帰ってください」
即座にスマホを操作して報道陣に向ける。
「あんたらのトップ全員、捕まるぞ」
低い、ドスのきいた声音で問う――いや、脅してみせる。
「GPSくらい切っておきましょうね」
努めて明るい声を上げる俺に、タジタジになる報道陣。その中にいる何人かが、電話に出ると慌てた様子でアナウンサーに耳打ちする。
上からの指示があったのか、二の句もなく、みんな帰っていく。
「失礼しました!」
それだけ言い残し、アナウンサーがあとにする。
しばらくすると、一ノ瀬春海とその弟・斗真がやってくる。
「斗真と春海ねえ、じゃないか。どうしたんだ?」
「どうしたんだ? じゃないでしょうに!」
春海は怒った顔を向けてくる。
「颯真、自分の立場が理解できていないのではなくて?」
「そうかな。今はまだ理解できていないのかもしれない」
今日の国会でのやりとりや、以前の核弾頭も、全て
「全く! 信じられないわ。こんな子娘と一緒にいるだなんて……」
「わたしと一緒にいるの。それで颯真がしあわせになるの!」
「私と一緒にいるほうが幸せになれるわ!」
「そんなわけないの!」
「颯真には私が似合うわ!」
売り言葉に買い言葉、といった様子で二人はいがみ合っている。
「よう。お疲れさん」
軽口を叩いてきたのは斗真。バスケで鍛えられた筋肉は服の上からでも分かる筋骨隆々なのが分かる。角刈りの黒髪に、爽やかな笑みを浮かべている。絵に描いたような筋肉野郎だが、俺にとっては居心地のよい相手だ。
「よ。こんな時によく来たな、斗真」
「いやいや、オレにとっては友だちの窮地を救いにきたつもりなんだが」
「お前……」
できないと分かっていても、それでも来てしまうのが斗真という人間だ。
「大丈夫よ。私の力で救ってあげるわ」
「春海ねえ。本当にできるのか?」
ツーサイドアップにした黒髪ロングの春海に、俺は訊ねる。
春海はやると言ったらやるタイプの人間だ。その証拠に目の前でスマホを操作して特殊なAIを使って、ハッキングを試みている。
彼女は俺以上の器量を持ち合わせているが、ハッキングの精度は俺と同等くらいある。
つまり、俺よりもうまくハッキングできるはず、なのだが……。なぜか俺よりもドジを踏みやすいのだ。
特に俺と競っているときや朗らかに会話しているときがうまくいく。これは俺のことが好きだろうと確信を得た理由だ。
だが美柑も、俺にその気があるようだ。困ったものだ。
「しかし、不思議な縁もあるものなの」
美柑がそう呟くと、後ろから一人の男性が顔を見せる。
そう。それは何度もモニター越しにみてきた顔だ。
つり目で強面の男性だ。まるでこの世の悪を見つめてきたような顔つき。悪と善の区別が良くも悪くもハッキリしている。
自分の正義を貫くために捜査官になったような、印象を受ける男性である。
そして美柑の兄でもある
「これからもよろしくな。ハウンド――いや
「……どういうつもりだ?」
「おれにも分からん。笹原総理に命令されてここへ来た」
大輔はつまらなさそうに呟く。
本当なら自分の力で、俺を捕まえようとしていたのかもしれない。
だが、今回の国会の騒ぎで一転した。
俺のプライバシーが表沙汰になったために、途切れたはずの縁が再び蘇ったのだ。
本来はテロリスト集団のTTTを撲滅するための捜査だったが、それが急変したのだ。
ハウンドの存在に振り回され続けた、といっても過言ではないだろう。
彼にはそれだけの文句を言う資格があるのだろう。
「全く、上はどういうつもりなんだか……」
舌打ちをする大輔。
その一言に笹原総理の顔が思い浮かぶ。
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