第2話 ハッカーと同級生。

 第二南山椒さんしょう高等学校。

 総生徒数約360人の小さな高校だ。

 ここには面白おかしい噂話があるわけでも、生徒会が特別な力を持っているわけでもない。

 校舎の一階には科学室や保健室、職員室がある。

 二階には一年のクラスが、三階には二年のクラスが、四階には三年のクラスがある。四階にはPC教室もある。

 電子技術部という部活は主にPC教室を使っている。

 そこに所属するのが俺こと鳴瀬なるせ颯真そうま。それに大久保おおくぼ美柑みかん、一ノいちのせ斗真とうまが所属している。

「颯真。どうだった?」

 くすくすと笑う斗真に対して険しい顔をする美柑。

「やめなよ。そうやっていじるの」

「いや、だって全教科で赤点だぜ? いじられたくなかったら勉強をしろって」

「うるさいな。俺だって忙しいんだよ……」

 歯切れの悪い応えに、再びくすくすと笑う斗真。

「それにパソコンの授業だけは満点だぞ」

「ははは。それはいいな。颯真らしい」

「パソコンオタクだもの。颯真くんは」

「違いないな」

「否定できないね。俺のパソコンテクは並じゃないからな」

 パソコンできる俺かっこいいだろ?

 ふ。俺の手にかかれば、某国のセキュリティもたやすいのだ。でも、それは言わない。言えない。

 俺が伝説のハッカーと知られてしまえば、今後もこの力を活かして生きていけない。

 俺にできるのは情報のハッキングとリークだけだ。

「さて帰るか」

「わたしと一緒に帰らないの? 颯真」

「え。ああ、いいぞ」

「ホント! 良かったの~!」

 分かっていたが、美柑は俺に惚れているらしい。

 嬉しいが、むず痒い気分になる。

「へ、うらやましいじゃないか」

 斗真が吐き捨てるように呟き、一人先に帰る。

 帰り支度を整えると、俺は美柑と二人きりになる。

「帰るか」「うん!」

 弾んだ声音に、可愛いと思ってしまうのは俺だけか。いや違うだろ。

「今月のおこづかいがピンチなの~」

「そうか。なら少し出すか?」

「え! ホント!? 嬉しいの!」

「ああ。いいぞ。いくらだ?」

「一万円……」

「分かった。それくらいなら援助できるぞ」

「ありがと!」

 俺は財布から一万円札を差し出すと、美柑は嬉しそうに受け取る。

 その弾んだ声音に、やはり可愛いと思ってしまうのだ。

「そろそろわたしを颯真の家に案内してほしいの」

「あー。いいけど汚いぞ?」

「いいよ。わたしが片付けてあげるから大丈夫なの」

「そうか。そうだな」

 俺が納得すると、俺の家に案内する。

 駅前のマンション二階にある部屋に案内する。

 その中には大量のゴミが散乱している。カップ麺や味噌汁のカップがそのまま捨ててある。

 その汚さに圧倒されたのか、汗を垂らす美柑。

「だ、大丈夫だよ。わたしはこのくらいで揺らがないからなの!」

 気合いを入れ直すと、手袋とゴミ袋を装備する美柑。そして恐る恐る手を伸ばす。

「きゃっ!」

 影から虫が飛び出したのか、可愛い悲鳴をあげる美柑。

「なんだ。ゴキブリか」

 俺は素手で捕まえると、殺虫スプレーを振りかける。

「ず、ずいぶんと手慣れているの」

「こいつはしょっちゅう湧いてくるからな」

「ふ、ふーん。すごいんだね。わたしにはできないの」

「そうか? そうか……」

 褒められたのか分からず一考してしまう。

 後は手早く片付けを始める美柑。ゴキブリは俺が退治していく。

 しかし、ゴキブリが出る度に驚きの声をあげる美柑が可愛い。

 最後にパソコンのある部屋にたどり着くと、美柑が「へぇ~」と声をあげる。モニターが六つと、パソコン本体が二つある部屋だ。

「これで仕事でもしているの?」

「まあ、そんなところだ」

「そっか。すごいね!」

「ああ。すごいだろ?」

 美柑には話してあるが、俺はパソコン関係の仕事でお金を稼いでいる設定になっている。

 間違いではないが、実際には非合法の稼ぎではある。そのことを知らないのだ。

「普段の様子を見せてほしいの!」

「え。いやそれは……」

「ダメ、なの……?」

