第9話 ハッカーと条約違反。
すり鉢状になった国会議事堂で、俺は笹原総理の隣にいる。
傍聴席にはたくさんの報道陣が詰めかけており、中には俺の同級生・美柑の姿もある。
「これで何を話せばいいんだ?」
「これから罪状を話すことになる……が、海外向けのアピールになるだろうな」
笹原総理はぼそぼそと小さな声で応える。
やがて静まりかえる議事堂。
その厳かで冷徹な雰囲気に、緊張が走る。
「これより、査問委員会を始める」
ゴクリと生唾を呑み込む。
緊張で肌がぴりつく。
これから言い渡される罪状により、俺の将来が決まる。
「罪人は、
「はい……」
自分で思っていたよりも小さな声で驚きを隠せない。
ざわついた国会を納めるのが、笹原総理の役目だった。
「静粛に」
静まると、同時にシャッター音が鳴り響く。
「不正アクセス禁止法が28件。安保理条約17条に抵触、軍事機密第62条に抵触するものとし、鳴瀬颯真に罪状を言い渡す」
俺を弁護する者は一人もいない。
罪状だって怪しいものがある。というのも、普通なら不正アクセス禁止法だけなのだ。だから無理にでも引っかかる罪状を付け加えてあるのだ。
しかも、アクセスしたのは40を超えるのだが、拾い上げることができたのが、28件だけなのだ。
やはり俺の罪状は見つけづらいのだろう。
本日何度目かのざわつきを賑わす国会。
報道陣からもざわつきが起きる。
両親もいるが、二人とも涙を流して困惑している。
そんなに泣かないでほしい、と思っても言葉にはできない。緊迫感のある国会議事堂に、うまく言葉が出てこない。舌がからまわるのだ。
皆がみている中で、緊張が高まるが、俺にはこの場を納める方法が一つだけある。
この状況を打破する、最善の一手が。だが、それが本当にうまくいくのか、分からない。それにどんでん返しになるのか、怪しい。この罪状を打破する方法がない訳ではないのだ。
こうなった以上、その一手にかけるしかないのだ。
「被告人に終身刑を言い渡す」
「「「!?」」」
その場にいた全員が同じ反応を示す。それはやりすぎだと。だが、海外からきた報道陣は一斉に歓喜の声を上げる。
外国人にとっては危険人物として知れ渡っているらしく、さっさと処分してほしい、と呟く者も少なくない。
俺が捕まるとジオパンクの株価も下がってしまった。それだけの影響力がある証拠だ。
だから外国人にとっては難敵なのだ。強敵なのだ。
敵対している以上、俺は邪魔な存在なのだろう。
そう言った大敵であるからして、この国会は仕組まれたもの。海外からの圧力もあるのだろう。そのために、この査問委員会があると言っても過言ではない。
しかし、あの話題がでないのは、裏で画策しているせいか。あるいは……。
※※※
国会の傍聴席にはおれの場所も確保されていた。
傍聴席は二つあり、佐倉にも席があった。
「なんだか、緊張するっすね」
「ああ。それはそうだが……」
目の前にした少年はあまりにも華奢で色白で、まるで温室育ちの印象を受けるが、その瞳には野性味があふれる鋭さを秘めている。
その横顔には端整で中性的な顔立ちを見て取れる。
ハウンドと呼ぶにはあまりにも若い。そんな気がしたが、彼自身はどう思っているのだろう。
妹にどんな報告をすればいいのか、と気をもんでいると、査問委員会が始まる。
内容に気になる点がある。
それは――
「この間のノースアーチでの核弾頭爆破についてはどう思っているのかね?」
ああ。やっぱり、その話題が彼を追い込むのか。
言葉を失うハウンド、いや鳴瀬颯真。
その問題は想定外と言いそうな顔つきをしている。だが、
「私がやりました」
と丁寧な口調で言い終える鳴瀬。
「その結果、我が国において甚大なる被害を被った」
放射能を含む雨がひと月前に降った。その前に住民は避難を終えていたが、社会的な被害は相当なものだったといえよう。
こうなってしまった以上はもうどうしようもない。
「よってこれをきに鳴瀬颯真には熟慮ある行動を求めるが……」
あまりにも若い犯罪者に、目頭が熱くなる思いだ。
「刑罰は……」
言いよどむ裁判官に、意味がない終身刑だけでは物足りない。そう思っているのが多いのは外国人ばかりではないのだ。
故郷を追われた身。黒い雨がふる東北では今もなお救援の声が響いている。そんな彼らにかける言葉などないのだ。
それを引き起こしたのが、目の前の少年だと分かると、途端に語尾が強くなる被害者一族。
彼らにも、家族がいて、当たり前に生きていた時代があった。だが、それも心半ばでへし折られたのだ。
核の暴発による被害は甚大で、ノースアーチの国民や、ジオパンクの東北民は怒りを露わにしていた。
「あんたのせいでうちの主人が……」「僕の母ちゃんをかえせ!」「そうだそうだ! おれの実家だって!」
「静粛に! 静粛に!」
傍聴席がにわかにざわつきだす。
「あんたのせいで全てを失ったわ!」
「全て? 命は残っていますよね」
どこかでそんな声があがる。
はははっと乾いた笑いが起きる。どこかの議員が呟いたらしい。
議員の中にもハウンドを好ましく思っていない者も多い。だが、それ以上に仲間に引き込もうと思う者も少なくない。
「안녕하세요 여러분」
「Hello everyone」
外国語で話すものだから翻訳者がその都度、会話に入り込む。
「以上。こちらからの要求は、鳴瀬颯真の身柄の引き渡し、です」
翻訳者が緊張のあまり言葉に詰まる様子がみてとれる。
「身柄を引き渡せ、だと……」
そうなれば、颯真の命は確実に散る。そればかりか、諜報部の最後の砦として扱われるかもしれない。そうなれば、ジオパンクの行く先も暗いものになってしまう。
ハウンドに、それだけの執着がないから、他の国に行ってもハッキングをする可能性が高い。
引き渡した先でも、その力を遺憾なく発揮されれば、国の膂力になりえる。
マズいな。このままでは国際問題を解決できない。
「もしかして、ハウンドはジオパンクとの癒着があるのではないですか?」
「ジオパンク人ですので、こちらとしても自国で裁きたいのです」
笹原総理がそう告げると、スピナ大統領が憤怒の表情で告げる。
「それは勝手な言い分ですね。こちらのメインサーバーにも、ハッキングを試みた少年を引き渡せ、と言っているのです」
「それはできかねます。私、ノースアーチに引き渡せと申しております」
今度は浩然首相が割り込んでくる。
どの国も軍事力や情報力としてハウンド・鳴瀬颯真を奪い合っているのだ。
それだけの力が彼にはあるのだ。
その力をおれも認めている。ハウンドは力ある少年だ。おれの捜査を攪乱するだけの力があるのだ。
おれが捕まえるべき相手としての強敵。だが味方に加われば、もっと捜査が楽になる。
だがジオパンクよりもアメリナのスピナ大統領が優勢だ。国力の差もある。
何か秘策はないのだろうか?
このままでは自国民に被害がでる。
何か最善の一手がないのか?
おれがその子どもだと知っていれば、なんらかの救援ができたかもしれない。
その疑問を打ち破るようにハウンドが顔を上げる。
「俺は人権を放棄します」
鳴瀬颯真がそう告げると、歯ぎしりをするスピナ大統領。
浩然首相が驚きで目を丸くする。
笹原総理が目を見開く。
報道陣がパクパクと口を開き、驚きを隠せない。
これが奴にとっての最善の一手。逆転の一手である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます