第62話:「幼馴染とはなんたるかを考えているんです」

「はじめまして、小佐田おさだ菜摘なつみと申します!」


 そう名乗った彼女は栗色のショートカットの髪を揺らして快活に笑う。


「おお、はじめまして……!」


 見たところ年下のようだが、初対面の相手にもまったく物怖ものおじしないその態度に驚く。かといって生意気なまいきだったり距離を詰めてきすぎて不快と言うこともまったくなく、好印象だ。


 うちの親含めて大人のよくいう、『人のふところに入るのがうまい』ってこういうことなのかもしれない。


 いや、でも、この人赤崎あかさきのいとこか……。赤崎は赤崎で演技力やばいし、この子も何か想像もつかない裏があるのかもしれない。油断しない方がいいな……。


「勘太郎くんのその表情は何……? なんか失礼な目をして私を見てない?」


 おれが気を引き締めるべく赤崎の方を見ていると、呆れたような目で見返してくる。


「いや別に、赤崎のいとこにしてはちょっとキャラが違く見えるなあと思って」


 意図いとを少しぼかした言葉を選んで答えた。


「大丈夫。なっちゃんは、ちゃんと良い子だから。まあ、裏がないとは言わないけど……。いや、というか私も別に悪い子じゃないんだけどな……?」


「悪い子じゃないけど悪女あくじょではあるだろ」


「ひどいなあ、もう。怒るよー?」


 上目遣いであざとく頬を膨らませる赤崎。そういうとこだよ……。


「それで、勘太郎くんは一人?」


「えーっと……」


 表情を戻した赤崎の質問におれはつい目を泳がせる。


 今を乗り切るだけなら一人ということにしておいた方がいい気もするが、このかんにトイレから芽衣めいが帰ってきたりとか、この後買い物を続けている間に再会しちゃったりした場合、むしろ嘘をついている方がバツの悪いことになりそうだ。


「……実は、芽衣と」


「へ、芽衣ちゃんと……?」


 赤崎の目が丸くなる。おれは芽衣の印象を落とすわけにもいかないので、すぐに弁解を追いかけさせた。


「って言っても、芽衣が思わせぶりな態度を取ってるとかじゃなくて、おれが頼みこんで拝み倒して一緒にきてもらってるだけだから」


「へえ、勘太郎くん、やることはちゃんとやってるんだね……!」


「なんだそれ?」


 思ってなかった反応が返ってきて、今度はおれが眉をひそめる。


「ううん、芽衣ちゃんへのアタックはめてないんだなって。感心感心。私のサポートも要らなくなるかなー」


 サポートっていうのは、赤崎と別れた後にしてくれると言ってるやつのことだろうか。それはどちらにせよ要らないというかされても付き合えないわけだが……。


「ななちゃん、芽衣さんというかたは……?」


 話に置いてけぼりになってしまった小佐田さんが赤崎に質問した。


「ああ、えっと……おれの幼馴染」


「幼馴染!!!!」


 赤崎に任せるとなんと説明されるか分かったものではないのでおれが教えてやると、小佐田さんは瞳をぱぁぁっと輝かせて見上げてきた。


「あ、うん……」


 たじろぐおれを見て赤崎がため息をつく。


「はあ……ごめんね勘太郎くん、この子、幼馴染の恋バナが好きで……」


「幼馴染の恋バナ……?」


「はい、お恥ずかしながら……」


 と照れたように返してくる小佐田さん。


「えっと……恋バナが好きなんじゃなくて? 幼馴染の限定ってこと?」


 世の中には不思議な嗜好しこうの人がいるものだな……?


「はい、幼馴染だけというとちょっと語弊ごへいがあるというか他の関係性にもそれぞれ魅力やとうとさがあるとは思うのですが、専門分野としては幼馴染なんです」


「専門分野……? そんな研究者みたいな」


 おれが半笑いでツッコミを入れると赤崎が諦めたみたいに首を横に振る。


「なっちゃんは研究者なんだよ、勘太郎くん」


「ええ、言っちゃうの!?」


 小佐田さんが驚いたように身体をねさせる。


「言っちゃうも何も今ほとんど自分で言ってたでしょう……? なっちゃんは幼馴染の研究をしているの」


「研究? あれ、もしかして大学生でしたか?」


「いえ、高校一年生です」


 見た目で判断してタメぐちをきいていたのはかなりまずかったのでは、と慌てて尋ねてみると、すん、と真顔で返ってくる。


「ああ、良かった……。いやいや、よくないよ。なに、幼馴染研究って?」


「幼馴染についての研究ノートや実習課題を書き溜めて、理想の幼馴染シチュとか幼馴染とはなんたるかを考えているんです」


「実習課題……?」


 ぽんぽん疑問が生まれてくる。なにこれ、おれが悪いのか?