 潤んだ瞳で訴えかけてくる美柑。

「いや、いいぞ」

 俺はパソコンにとりつくと、動かし始める。

「これがJAVAプログラミングだ」

 そう言ってゲームを起動してみせる。

「へぇ~! すご~い!」

 実際にプログラミングができるので問題はない。だが、それは副職だ。それだけで稼いでいるわけじゃないのだ。

「これでお金になるの~」

「そう言えば美柑は就職するのか? それとも進学か?」

「えへへへ。それは秘密だよ。そう言う颯真はどうなの?」

「俺はこのまま大学へ進学かな?」

「そう。なら、わたしも進学なの!」

 やはりチョロい。

 同じ大学に進学するのは、俺に気がある証拠だ。

 やはり格好いい人間に惹かれるのが人間というものだ。特に異性に対してはそうなるのだろう。

 自然と口角が上がってしまう。

「どうしたの? 面白いことでもあったの?」

「いや、なんでもない。美柑と同じ大学に進めると思うと嬉しいだけだ」

「え……」


「……?」

 ずいぶんと間があるな。

「そ、そうなんだ! わたしも嬉しいの~!」

 複雑そうな顔をしている美柑。

 何か、あったのかと思う。

 もしかしたら俺の点数の低さから、進学できるのか不安に思っているのかもしれない。

「安心しろ。ちゃんと勉強して、進学してみせる」

 そう言うと、勉強のプログラムを起動させる。

「うん。分かったの!」

 華やいだ笑顔を見せる美柑。

 胸がドキドキするのは気のせいじゃない。俺は美柑に恋をしているのだ。

 見た目は明るい色の髪に、すらりと伸びた足。華奢な身体に、白い肌。可愛い顔立ちにどんな男でもイチコロになってしまいそうだ。

「そう言えば、今月末のテストに向けて勉強しているの?」

「!? していないな」

「ダメだよ。進学するのなら勉強をしないと!」

「そ、そうだな」

 マズい。

 今月末はちょうど、WNAEMの会談がある。そこで俺と一ノ瀬春海との対戦がある。

 日付が一致してしまうのは、非常にマズい。

「いや、その日には仕事がある」

「仕事? でも、そろそろ勉強しないとマズいなの!」

「そ、そうだな。やっておくよ」

「ダメ! わたしと一緒に勉強するの!」

「分かった。分かったから落ち着け」

「今日、今からでも勉強しないと!」

「ああ。分かった。そうしよう」

 美柑が片付けを終えると、二人っきりで勉強会を始めるのだった。

 美柑の手ほどきは勉強のコツを教えてくれるもので、地頭の良い俺はすぐにのみ込み始めた。

 勉強会を始めて一週間後。

 残り一週間でWNAEMの会談がある。

 常に監視しているのだから、動きがあればデータ収集ができるはずだ。

 ピッと電子音が鳴る。


※※※


 二人の男女が車の中でノートパソコンを開く。

「しかし、どうなっているんですかね」

「何がだ?」

 女の独り言に、疑問を浮かべる男。

「このデータですよ。どんな作業をすれば一分でこんなにたくさんのデータを引き出せるんですか?」

 佐倉が驚きの声をあげる。

「おれにも分からん。だができているんだからしかたない」

「仕方ないって……」

 大久保の隣でうねる佐倉であった。

 引き抜かれた情報は、一時間に換算するといちTテラほどだ。こんなにデータを引き出したら、パソコンがデータを抱えきれなくなるはずだが、こいつはデータをいくつかのパソコンに配ることで、メモリを圧迫することなく、スムーズにデータを引き出している。

 それにこれは〝ハウンド〟の仕業と似ている。だが、ハウンドとは別に〝ルプス〟と呼ばれたハッカーがいるのをおれは知っている。

 二人とも頭はいいが、バカだ。

 この二人がいるだけで全ての情報戦に勝てるほどなのに、やっていることはせこい小遣い稼ぎだけだ。

 社会を知らない子どものような印象を受ける。

 国家を揺るがしかねないので、どちらもうちの捜査官が調べているが、その尻尾すらつかめていないのだ。

 焦りもする。

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