第3話 ハッカーと隠し事。

 ピッと鳴った電子音に、モニターに向き合う。

「どうしたの? 颯真」

「どうもこうない。仕事だ」

 ここ最近、毎日のように勉強会があり、美柑がいることが増えた。

 モニターを起動させると、そこには俺に敵対する捜査官の一人が映る。

「あ。兄さん……」

 ポカーンと口を開いて驚きを隠せない美柑。

「なんで兄さんが映っているの?」

「どういうことだ? お前の兄さんは大久保大輔だいすけなのか?」

「そうだよ。ハッカーを捕まえるお仕事をしているの」

「知っている」

 だからこうして監視しているのだ。

 まだ彼らには知られていないことも多い。

 にも関わらず、彼女には知られてしまった。

「ふふ。でもわたしは秘密にしてあげるの。だって……」

 俺のことが好きだからか。

「ありがとう。お陰で助かるよ」

 操作を開始する俺。

「ふふ。一生涯絞り……いいや、一生涯幸せにしてあげるの」

「今日は帰ってくれないか? 忙しくなりそうだ」

「大丈夫。夕飯作って待っているね!」

「あ、ああ……」

 美柑の押しの強さにはまいってしまう。

 以前は飲み物を冷やすだけの冷蔵庫が、いつの間にか野菜やら肉やらが詰まっている。

 美柑が買いそろえてくれたのだ。

 食事の準備を始める美柑に感謝しつつも、パソコンを動かしていく。

 キーボードを叩くと、様々なデータが抽出されていく。

 その中には当然、笹原ささはら現総理のデータも入っている。

 笹原はじめ。ジオパングの首相であり、総理でもある。最高責任者。この国で一番偉い人。

 しかし、その実態を知る者は少ない。癒着、経費の改竄などなど。探せばいくらでもある。

 それをいかに隠して秘密にするかが、政治家の務めでもある。と考えている。結局のところ、そういったあくどい商売をしている政治家が多いのだ。

 笹原総理とて政治家の一人だ。その範疇に入っているはずなのに、そういった痕跡が見つからない。それは巧妙に隠しているか、あるいは本当にできた人なのか。

「ほら。夕食ができたの」

「ああ。ありがとう」

 ハッキングはそこそこに、机と向き合う。狭い部屋には机が一つとハッキング用のパソコンが二台、モニターが六台あり、かなりの圧迫感がある。

「おお。うまそうだな」

 ビーフシチューと分かると、急いでスプーンを手にする。

「どうなの? 仕事」

「ああ。そこそこだな」

 今はWNAEMの前準備ていどの情報しか手に入らないのだ。焦っても仕方ない。

「明後日からいよいよ、試験なの」

「ああ。その前に終わらせておきたい案件があるが……」

「仕事?」

「ああ」

「たっぷり稼いでほしいの!」

 なんだか、幸福感に包まれて今のままでいいんじゃないか、という気持ちになる。

 俺の実力ならどんなサイトでも簡単にアクセスすることができる。マスターキーはいくらでも盗める。そして、その痕跡もすぐに消せるのだ。

 あとはシステムの脆弱性ぜいじゃくせいを突っつけばいい。それだけだ。

「ごちそうさま」

 食事を終えるとすぐにパソコンに向き合う。片付けは美柑が行ってくれる。

 こんな日常がずっと続けばいいのに。

 そう思いながら、監視AIを走らせる。様々な角度から監視できるので、ハッキングには不可欠だ。

 焦るな。落ち着け。

 WNAEMが開催されるのは今度の金曜日だ。それまでに多くの情報を得る必要がある。

 そのための用意はしてある。それに一ノ瀬春海との勝負がある。これに勝てば、俺のいうことを聞いてもらえるだろう。


※※※


 私、一ノ瀬春海には隠し事がある。

 弟の一ノ瀬斗真の友だちを弟分にしているのである。そしてハッカーを行っていることも秘密なのだ。それは弟にも知らせていない。知っているのは鳴瀬なるせ颯真そうまくらいなものである。

