第7話 ハッカーと猟銃。

 買い物を終えると、俺と春海はカフェでゆっくり休むことになる。

「ずいぶん買ったな」

「ふふ。全部で5784円だわ。高い買い物になったわね」

 いっかいの高校生にとっては高いが、ハッカーで稼いでいる春海と俺にとってはさほどの金額でもない。とはいえ、一日でこれだけ散財するとは思わなかったが。

 パンパン。

 突然の発砲音に俺たちは顔を伏せる。他の客も、いつの間にか机の下に潜りこんでいる。

 音のした方、店内の入り口には猟銃を構えた年配が二人。どちらも男だ。

「ここは我々TTTが占拠した! 金と食事をよこせ!」

「どういうことだ? TTTがなぜこんなところを狙う」

 気づかれないように小声で訊ねる。

「分からないわ。でも確実に分かるのは私たちが捕まると悪いことしか起きないわ」

「だな」

 こちらがハッカーだと知られるわけにはいかない。それこそ、どんな被害をもたらすか、分かったものではない。

「ウルフの言う通り、ここに〝ルプス〟がいるんだな?」

「へい。仰る通りで」

 二人の猟銃使いが話し合っている。

「……! 聞いたか。お前を探しているらしいぞ」

「そんな。どうやって?」

 どうやってかは知らないが、ルプスと春海がつながっていると知られればマズいことになる。マスコミにも、国会にも、〝ルプス〟の存在は知られている。それもかなりの頻度でハッキングをしていることも。しかも国際問題まで発展していることも知られている。

 春海がルプスと知られれば、〝ハウンド〟の名で知られている俺にも影響してくる。

 それに笹原総理によるTTTの壊滅の依頼や、マスコミへのリーク。アメリナへの牽制などなど。それこそジオパンクが危うい立場になる。

 しかし、どうやって調べたんだ?

「思い当たる節はないのか? 春海ねぇ」

「わかんないよ。こんなの想定していないわ」

「スマホをよこせ!」

 猟銃を持った男が近くの客からスマホを回収している。

 どうやら警察への通報を恐れているらしい。

「ん? スマホ。春海ねぇ、スマホでなにかしたか?」

「え。う、うん。ちょっとだけ使ったけど……」

「その痕跡は消したか?」

「あ」

 その反応は消していないのか。

「それだな。原因は」

「で、でもハッキングには使っていないわよ?」

「分からないか。向こうも同じくハッキングしているんだよ」

「……っ!? そうか、そうね」

 まさか、ハッキングする側がハッキングされるとは思ってもいなかったようだ。俺ならとっくにプログラムの修復を図るが、今さら遅いかもしれない。

 スマホを操作して、すぐにプログラムの修復を始める春海。

「私のせいで……」

「そういう感傷に浸るのは後にしろ」

 俺もスマホを手にして、操作を始める。

 本来スマホでハッキングはできないが、俺のは特別製だ。JAVAプログラミングで作ったAIを搭載している。スマホのほとんどの機能が制約される代わりに、ハッキングができる。それで春海のスマホに入り込みGPSのデータをちょいと書き換える。

