第5話 ハッカーとWAT。
黒い雨が東北地方に降り始めて一ヶ月。避難は終了し、支援の手もある。被害は最小限に抑えられてといって過言ではないだろう。だがその責任をとる相手がいない。
(TTTが今回の目標にしたのは、アメリナか……)
『そのようね。でも忘れていない?』
(なにが?)
『WNAEMの件』
(あ~。そういえばまだ開催されていないな)
ということは期末テストもまだなのだ。
この二つを同時に成し遂げるのは容易なことではない。だが春海も同じ条件で参加している。
それを棚に上げるなど、してはならないような気がしている。
(またマスコミにリークしないとな)
『どっちが先か、勝負なのだからね』
チャットをしていると、後ろから声がかかる。
「またチャットなの?」
「ん。ああ。今はちょっと忙しい」
というのも、今日も今日とて勉強会が開かれているのだが、政府からの直々の依頼を達成している最中なのだ。
――まずはアメリナの動向を探れ。
これが総理からの依頼なのだ。それが達成されれば、13億の借金もなくなる……と言っても、実際に俺たちが払う必要などないのだが。
さらに言ってしまえば、放射線の雨が降る前に大規模計画的避難区域の指定にそれ以上の金額がかかっているのだ。13億なんて安いものだ。
政府は先ほど、大規模計画的避難区域についての発表に踏み込んだ。その判断までに二日を要した。
すでにノースアーチの市内では黒い雨が降ってしまったという。
ちなみにノースアーチでの核弾頭の爆発はすべて「ノースアーチの防衛システムの欠陥があった」と報じられている。俺たちを庇う素振りを見せたジオパンクの英断に感謝の言葉しかない。
しかし、今度の山はでかい。
(TTTの動きを探れるか?)
『やってみるけど、そっちのリークはどうしているの?』
(今、データを入力しているところだ。あとは送りつけるだけ)
ジオパンク政府には悪いが、協力してもらうことにする。
テロリストの情報をジオパンクから提供されれば、アメリナの態度も柔和にならざる終えない。
情報こそが金であり、戦力になる。
実際には戦争などしていないが、裏では冷戦をしているようなものだ。
様々な情報が受け取る人の判断に委ねられるのだ。
知り得た情報に対応すれば、被害がでないことも多い。
『TTTの情報なら提供がすんだわ』
(ありがと。お陰で助かった)
「これで後は勉強か……」
重たい空気を振り払うように、席を立つ。
『それよりも、その女だれ?』
(なんでそこを気にするんだよ!)
『私の許可なしに、住まわせているのかしら?』
(お前の許可なんていらないだろ。それに夕食の面倒を見ているだけで、それ以上でも以下でもない)
『ふーん。本当にそうなのかしら?』
(彼女の好意に甘えているのは事実だが、付き合っているわけじゃない)
『そこまで言うなら信じるけど……』
(なんだ?)
『いえ、別に……』
含みのある言い方に返す言葉がない。
※※※
「なに? 捜査を打ち切れ、と?」
「ああ。トップからの命令だ。ハウンドとルプスの行方は誰も探してはいけない、と」
「なんでですか? 彼らは世界を歪めている悪ですよ」
おれは文句を言い、くわえたタバコを灰皿に押しつける。
「大久保、この件から身を退いてくれ。代わりに世界テロリスト集団TTTの動向を探ってほしい」
「……分かりました。空いた時間は好きに調べていいですかね?」
「それは……そうだが……」
「話はそれだけですよね?
