第8話 ハッカーと捜査官の妹。
「笹原首相。こちらの少年が持っていたスマホです」
「ありがとう。……なるほど。確かに優秀なハッカーなようだな」
「ええ。高度な技術力を持っているようです」
「これならバブルでジオパンクから流失した天才たちの代わりになるのだな」
二人の男が話し合っているのを、薄ぼんやりとしたまどろみの中で聞き届ける。
再び目を
目の前には男が三人。そのうち二人が黒服のいかにもガードマンといった様相を呈している。そしてその中央に立つのが、刻まれたしわがその人の歳月を物語っている。ご高齢なスーツを着た男性。だが、どこかで見覚えのある姿だ。
「起きたか。ハウンド」
「!」
「その様子から察するに、自分の立場が分かっていないようだね。
「! 俺の名前を……」
「知っているとも。このスマホはキミのだろ?」
初老の男が袋に入ったスマホを手にする。間違いなく、俺のスマホだ。それもあのAI搭載のものだ。中身が知られれば当然、ハッキングしていたのがバレる。となれば、目の前の初老の男は警官だろうか? いや違う。それなら二人のガードマンの言い訳がつかない。
警官、それ以上の組織となれば――
「政府関係者か」
「ご明察。キミはこれから国会の査問委員会で問われるだろう。わたくしも、もう庇いきれない。だが、キミのお陰でジオパンクのTTT撲滅が叶いそうだよ」
「やはり……」
あのAIはハッキングしているものにも毒をもたらす。その情報をある人の元に届くよう設定されていたのだ。
「
「ああ。わたくしの名だ。できればキミの存在は隠しておきたかったんだがね」
「何があったんですか?」
「キミの存在が他の議員にバレた。これにより、議会での審議がはいった」
前代未聞だよ、と続ける総理。
「今もマスコミからの圧力がある。情報開示を求める声が多くてね」
マスコミにもバレているのか。それなら俺の身元も知られているのか。
「マズいな……」
「マズいなんてもんじゃない。キミは世紀の大悪党ともてはやされているよ」
「それは褒め言葉じゃないですよね」
「いや、キミはかなりの大活躍だよ。そうでなくては野党を抑え込むことも、マスコミをやりすごすこともできなかったよ」
話の筋道が分からずに困惑する。
「キミがやったことは、このジオパンクに大きな利益を生んだ……同時にアメリナとノースアーチには多大な被害を被った。それでキミは他国からは忌み嫌われている」
「じゃあ、ジオパンクにとっては喜ばれているのですね」
「そうなるな。しかし、こんな子どもが世界のトップ争いの引き金になるとは……」
トップ争い。違和感を覚える。
「訊ねるが、世界はどうなったのですか?」
「言ったろう。キミの存在がバレた、と。国際問題だよ」
俺のしてきたことが問題になっているのだ。各国の情報機関にハッキングをしていたのだ。それによって被害を被ったのは間違いない。
それに加え、ジオパンクに有利になるよう、攻撃プログラムを送りつけたこともある。
「ルプスは?」
あえてコードネームで呼ぶ。
「そっちは分からん。キミは知っているのか?」
それを聞き届けると、病室を後にする笹原総理と、そのガードマン二人。
どうやら春海の存在は知られていないらしい。これは嬉しい誤算だ。
たぶんAIいよる書き換えがすんだのだろう。春海のスマホは改竄されたのだ。今は普通のスマホと同じプログラムになっているだろう。
しばらくすると一人の少女が病室を訪れる。
「あら。元気にしている?」
花瓶片手に現れたのは一ノ瀬春海だ。
「春海。お前こそ大丈夫だったのかよ」
「ええ。お陰様で……。私のスマホ壊れちゃったけどね」
残念そうに呟く春海。だがそうしなければ春海がルプスとバレてしまう。
「あー。すまん。うまく修復できなかったんだな」
「なんなのよ。あのハッキング用AI。すごい早さで書き換えてたわよ」
