第45話:「……幼馴染、いるの」
「何階」
エレベーターのドアが閉まっていくと同時、ボタン盤の前に立った制服姿の金髪女子がボソリと口からこぼした。
「え?」
「何階かって聞いてんの」
ああ……質問してたのか。そういえばこの間一緒にいた彼が『これ怒ってるわけじゃなくて質問してます。語尾上がってないのでわかりづらいんですけど……』と言っていた。本当に怒ってないのかなあ……。
「えっと……7階」
と言いながら見るとすでに7階のボタンは点灯しているみたいだった。
「
「うん。つーか、うちの名前なんかよく覚えてるね」
「まあ……。あ、おれは
「うん」
その回答と表情からは、波須さんもおれの名前を覚えてくれていたのかどうかはちょっと読み取れない。いや、多分覚えてないだろうけど。
おれは人の名前とか言ってたこととかを割と覚えている
この間、
その波須さんと偶然にも池袋パルコのエレベーターでふたりきり、という状況である。
「……えっと、この間はギターの
「別にうちが持ってたわけじゃないし。
伝えてくれるのか、
「ああ、ありがとう……。ていうか、小沼君が持ってたのも2人のバンドのギターの人が天然だったかららしいし、ギターの人がそういう性格で助かったなー、なんて……」
「……チッ」
あれ、舌打ちされた……? 冗談言ったつもりだったんだけど……。
「あ、そ、それで、おれもギターの弦を常備しておこうと思って、それで今日は楽器屋に来たんだよね」
「へえ」
……なんだよ気まずいよこのエレベーター。早く7階についてくれ……。
「つーか私服じゃん。今日、学校ないの」
エレベーターの速度を
「ああ、うん……! 今日は土曜だから休み。あれ、でもそっか、波須さんたちの高校は私立だから今日学校あるのか。それで制服?」
「そう」
「じゃあ学校帰りなんだ。小沼君は今日は一緒じゃないの?」
「……」
無言! この人何が地雷か分からないし、地雷を踏んだかも表情がないから判別できなくてこええよ……!
「ま、まあ、別に幼馴染だからって毎日一緒には帰らないよなあー……。おれなんか行きも帰りも一緒にならないしなー」
なんとなく寄り添ってる
ちょうど、エレベーターが止まり、扉が開く。
ふう、これでこの気づまりな空気ともさよならだ……。
「……幼馴染、いるの」
「え?」
おれがエレベーターの外へ歩み出そうとすると、波須さんがまた何かつぶやいた。
「幼馴染がいるのかって聞いてんだけど」
「ああ、うん……」
語尾が上がらないから質問かどうかよく分からないんだよなあ……。
「高校一緒なの」
「高校どころか、小学校も中学校も一緒だよ」
「……うちと拓人もそう」
「そうなんだ……」
波須さんが最後のおれの苦しまぎれの一言に食いついてくれた結果、エレベーターの中だけの付き合いだったはずが楽器屋を並んで歩く感じになる。
「ギターの弦、こっち」
案内までしてくれてるし……。
「ああ、うん、ありがとう……。波須さんは何を買いに来たの?」
「ベースの弦とメトロノームと、あとなんか」
「『あとなんか』……?」
ベースの弦はギターの弦と同じところに置いてあったので、必然的に、波須さんも同じ弦のコーナーに向かうことになった。
「ベースの弦、替えるの? 切れたとか?」
「ううん、まだ替えない」
「じゃあ、常備しておく用って感じ?」
この間小沼君も言ってた通り、ベースの弦はそう簡単には切れないだろうけど。
「いや、拓人に持たせる」
「なんのために……?」
「うちのベースの弦が切れた時に出させる」
いや、それは自分で持っておけばいいんじゃ……? と思ったが、もはや波須さんが
「それにしても、メトロノームわざわざ買うんだ。専門的だなあ」
「どういう意味」
ちなみにメトロノームとは、テンポを刻んでくれる機械のことだ。アナログだと上向きの振り子みたいなのが一般的だろうけど、今はデジタルのメトロノームも色々売ってるみたいだし、何よりスマホ世代のおれたちには。
「無料のアプリとかであるじゃん。あれだとだめなの?」
「あれはあまりおすすめじゃない」
波須さんはそっと首を横に振る。
「え? そうなの? どうして? 別にどっちも機械じゃん」
「音が太すぎて、
「音が太すぎて、
ついつい全部繰り返してしまう。
すると、波須さんは無表情のまま、ちょっと困ったように眉をひそめてから、説明してくれる。
「だから、なんつーの……。
「ああ、そういうことか……?」
かなりややこしい説明だったしおれも理解出来てるか分からないが、とにかく
それにしても、こんなおれの
「ていうか波須さん、そんなこと知っててすげえな……」
小沼君といい波須さんといい、このバンドの人はちょっと話しただけでも音楽のことを
「別に。拓人が教えてくれただけ」
「そうなんだ……。小沼君はなんでも知ってるな」
「拓人は、知ってるよ」
「お、おう……」
そして波須さんは、小沼君の話をしてくる時だけ誇らしげなのがほんの少し表情に出る。
「じゃあ、おれはこれで。案内してくれてありがとう」
おれがお目当てのギターの弦を取ってレジの方に立ち去ろうとすると。
「ちょっと待って」
「ん?」
呼び止められて、振り返ると、波須さんは無表情でまごついている。逆に器用だな。
「その、なんつーか……」
「どうしたの?」
ややあって、
「あのさ、ギター
と、質問してきた。(質問であってる?)
「何って……? プレゼントとかってこと?」
「うん」
こくり、とうなずく波須さん。
「なんだろう……ピックとか、弦を拭くための
「クロス……なるほど」
他にも色々言ったが、彼女にはクロスがピンと来たらしい。
「バンドメンバー?」
「何が」
「いや、プレゼントする相手が……」
それは話の流れで分かってよ。
「……別に」
それで、別にってなんだよ。
「その人の誕生日かなんかなのか?」
「あの女の誕生日なんか知らないし」
「へー……」
まあ、なんでもいいんだけど。波須さんのバンドのギターの人は女性だということは分かった。この間もそんなこと言ってた気がする。
「でも、とりあえず参考にする。ありがとう。じゃあ」
最後にお礼を言われながら、おれはプレゼントの話でふと思い出していた。
「あのさ、波須さん」
「……何」
「ここらへんで、女子が喜んでくれそうなものを売ってる雑貨屋とかって知ってる?」
波須さんは少し目を細める。
「……誰へのプレゼント」
「幼馴染……だけど……?」
「……うん、教えてあげる。何系がいいの」
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