「……ああ」
加藤を押しのけると、部下のもとに戻る。
「先輩どうでした?」
「どうもこうもない。まずはTTTの動向を探らなければならなくなった」
「えっ! あの撲滅不可能とされるテロリスト集団っすか!?」
そう。これは絶対に不可能な仕事を与え、辞めるまで延々と続けるしかないのだ。
「ついでに言うと片手間でハウンドとルプスの行方を追う」
「ええっ~! そんな無茶っすよ」
「これは決定事項だ。諦めろ」
「そんな~」
そんなこんなではTTTに探りをいれ、ハウンドとルプスの調査を行うことにした。
TTTの情報はネットよりも、周辺地域に住む人から情報を集めるしかない。そもそも宗教団体から派生した組織なので、思考が似てしまえばテロになりかねない。テロに至る経緯は様々で大抵は貧困の中で育ったり、社会的弱者により、擦れた精神性がみえてくる。
特にアメリナのような貧富の差が激しい国では、そのテロはいっそう激しいものとなっている。そのため、おれと佐倉はアメリナへの出張が決まったのだ。
「なんか不安っすね」
「ああ。いきなりの海外生活だからな」
「それもあるっすが、テロに襲われないか、不安っす」
「復讐ってか? ありえないだろ」
部下の不安を取り除くため、大見得を切って
島国のジオパンクにはTTTの影響は少ない。だがアメリナのような大国にはテロの波が押し寄せている。その不安から逃れるためにジオパンクの情報局に応援を求めるのはある意味正しいのかもしれない。
こうした交渉があるからこそ、ジオパンクとアメリナの安保条約の結びつきが強くなるのだ。
その交渉やTTTの動向といったものはマスコミにとっては興味深い情報なのだ。
「それにしても遅いな」
「地元民の協力者ってどこっすかね?」
飛行機を降りて集合場所である飛行場の中央センターにたどり着いたのはいいが、現地協力民であるネヴァ=ヒューズが見当たらない。
「こちらの食べ物でおいしいのはなんですかね」
「知らん。捜査の方が優先だろ」
「相変わらず硬いっすね。もう少し柔らかく生きないと人生損するっすよ」
「あら。それならハンバーガーがうまいですよ」
近づいてくる黒人女性がキラキラした笑顔で近づいてくる。
「もしかしてネヴァ=ヒューズさん?」
「そうですよ」
すらりとした体躯に、豊満な胸をお持ちの素敵な笑顔の女性だ。
「失礼しました。私の大久保
「初めまして。エヴァ=ヒューズです。よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします。それにしても日本語がうまいですね」
「ええ。親が日本人ですので」
「ということはハーフっすか?」
「そうです!」
その後も会話をし、弾んだ声音で応えるヒューズだった。おれと佐倉は彼女を頼りにTTTの動向を探る必要がある。
着いたことを報告するためにスマホを取り出すと、上司に電話をする。
「もしもし。加藤専務ですか?」
『そうだが?』
「アメリナに着きました。これより調査を開始します」
『そうか。さっそくで悪いが本部からの連絡でキミゴン州へ向かってくれ』
「キミゴン州? そこになにがあるのか?」
『詳しくは後で伝えるが、そこにTTTに参加している組織があるそうだ』
組織? 気になる話題だが、それよりも。
「そんなのどうやって分かったんですか?」
『情報網に引っかかったようだ。……なにやら情報に強い専門家がバックにいるようだ』
「専門家……?」
眉をひそめるおれに対し、落ち着いた声音をこぼす加藤。
『詳しい話は分からないが、恐らくハウンドだろう。政府に技術協力を申し出たそうだ』
「! ハウンド!?」
驚きの声をあげると、佐倉が眉をぴくりとつり上げる。
『ああ。だから奴らの捜査は打ち切られたと考えている』
なるほど。それなら理屈が通っている。
しかし、ハウンドのやっていることは正しいやり方ではない。
おれたちの組織でも、それは悪と断ずることができる。だが政府直轄の組織であるWATに置いても政府が指示を出しているのだ。
それが分からないわけではないが、マスコミにリークするだけのハウンドが政府に取り入るとは思いもしなかった。
『それよりTTTの足取りを追え』
「分かりました」
電話を終えると、おれは頭を抱える思いになる。
「くっ。どうすればハウンドの行方を追えばいいんだ」
「アタシにも聞かせてほしいっすよ。先輩」
絡みついてくる佐倉に事情を説明するおれ。
「えー。じゃあ、ハウンドの行方を追うことができないっすよね!?」
「いや、それでもやる」
「もう。先輩がそう言うと確実にやりとげるって分かっているっすよ」
ヒューズが不思議そうに首を傾げる。
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