第4話 ハッカーと核弾頭。
俺はデータを処理しつつ、ノーストーチにある核弾頭の管理プログラムに接続する。
さすがにプロテクトが硬いが、潜入には成功している。あとは修復プログラムの進行を遅らせて、できる限りバグで機能停止をはかる。
おおよそ1000キロ先の攻防総庁にアクセスするのだ。
震えと喉の渇きでキーボードを打つ手が止まりそうになる。それでも、ここは続けなければならない。
何せ俺の手には1億3千万もの命がのしかかってきているのだ。
『データは国会に提出したよ。これで政治家の反応を確かめるしかないね』
(ああ。これであとはプログラムにウィルスをしこむしかない)
『それだけじゃダメ。すぐに完全独立端末で起動をする』
(じゃあ、どうすればいい?)
『……発射前に起爆して吹き飛ばすしかない』
(……っ!? そんなことをしてしまえば、ノースアーチは滅ぶぞ! それに何十年と癒えぬ放射能をまき散らすことになる)
『そうだけど、今死にたいの?』
(そうじゃない。違う。違うんだよ)
頭をがしがしと掻きながら別の案を模索する。だが、しかし。こうしている間にもミサイル発射のカウントダウンは止まらない。
(太平洋に落とすのはどうだ?)
『海洋資源が軒並みダメになるね。その後のことは考えてある?』
(生物濃縮による環境の破壊、それに放射性物質が毒の海にしてしまう)
『そこまで分かるなら、決まっているでしょ?』
まさか、本当に起爆するしかないのか? あの国にだって罪なき人々が暮らしているのだ。それを俺の一存で焼き尽くすのか?
(そんな権利は誰にもないんだ。だから俺は押せない)
『ふふ。キミはそれでいい。私が起爆するから』
「なっ! (バカなことはやめろ!)」
『通話チャンネルオフ』
「(やめろ!)」
メールが途絶えると、ノースアーチのプログラムに異変が起きる。小さな小さな変化だが、爆発の起動プログラムが30秒の表示ができる。
発射シークエンスの修復プログラムを消しかえる作業を永延と続ける。
その間にも爆発のシステムは書き換わることなく、起動を続けている。
春海の打ち込んだプログラムだ。
それを総理のパソコンにもリークしており、国会を揺るがしかねないものになる。
「どうしたの? 汗をかいているの」
美柑が隣で見守っている。
『その女誰?』
と短文がプログラムの間に紛れ込む。
(誰だっていいだろ)
『良くないわ』
プログラムでチャットを開始すると、データ入力に不備が生まれる。
(バカ。データ入力に集中しろ)
『分かっている』
直後に破壊プログラムが持ち直す。
処理が遅れたため、数秒のタイムラグが発生する。
「マズいな……」
「どうしたの? 颯真」
「このままだと、修復プログラムが勝ってしまう」
「それってマズいの?」
訊ねる美柑の声音には焦燥の色がうかがえる。
「ああ。すごくマズい。このジオパンクが滅びる」
「え!?」
驚きの声を上げ、目を見開く美柑。
「だから、止めないと。そこのノートパソコンをとってくれ」
「これなの?」
美柑は近くにあったノートパソコンをとると、俺に手渡してくる。
「よし。これでいい」
ノーパソを立ち上げると、すぐにWi-Fiに接続する。
「キーボード三つは初めてだが……」
ノーパソのキーボードも叩き始める。
三台使ってのデータ入力は手が足りない。
「美柑、そちらをT10と入力してくれ」
「……分かったの」
逡巡したあと、美柑がキーボードを叩く。
「そうだ。ありがとうな」
「うんうん。これでジオパンクのためになるなら手伝うの」
5
「このままでは爆発してしまう」
「爆発ってなんなの?」
4
「いいから、言う通りにしていろ」
3
「分かったの」
2
「修復プログラムが更新されなくなっている……?」
1
「! なにこれ?」
「爆発した……」
0
監視カメラにアクセスすると、キノコ雲がノースアーチの空中に浮かぶ。
「これを国会にリークすれば……」
『君たちか。不正アクセスをしているのは』
(ああ。そうだ)
こちらもメモ帳に書き込む。
『分かった。君たちに賠償金を求める』
(どういうことですか?)