「私も想うくらいしてもいいよね」

 そう言いながらキーボードを叩く。

「姉さん。ご飯できたって」

 斗真がノックをし、訊ねてくる。

「分かった。今いく」

 そう言いながらキーボードを叩いてデータを収集する。

 特に最近、颯真くんに恋人ができたという話題がある。それが気になり、仕事に手もつかない。

 昔から一緒だった。

 言葉にもならないほど、好きになってしまったのだ。

 ここジオパングは島国だ。狭い土地をうまく活かし、生活しているのだ。

 国民性なのか、あるいは戦時中における残酷なまでの勝敗があったからなのか、この国は一歩退いて歩くことが多い。謙虚と言えば聞こえはいいが、自信のなさ、優柔不断ととられてしまうのだ。

 しかし、アメリアでは謙虚さなど必要ない。その広大な土地に多数の民族が住んでいる。

 そう考えると、私の気持ちを隠すのも島国特有のものなのだろうか。それともただのヘタレだからか。

 とにもかくにも、私は自分の想いを隠したくなるのだ。

 勝負を持ちかけたのも、自分の心を知ってもらうためだ。そうやって追い詰めないと、私の気持ちはいつまで経っても決着をつけられないだろう。

 食卓に向かうと、斗真はいつも通り先に食事を進めている。

「姉さん。早く食べなよ。今日のカレーはうまいぞ」

「こら。今日も、でしょ!」

 母が叱りつけるのも、いつものこと。

「あ~。もう、いいや」

 バクバクと食べ始める春海。

 ダイエット中なのはここだけの内緒。

 でも、それだけで振り向いてくれる相手じゃない。

 食事を終えると、私は急いでパソコンに向き合う。そして颯真のパソコンにアクセスする。だが、すぐに修復プログラムが起動し、アクセスを受け付けなくなる。

 直後、メールが届く。

『どういうつもりだ?』

 こっちが覗き見ようとしているのがバレた。でもそれが狙いでもある。ちゃんと会話ができるから。

(ちょっとお話したくて)

 言えた。言っちゃった。

(どうしてだと思う?)

『さあ、分からんな。それよりも、今週のWNAEMは準備できているんだよな?』

(できているわよ。そりゃ)

 パソコン二台を持つ私にとってはたやすいことだった。

 モニターも四つあり、快適にハッキングができる。

『なら、もう分かっているんだよな』

(え……? なにが?)

『核攻撃の用意がある、と』

 私は慌ててハッキングを開始する。もちろんWNAEMのデータサーバーだ。

 AIが処理を開始し、全てのデータを洗い出す。

 そこには『ジオパンクへの核攻撃を行う用意がある』との文面を見つける。相手国はノースアーチ。すでに三十基近い核弾頭が本国のジオパンクに向けられている。

 外交筋をハッキングした限りでは、ジオパンクのトップはこのことを知らない。

 これはどうすればいい?

(守るにはどうしたらいい?)

『その気になったか』

(ええ。こんな風になるなんて思いもよらなかった)

 私と颯真がハッキングしていなければ、こんな強攻策を打ち出すこともしなかったかもしれない。

(アメリナは? アメリナはどうして介入してこないの?)

『今回の件はアメリナの一押しがあってのことらしい。無作為に人の秘密に触れてきた罰だそうだ』

(そ、そんな……)

 ショックで頭がおかしくなりそうだ。私の想いどころではない。核が飛び交う世界など、誰も望んでいないのだ。

 そもそも、私たちのせいで何万という人が死んでしまうのだ。あるいは国が滅ぶか。

『ショックを受けている暇があるのなら、手伝え』

(何をすればいい)

 ショックから立ち上がり、震える手でキーボードを打つ。

『まずは各国代表にリークしてくれ。俺は総理のパソコンに直接リークする。その上でノーストーチのパソコンにクラッキングする』

(そんなの無茶よ。できるわけないわ)

『やるしかないだろ』

(……そうね)

 分かったわ。ここまできて引き下がることなんてできない。

「私たちがなんとかしなくちゃいけないんだね」

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