「! 何をしたのかしら?」

「今、ハッキングをしている。春海ねぇのデータを書き換えている」

 ものすごい速度で書き換えが始まり、他のハッカーからには偽のデータが渡るようにしこんだ。

「そこ! 何をしている?」

 大声を上げて近づいてくるのは猟銃使いの痩せた方だ。

「スマホをわたせ!」

「……分かりました」

 俺は渋々スマホをわたすと、春海にもわたすよううながす。

「それでいい」

 猟銃使いは去っていく。

「マズいわ。まだ電源が入っている」

「大丈夫だ。俺のAIがなんとかしてくれる」

 あとは信じて待つしかない。

 時間が経つにつれて慌てふためく猟銃使い。

「勝ったな。データの誤送信に成功したらしい」

「そうなのかしら?」

 警備隊もつき、カフェの外はすでに警備隊でいっぱいになっている。

「く、くそっ! ここにいる〝ルプス〟と結託すれば、我々の勝利が揺るがないと言っていたのに!」

「〝ハウンド〟のやろーがルプスのデータをいじっていたらしいじゃない。こんなんでやられるものか!」

 二人の猟銃使いは言い争いをしている。

「近づけば、こいつの命はないものと思え!」

 猟銃使いの太っている方が春海を捕まえ、痩せている方がその猟銃の銃口を向ける。

「――きゃっ!」

「春海!?」

「騒ぐな! わしらには人質が必要なのだ」

 警官や機動隊も到着したのか、カフェの外がいよいよ物騒になってくる。

「騒ぐな。騒ぐな!」

 猟銃使いの太った方が必死で抵抗してみせるが、それももうじき終わる。

 ガラスをわる音と同時に閃光とスモークが店内に充満する。

「なんだ!?」

「機動隊の突撃だ! 春海ねぇ、こっちへこい!」

 急いで立ち上がり、先ほどまで春海を押し倒す。

 銃声が鳴り響く。

 熱い。いや、痛い。

 腹に熱を感じる。痛みと熱を感じ、腹を探ってみると、ぬめりのある液体が触れる。

 出血している。

「おい。キミ! 大丈夫か!?」

 じんわりと広がっていく痛みに意識が遠のいていく。

「春海は、大丈夫か?」

「ええ。私は大丈夫よ」

「よかっ、た……」

 視界が明滅し、やがてかすんでみえなくなる。


※※※


「しかし、どうやったらTTTの動きを探れるものか」

「そうっすね。まずはコンピュータにでもアクセスしましょう」

「ああ。今日の人はあまり情報を持っていなかったからな」

「それでも貴重でしょう?」とヒューズが話に混ざってくる。

「ああ。それがなければ、来月のTTTの話が聞けるとは思わなかった」

 そう言いパソコンを操作する。

 データを集めては分析をしていく。

 今月だけでもTTTの六割は掌握した。それもこれも、各方面にスパイが紛れ込んでいるお陰だ。それにくわえ、ホワイトハッカーの存在が大きい。

 ハウンドやルプスとは違い、様々な国家群にケンカを売るような真似はしない。その国家に対して礼儀をわきまえているのがホワイトハッカーだ。と、おれは思う。

 片手間にハウンドとルプスの様子をうかがっていたが、どうやら偽情報を流して攪乱しているらしい。

 それにしても先日のTTTがジオパンクで活発化したとの話を聞き、ジオパンクに残った早坂はやさか夕芽ゆうめが情報を提供してくれた。

 まさかジオパンクにもテロの波が押し寄せているとは知りもしなかった。

 その事件で一人の少年が病院に搬送されたらしいが、未だに詳しい内容は聞かされていない。だが犯人が盗んでいたスマホの中に妙なプログラムがあると知られている。

「しかし、まあ。ジオパンクにも、テロがくるとは……」

「そうっすね。まるでアメリナのようになっていくのが怖いっす」

「それね。ジオパンクは島国で、災害も多い」

「だからテロも少ないと?」

「災害がありゃ、対立している場合じゃないと気づくからね」

 ヒューズの言うことは分からないでもないが、それならどうしてTTTの活動が始まったのかを教えてほしい。

 ホワイトハッカーからの情報によると、ハウンドとルプスに報復をしたい奴らが多いらしい。ホワイトハッカーに相対する〝ブラックハッカー〟と。

 ハッカーにも自分たちの矜持のようなものがあるらしい。

 だが愛国心の足りないジオパンクでは、国のために働くのが少ないらしい。

 それもこれも75年前の世界規模での戦争が影響しているのかもしれない。その大戦でジオパンクは市民を誘導し、その命を散らされた。しかも爆弾にのせてぶつけたのだ。人間爆弾だ。

 それが国の不信感を買い、敗北までしたのだから、愛国心など育つはずもない。

 とはいえ、戦争の影響も薄くなったこんにち、テロの影響も厚くなっているかもしれない。

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