未だに怒りを露わにする春海。
「あれをハッキングしていたものに感染しただろうな」
「ウルフとか言っていた奴?」
彼女は不思議そうに小首を傾げ、訊ねる。
「ああ。そうすればあちらには、ほとんどの情報を破壊されて憤慨しているだろう」
「うへ~。恐ろしいわ」
呆れたような顔を浮かべる春海。
※※※
「ハウンドが捕まったのか……」
「そうみたいっすね」
「今すぐにジオパンクに帰るぞ」
「ええ~っ!?」
大久保の決定に佐倉は目を回す思いになったのだ。
その日のうちに飛行機のチケットをとり、その翌日にはジオパンクに移動。空港について直接、捜査本部へ向かうおれたち。
捜査本部にはハウンドの情報が入ってきているという。
おれも、その存在を確かめねば死ぬに死ねない。
そして国会で査問委員会が開かれるのを知った。軍法会議と同じく、いやそれ以上に危険な話だ。
国際問題に発展している以上、ハウンドの首が飛ぶ程度で済むとは思えない。
「傍聴席を確保しなくてはな」
「うへ~。本気っすか……」
「ああ。本気だ」
「ハウンドが少年だったことにも驚きっすよね」
「それはそうだが……」
ハウンドに対し未熟さを感じていたおれにとっては、そんなに驚きではなかった。
しかし、金を稼ぐならネットバンクやビットコインといったもので稼げばいいのだ。ハウンドは裏情報をマスコミにリークすることで金を稼いでいた。
それが少年と分かり、理解できたような気がした。彼らは他の可能性を意識から手放していたのだ。他のやりかたを模索していなかったのだ。
スマホが鳴り響く。妹からだ。
年の離れた妹。おれが23歳。妹が17歳。
未だに高校生である妹になにかあったのか? と思い電話にでる。
「どうした?」
『同級生の鳴瀬颯真が帰ってこないの。何か知らない?』
「誰だ? 前に言っていた彼氏か?」
『うん、まあ。〝ハウンド〟ってニックネームで呼ばれているみたい。モニターにもお兄ちゃんの姿があったし』
「待て。ハウンド、と言ったか?」
『うん。そうだけど?』
おれは頭を抱える思いで困惑する。
その少年がハウンドなら、まず間違いなく学校へはいけない状態だろう。
「分かった。ハウンドはハッカーだ」
『それはなんとなくわかっていたけど……』
「それで国会での査問委員会が開かれる」
『なんで? そんなに悪いことをしていたの?』
「ああ。情報を引っ張り出して、無理やり開示していたのだ」
『そうなんだ。でも、それだけで捕まるの……?』
それだけ、なものか。罪状はいくつでもある。だが、素人には伝わるまい。
「ああ。でも国際問題に発展している。この問題は議会で裁かれる」
「生き残れないっすよね……」
「バカ!」
佐倉の発言に怒りを露わにするおれ。
『え。どういうこと? お兄ちゃん!』
悲鳴に似た声音をのせる美柑。
「あー。終身刑になる可能性が高い。だから一生刑務所から出てこれないかもしれない」
あるいは死刑か。
どちらにせよ、ハウンド――いや鳴瀬の命は心許ない。今は風前の灯火なのだ。
しかし、鳴瀬颯真か。
まさか妹の美柑の思い人だとは思わなかった。こんなにも身近な存在だとは思いもしなかったのだ。
だが、それなら〝ルプス〟の存在は?
奴らはセットで行動することが多かった。となれば、近しい存在であるはずだ。そちらの動向も気になる。
ルプスをも捕まえ、この混沌と化した世界に正常な世界を取り戻す。それがこのジオパンクの利益にもなる。
その上でハウンドの刑期は決定事項だ。
ジオパンクは喩え自国の利益があったハッカーでも、切り捨てる覚悟がある。
「ハウンドは犠牲になるのだ」
電話を切り終えると、おれはそう呟くのだった。
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