第44話:「あまり危うい発言繰り返してると、どうなっても知らないからね?」

「いやー、食った食った……!」


 ぽんぽんとお腹を叩きながら店を出る。


勘太郎かんたろうくん、おじさんみたい」


 赤崎あかさきがあははと笑いながら、おれの真似まねをするみたいに自分の脇腹をてちてちと叩いてみせた。


「自分だってかなり食っただろ」


「勘太郎くんにたくさん食べさせられたんだよ。味玉とかチャーシューとか乗せてきてさあ……。お会計の時、お店の人戸惑ってたじゃん」


「ああ……」


 おれが味玉とチャーシューの分だけ赤崎のを払うとか言うから、笑顔の店員さんの頭上ずじょうにも一回ハテナが浮かんでいた。


 赤崎が「私が特盛の方払います。彼がトッピング付きの方を払います」と助け舟を出してくれたのですぐに解決したのだが。特盛も並盛も値段一緒だから、たしかにそれでいいんだよな。


「でも、トッピングは赤崎も喜んでたじゃんか」


「うん、美味おいしかったしね。あと、七海ななみね?」


「それ休日もやるのか……?」


「『休日も』って、平日はちゃんとやってるみたいな顔しないでよ」


 あきれ顔でこちらをみてから、ふふ、と吹き出した。


「なんてね。まあ、とにかくつけ麺は美味しかったし、勘太郎くんとのプチデートは楽しかったよ。連れてきてくれてありがとう」


「だから、デートじゃないっての」


 やけに素直な笑顔を向けられてなんとなく気恥ずかしくなり、とりあえず否定だけした。


「そういえば、髪、結んだままでいいのか? 跡がつく、とかそういうのないの?」


「髪? ああ、これね。まあ、せっかく結んだし今日はこのままでいいや」


「ふーん、そんなもんか」


 ずっとそばにいる誰かさんは小さい頃から髪を長くしていたことがなかったので、通常どんな感じで対処してるものなのかよく分からない。


「……大事な彼女のうなじを道ゆく他の男に見せたくないと勘太郎くんが御所望ごしょもうであればほどいて帰るけど?」


御所望ごしょもうなわけねえだろ」


 ニヤニヤとこっちを見上げてくる赤崎をあきれ目で見返す。


「相変わらずつれないねー。それじゃあ、私はちょっと寄りたいお店があるのでここで」


「おお、分かった。何の店行くの?」


「秘密です。どうして? 一緒に行きたいの?」


 意外そうに首をかしげてくる。


「いや、どちらかというとかぶらないように。おれこれから楽器屋行くから、もし赤崎の行き先が楽器屋だったら時間ずらすなりしなきゃなーと思って」


 おれがそう言うと、赤崎は深くため息をついた。


「はあー……。君という人は一貫しているというか、直立不動でなびかないにもほどがあるというか……」


「なんだよ……?」


「……もう。ちょっとくらい仲良くなった気がしたんだけどなあ」


 赤崎はねたように口を尖らせてぷすーと空気を逃す。赤崎にしては子供っぽい仕草しぐさに苦笑いした。


「はは……いや、まあ、どちらかというと、仲良くなってきてるから心配というか心配かけそうというか、そう言う感じなんだけど」


「へ?」


 頬をかきながら伝えると、今度は赤崎は目を丸くして頓狂とんきょうな声をあげた。


「……なんでもない」


 静かに撤回てっかいする。こんなのは、かなり思い上がった発言だ。赤崎に対しても、芽衣めいに対しても。


「勘太郎くん、今のはどう言う意味ですか?」


「なんでもないってば」


「ふーん……? まあいいけど」


 一往復いちおうふく見逃みのがしてくれた赤崎はやっぱりなかなかに大人かもしれない。


「とりあえず、楽器屋じゃないから心配しなくても大丈夫だよ」


「そっか。それにしても楽器持ってこれから買い物大変だな。重いだろ? 吹きもしなかったのに気の毒に」


 赤崎の手元にある黒い箱を指差ゆびさしていうと、赤崎も苦笑いする。


「あー……そうなんだよね。私たちもスタジオに楽器預ければよかったよね」


「まあ仕方ないだろ。トランペット2つとギター2つだとスタジオの店員さんからしたらどんなダブル……」


 デートだよって感じだし、と言いかけて、これは失言しつげんだと口をつぐんだ。が、時すでにおそし。


「……デートって認めたね?」


「認めてないっての……。あくまで店員さんからみた時にってだけ」


「勘太郎くん、あまりあやうい発言繰り返してると、どうなっても知らないからね?」


 悪戯いたずらっぽく笑う赤崎の視線をかわす。


きもめいじておきます……」


「あはは、分かればよろしい。それじゃあね、勘太郎くん。また学校で」


 そんな、そのまま漫画から出てきたようなセリフを言いながら、赤崎は今度こそ背を向けて、青になった横断歩道を渡っていった。



 赤崎の後ろ姿に小さく手を振って、おれは宣言通り楽器屋に向かう。ギターの弦を買うというミッションを忘れてはいないのだ。


 駅の近く、楽器屋の入っているパルコ。その大きなガラス扉をくぐると、ちょうどエレベーターが閉まりそうなところだった。


「すみませーん」


 小走りで向こうと、先に乗っていた人がその様子に気づいたのか、閉まりかけたドアを開けてくれた。


 急いですべり込み、


「ありがとうございます」


 と言いながら顔を上げると。



「「……あ」」



 先に乗っていた唯一のお客さんは、つい最近一夏町ひとなつちょうで会ったばかりの金髪の女子高生だった。

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