『ノースアーチとは裏で平和に向けた取引がされていたのを邪魔した罰だよ』
マジか。
(その金額は?)
『単純計算で13億と八千万だ』
(そうですか。でもそれは捕まった時ですよね)
『そうだな。国民の意見も聞いてからになるだろうが』
(なら問題ないね)
会話に参加したのはもちろん春海だ。
(そうだな)
『君たちは捕まらない自信があるようだね』
(そうね)(だな)
『お叱りはこれまでだ』
(やっとですか)
…………。
『これからも頼りにしていいのかな?』
間をたっぷりとり、本音を打ち込む総理。
(それは報酬しだいですね)(だね)
『分かった。今度、アメリナの動きを探ってほしい』
(分かりました。その依頼引き受けましょう)
(借金くらいはチャラにしてほしいね)(だな)
……。
『分かった』
しばらくの間のあと、再び会話が始まる。
(あちらの核弾頭を爆破することもできますが?)
『やめてくれ。私の胃がもたない。我々ジオパンクは平穏な解決を望んでいる』
(分かりました。ではすぐにでもリークします)
片手間にハッキングしたアメリナのマットイェンス=スピナ大統領の反応をコピペする。
先ほどの核爆発の映像を見た大統領なら、すぐになにかしらの対応が求められる。
『ありがとう。助かるよ』
総理大臣である笹原がそう告げると、ノートパソコンの電源が落ちるのを確認する。
「ふぅ。これでようやく、落ち着いたな」
「なになに? どうことなの!?」
「一応、俺たちの命は助かった。それに総理の英断に感謝しよう」
「なるほど。笹原総理を味方につけたんだね。良かったの~♪」
「ああ。そういうことだね。ただ……」
「ただ?」
「(黒い雨が降る)」
どこに、とは言わない。
それで伝わるのか分からないが、少なくとも美柑と春海には伝わったようだ。
『そうね。私のしたことで多くの放射能が露出したことになるかしら』
(半減期なんて待ってられないが、待つしかないのだ)
あるいは深海の底まで降りていくのを待つか。
どちらにせよ。
黒い雨が降るのはそう遠くない。
放射能の雨。
ノースアーチにあった核弾頭はおよそ2万トン。それだけの核が一斉に爆発すれば、生成されたプルトニウムが塵となり、空気中を漂う。それが雲にのれば、偏西風により、ここジオパンクの土地に大量の雨を降らせるだろう。
半島にあるノースアーチの東に位置する島国は我がジオパンクしかないのだ。
「そこで総理にも味方になってもらった」
「どういうことなの……?」
「東ジオパンクの国民を避難させることができるのは総理くらいだろう」
ジオパンクの東――正確には東北地方に黒い雨が降るだろう。
「(となれば東北の皆には
『一時的、ね……』
「(ああ。あくまでも一時的だ)」
『それって何年かかるのよ』
「何年かかるの?」
モニターを見ていた美柑も同様に訊ねてくる。
「(少なくとも数十年だろうな)」
以前の東ジオパンク大震災のとき、原子炉がメルトダウンし、放射線を露出させたが、それだけでも10年以上の月日を要した。
今回のはそのひけにとらない。
単純算出した結果、1000京ベクレルの放射線を生み出すだろう。
恐ろしい話だが、東北は計画的避難区域の代償になるだろう。
「大変な案件に関わってしまったな。春海」
『そうね』
「わたしも大変なことに巻き込まれてしまったの~」
三人が三人とも深いため息をもらすのであった。
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