第71話:「お、お姫様なんて柄じゃないけど……!」

「おはよ、勘太郎かんたろう


「おお……」


 眠い目をこすりながら階段をおりると、制服姿の芽衣めいが洗面所の方からリビングへと来たところだった。昨日の寝ぼけた女の子はどこへやら、しゃきっと爽やかである。どうやらアラームはちゃんと作動したらしい。良かった。


「ねむそうだね? 眠れなかった?」


「誰の……」


 せいだ、といいかけて口をつぐむ。


「『誰の』って?」


「……まあ、月曜の朝はこんなもんだよ。芽衣はずいぶん回復したようで何より」


 おれが皮肉ひにくというわけではないがちょっと付け加えると、芽衣が頬をかく。


「ああー……それなんだけど、もしかして勘太郎、昨日あたしのことベッドまで運んでくれた……?」


 運ぶ……?


「運ぶって、お姫様抱っこみたいなこと?」


「お、お姫様なんてがらじゃないけど……! ま、まあ意味合いとしてはそんな感じ……」


 真面目まじめすぎる芽衣にちょっと吹き出しそうになる。そこのディテールはどうでもいいんだけどな。


「いや、芽衣をお姫様抱っこするほど力ねえし」


「あたしの体重の話してる……?」


 芽衣がじろりとにらんでくるので肩をすくめてみせた。


「おれの腕力わんりょくの話してんだよ。とにかく運んでねえよ」


 ……まあ、れてったけど。そう思うと、どうでもいいけど『運』と『連』、漢字が似てるな。


「そっかあ……。実はあたし、昨日、いつどうやってベッドに入ったか覚えてないんだよね。でも、目覚ましもかけてたしスマホも充電してたしコンタクトも外してたし……。寝ぼけながらも頑張ったのか、あたし……」


「そうなんじゃないの?」


 唇をひき結んであごに指を添えてうーんと唸る芽衣に肯定の声をかけてやった。自分があんな状態になっていたことを教えたらきっと恥ずかしがるだろう。ていうかその時の芽衣を真顔でどんなだったか説明できる自信もないし。


「勘太郎? なんか顔赤くない?」


 ……顔に出てたか。とりあえずそれとなく誤魔化す作戦だ。


「いや、別に。おれが風呂出たらソファに横になってたとこまでは見たよ」


「えっ、嘘!」


 芽衣が目を丸くする。


「本当だよ。ほっておいて自分の部屋に戻ったけど」


「……うそだ」


 今度は目を細める。


 芽衣は感情表現の方法が豊かだなあ……。


 ていうか。


「何がうそ?」


「だって、勘太郎はあたしのこと放っておいたりしないもん」


「いや、そんなこと言われても……」


 じぃっとこちらを見上げてくる視線が痛いやら恥ずかしいやらくすぐったいやら……。


「ねえ、勘太郎、本当は昨日……」


「……シャワー入りますね」


 決定的なことを言われる前にと思って歩み出すと、スウェットのすそを両手できゅうっと掴まれる。


「芽衣さん、ユニクロで買ったスウェットが伸びるんですけど……」


 振り返るが、芽衣はうつむいていて顔は見えない。


「うっわぁ……。じゃあ、つまり、そういうことじゃん……」


「芽衣?」


 くぐもった声が聞こえてくる。


「勘太郎がコンタクトも外してくれて、アラームも設定してくれて、充電もしてくれて、やっぱりベッドまで運んでくれたんだ……!」


「いや、だから……」


「コンタクト、どうやって外したの? あたしの目に指入れた?」


「自分で外してたよ……」


 これは本当だ。おれはティッシュにくるんで捨てただけ。


「じゃあ、ベッドには、どうやって……」


「……自分で歩いてたよ」


「本当?」


「うん」


 おれは芽衣のきれいなつむじを見ながら答える。どんな表情をしてるんだか。


「その……勘太郎の……手とか……繋いだりとか……してない……?」


「……階段、危なかったから」


「やっぱり……」


 実質肯定しているその言葉に芽衣がへにゃりとうずくまる。


「いや、別にそんな大したことでは……」


「うわあ……だらしないところを見られちゃったあ……」


「いや、それこそ長い付き合いだし……」


 芽衣は顔を真っ赤にしてうるんだ瞳でこちらを見上げる。


「ほんと? 嫌いにならない?」


「ならねえよ……」


 逆にどれだけ心のせまいやつだと思われてるんだ。


「ほら、立って。学校行くんだろ?」


「分かった……」


 おれが手を差し伸べると、それを掴んで立ち上がる。それはいいのか。


「えっと、勘太郎は今日は七海ちゃんとデートだから買い物とかは別だよね? まあ、どちらにしても昨日おばさんが買い物言ってくれたみたいで特に買うものもなさそうだけど……。あたし、先に家に帰ってるかもだけど、秋ヶ瀬あきがせ駅に着いたら連絡くれたら嬉しいかも……」


「ええ、ああ、うん……?」


 デートであることを否定する間も無くつらつらと何か言い続けている。


「そ、それじゃ、あたし、先に行くね……」


「おう……、いってらっしゃい」


「うん、いってきます……!」


 恥ずかしそうに家を出て行く芽衣。


 っていうか。


「そういう一緒に住んでる感アリアリのやりとりの方がよっぽど危険なんだけどな……」

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