第67話:「勘太郎、上、脱いで」

勘太郎かんたろううえいで」


 芽衣めいの口から謎に積極的な発言が飛び出したのは、いろいろなお店を回って結局、一番最初の、小沼おぬま兄妹きょうだい遭遇そうぐした店に戻ってきてから数分後のことだ。


 あの二人は目当てのものを見つけられたんだろうか、まだあそこに『Everyday is good!』のパーカーは吊り下がってるけど……などとぼんやりと考えていると、芽衣が真顔で詰め寄ってきた。


「……え? ここで?」


「ここでに決まってるじゃん。他にどこが?」


「い、家とか?」


「はあ……?」


 真顔があきれ顔に変わる。


「何言ってるのかよくわかんないけど、とりあえず、これ」


 そう言って差し出されたのは前がくタイプの赤いパーカー。胸元に小さくヘッドフォンのイラストのワッペンがついている。


「ああ、そういうことか……」


 要するに、上(着)を脱いでその代わりにこのパーカーを試着してみろということなのだろう。


「なんだと思ってたの?」


「なんだろう、と思ってた」


「……いやらしい」


「うん……そうね……」


 ジトっと見られて、残念ながらうなずかざるを得ない。ごめんね芽衣ちゃん……。


 おれが昨日きのう着てたのと同じカーキ色のコートを脱ぐと、


「ん」


 と両腕を差し出してくる。


 ハグを求めているようにも見えるその動作どうさ意図いとが読み取れずほけーっとみていると、


「……コート持ってあげるから貸して、そんでパーカー取って」


 と説明してくれた。


「ああ、そういうこと……」


「な、なんなの。このお店にきてからいきなり思考しこう能力低下してない?」


「いや、たまたまだよ……」


 芽衣に脱衣だついめいじられた衝撃しょおうげきあとを引いているらしい。おれも自分で自分にあきれながら、芽衣に言われた通りにする。


 受け取った赤いパーカーを着てみて鏡に向かうと。


「うん、やっぱり良い感じだね!」


 鏡の中で、おれのコートを抱きかかえた芽衣が満足げにうなずく。おれはどちらかといえばコートを抱きかかえてくれてるのがなんだか嬉しくてそっちに目がいってしまった。


「勘太郎?」


「あ、ああ……赤いの、目立ち過ぎないか?」


 いぶかしげな視線を向けられて、とりあえず思いついた感想をぼそぼそとつぶやいた。


「んー、そう?」


「うん、戦隊モノのリーダーみたいっていうか……」


「あはは、そんなことはないけど。でもまあ、気になるならさ」


 苦笑いした芽衣はそう言って、おれのコートを広げておれの背中側に回る。パーカーの上からコート着てみろということらしい。


「うんうん。そんで、フードを出します」


 おれがそでを通している間にかいがいしく動いてくれる芽衣。


「ほう……」


「わあ……! これでどう?」


 かがみし、芽衣がやけに瞳をきらきらさせてこちらをみてくる。それこそ、今日イチの笑顔だ。でも……。


「……いや、緑に赤のこの配色はいしょく……」


「可愛いよー?」


 にひひ、と笑う芽衣。


「可愛い、でいいのか? それ褒め言葉?」


「あはは、かっこいいかっこいい」


 本当に、この人は……。でもこんなに芽衣が嬉しそうにしている理由は一目瞭然いちもくりょうぜんだ。


「……芽衣は、クリスマスが本当に好きだな」


「うん、大好き!」


 おれのクリスマスカラーになったコーディネートを見ながら無邪気むじゃきに笑うその顔を見て、おれはコートとパーカーを脱ぐ。


「あれ、だめだった……?」


 少し残念そうにする芽衣を横目におれは歩き出した。


「いや、買ってくる」


「ほんと!?」


 歩きながらチラリと値段をみると、4800円+税。


 税込で建前たてまえの予算の5000円すら超えるけど、まあ、芽衣の笑顔が見られるなら安いもんか。


 ……いや、安くはないけどさすがに今戻したらカッコつかないもんなあ……。





「日が短くなったねえ……」


 散々歩き回ってなんとか一着いっちゃく見つけたおれたちは、一夏町ひとなつちょう駅へ向かう線路沿いの道を歩いていた。


「そうだな、まだ5時なのに、もう真っ暗」


「ね」


 ほおーっと芽衣が息を吐いて、


「ほら、白いよ」


 と笑う。


 街頭がいとうに照らされて、その鼻の頭が少し赤くなっているのが見える。


「芽衣」


「ん?」


 おれは、手提てさげ袋からものを取り出す。

 

「……これ」


「へ?」


「着ろよ」


 そして、赤いパーカーを芽衣になかば押し付けるように差し出した。


「え。でも、これ、今買ったばかりじゃ……」


「いいから。寒いんだろ?」


「どうして……?」


あかぱなだから」


「うそ」


 芽衣が鼻を両手で隠す。


 芽衣は昔から、寒いと鼻がまず赤くなる。


 芽衣の両親がよくからかっていて、芽衣がいじけていたのでよく覚えている。中学を卒業して反抗期を終えたあたりからは、可愛がられてるだけだと気づいたみたいで、別にそのことをなんともいわなくなったが。


「隠さなくていいって」


「……なんで」


「何百回も見てるから。ほら」


 受け取られずに宙ぶらりんになったパーカーが気まずくて、おれはそっと芽衣の背中側からパーカーを半強制的に羽織はおらせる。


「う、うん……ありがと……」


 内側から襟元えりもとき合わせる芽衣。


「ちゃんと腕通して良いから」


「わかった……!」


 うつむき気味に芽衣が腕を通して、前のチャックを全部閉じた。


「……そで、余っちゃってるんだけど」


 そでを通り越して完全に隠れた手元を見せながら言ってくる。


「手袋ないからちょうどいいだろ」


「……値札まだついてるんだけど」


「新品だって分かっていいだろ」


 照れ隠しなのかなんなのか、ぼそぼそと文句を言ってくるのでおれもとりあえず言い返してみた。


「……予算オーバーしてるんだけど」


「欲しかったんだからいいだろ」


 芽衣があんなに目をキラキラさせたせいだ。


「……ばか」


「……なんだよ」


 おれがジト目を作って芽衣の方を見ようとすると同時、隠れるようにささっとフードをかぶる芽衣。


「……今の顔、見ないで欲しいんだけど」


「……はいはい」


 それでもちらっと見えてしまった横顔は、鼻先だけじゃなくてその頬まで、パーカーと同じ色をしていた。


「……あったかいっていうか、なんかちょっとあついんだけど……」

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