「わたし、漫画や小説なんかで使われている幼馴染っぽいシチュエーションを実行してみて、実際にどんな風に感じるかとか、本当に幼馴染はそういう行動を取りそうか、とかを調べるんですけど、その課題が実習課題ですっ!」


「はあ……?」


 おれがなおも理解できずに首を傾げると、小佐田さんがすぅ……と息を吸い込む。


「例えば、『他の人のことは名字でしか呼ばないのにお互いのことを下の名前で呼ぶ』『お互いの家でご飯を食べる』『風邪を引いた時に看病する』『お互いの家の合鍵を持ってる』『朝、家まで迎えにきて起こしてくれる』『学校で「夫婦」と冷やかされて「腐れ縁です!」と二人で異口いく同音どうおんに返して「息ぴったり〜!」ともっと冷やかされる』『昔ちょっとしたきっかけでもらった文房具を今でも大事に持っている』『小さい頃にガキ大将的な人にいじめられている女の子を男の子が助けたことを引き合いに出して、「昔はかっこよかったのにねー?」とニヤニヤとからかって男の子が「……うっせ」と言う』『相手の男の子のことが好きな別の女の子が相手の男の子にお弁当を作ってくるんだけど、そのお弁当の中に入ってるエビがアレルギーだって知ってて、あーんするところを「食べちゃだめ!」って必死で止めちゃって変な空気になっちゃう』『なんとなく疎遠そえんになって話さなくなったけど、実はお互いに好きなままで、そんなある日相手の女の子が告白されてるのを聞いて心がモヤモヤしてる時にたまたま家の近くのコンビニでばったり会っちゃって「お前、ハルキ先輩に告白されたらしいじゃん」なんて中途半端に触れるものの、女の子も素直じゃなく「……別にあんたに関係ないでしょ」とか言っちゃってぎくしゃくするんだけど、レジでお会計も済ませた帰り際「な、なあ」「……何?」「おれ、お前のこと……」「……は? 何?」「いや……」「煮え切らないなあ、何か言いたいことあるならハッキリ言えば?」「おれに、そんな資格ないかもしれないけど、でも……」「……でも?」「……おれじゃダメか?」「え……?」「いや、その、ハルキ先輩良い人だし優しいし、多分、お前の悪いところとかも全部受け止めてくれるだろうし、おれと付き合っても喧嘩するばかりだろうし、ムカつかせるだろうし、こんなことになるまで告白できなくてうじうじしてるようなやつだけど……」「……悪いことしか言ってないんだけど」「でも!」「ん?」「……でも、おれはお前が好きなうまい棒の味知ってるし、お前が好きなガリガリ君の味も知ってるし、」「いや、そんなの……」「お前が嘘ついたら分かるし、お前の辛い時は分かってやれるし、何より」「……何より?」「……おれは、お前を怒らせることはあっても、傷つけることは絶対にしないから」「……!!」的な会話を交わして結局付き合う』あとは……」


「はい。了解しました。ありがとうございました」


 人は、自分の理解を超越したものが目の前に現れると、防衛本能からか理解をしようとすること自体を諦めるらしいということを学んだ。おれには無理だ。よっぽど包容力ほうようりょくのある人じゃないと耐えきれないだろこんなの……。怖いよ小佐田さん……。


「はっ、わたし、ななちゃんと話してたばかりだからスイッチが……。すみません……」


「赤崎とはこういう話するんだ?」


 頭を下げる小佐田さんに苦笑いだけど笑いかけると、


「はい、今日も研究成果をななちゃんに聞かせるために……」


 と説明をしてくれた。


「えっと、いつもこれを……?」


 おれが戦慄せんりつして赤崎をみると。


「……聞かされてるの」


「へえ、『聞かされてる』んだ……?」


「そ、そう……」


 ジト目で小佐田さんが赤崎をみて、赤崎がその視線をかわすと、そこに誰かを見つけたらしい。


「あ、芽衣ちゃん」


 振り返ると、ぎくりと肩をはねさせる芽衣。


「こ、こんにちは七海ななみちゃん……! 勘太郎、これはどういう……?」


「えーっと……、今おれが芽衣に頼み込んでショッピングに付き合ってもらってるって話をしてたところ。この人は赤崎のいとこの小佐田菜摘さんだって」


「はあ……」


 おれが口裏を合わせやすいようにやや説明口調で話すと。


「あの!」


 戸惑とまどいつつも理解しようと顔をしかめる芽衣に、小佐田さんが挙手をする。

 

「もしよろしければ、お二人のお話を聞かせていただけませんか?」

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