第35話:「あたしも同じくらいだから一緒に出よ?」

「あ、おはよう勘太郎かんたろう。やっと起きてきた」


 10時すぎ、おれがあくびをしながら階段を降りていくと、キッチンで芽衣めいが皿を洗ってくれていた。


「おお、おはよう……! おれやるよ、皿洗い」


「え、いいよ。自分が食べた分洗ってるだけだし」


「二人でやれば早く終わるだろ」


 そう言って横に並ぶ。とはいえ一つしかないスポンジは芽衣が使っているので、とりあえずそこに掛かっていたふきんを取り出して、乾かすためのカゴ(あれ、なんていうんだろう?)に置いてある洗い終わった皿の水気みずけをとる。


「あ、ありがと……」


 うつむいた芽衣がはにかんだようにお礼を言ってくるのでこちらまでなんとなく照れくさくなってしまった。


「……別に。ていうか、土曜日まで朝早いのな。ちょっとくらいゆっくりすればいいのに」


「勘太郎が遅いんだよ。もう10時でしょ? 10時って、もう1日の24ぶんの10終わってるよ? えっと、パーセントで言うと……」


「41.66パーセント。そう言われると罪悪感がやばいな……」


「計算はやっ。本当に寝起き……?」


 自分の無駄にした時間に引いていると、隣の芽衣も「うわっ」とか言って身体からだを引いた。


「10を24で割るだけだろ……」


 あと、もう少し言うと10÷24×100=41.666666……と続いていくので、四捨五入するなら41.67パーセントだ。ということには今気づいたけど。


「それが早いって言ってるんだけど……。まあ、勘太郎は昨日3時半くらいまでギターの練習してたみたいだから、10時間寝てたってわけじゃないけどね」


「あれ、うるさかったか……?」


「ううん、大丈夫。エレキギターだからそんなに聞こえなかったし」


「いや、それなりに聞こえたから時間が分かったんだろ……?」


「あははー……それはまあ、そうかも?」


 言われてみればそれはそうだ。


 おれはヘッドフォンアンプで聴いていたから分からなかったが、おれの部屋と芽衣の部屋は家の中の薄い壁一枚隔てているだけなのだから、いくらエレキギターだとしても夜中の静かな時間帯には聴こえてしまうだろう。本当に申し訳ない……。


「まじでごめんな、芽衣……」


「ううん、だんだん上手くなってく勘太郎のギター聴いてたらなんか良かったし」


「『なんか良かった』ってなんだよ……」


 おれは自分のがさつさにあきれながらも3枚目の皿を手にとってふと思う。


「あれ、そういえば父さんと母さんは?」


「ゴルフだって。朝早くに出て行ったよ」


「ゴルフ? ああ、そうだったっけ……?」


 そう言われてみれば昨日やけに早くベッドに入っていた気がする。


「二人でゴルフ、仲良しだよねー。ゴルフの日はたくさん食べないと持たないとか言って、二人ともご飯大盛りにして食べてたよ」


 上機嫌じょうきげんに芽衣は笑った。


「あれ、芽衣、もしかして二人を見送ったの? ていうか朝ごはん一緒に食べたの?」


「え? うん、そうだけど……?」


 いやいや、まじかよ。


「ゴルフいく時って、あの二人5時とか6時とかに家出るんだけど……その時間に起きてたってこと?」


「ああー……まあ、そうだったかも?」


「3時半まで寝てなくて、6時とかに家を出る両親を見送ったのか? 全然寝てないじゃんか……」


「いや、まあ、勘太郎のギターは聴きながらうとうとしてたから! そんな心配してくれなくても大丈夫だって、ね?」


「心配するよ。芽衣に風邪でも引かれたら困るだろ……?」


 健康管理のことまで言われていたとは思わないが、芽衣のお母さんから『芽衣のこと、よろしくお願いね』と言われたばかりだ。


「な、なんでよ……!」


 頬を赤くして芽衣がたじろいでいる。さすがにそれを見て『顔赤いぞ? 熱でも出たんじゃないか?』などと言っておでこに触れるようなあざといことはしないが、だとしても単純に眠気とか大丈夫だろうか? とは思う。


「今日何か予定あるのか? 予定ないなら家で寝てた方が……」


「きょ、今日は夏織かおりちゃんと出かけることになったんだ」


吉野よしのと?」


「そ、そう! ちょっと、勘太郎、心配は嬉しいけど顔がちょっと近い……!」


「あ、ご、ごめん……!」


 おれは前のめりになっていた身体を元に戻す。あざといことしてましたね……! あざといっていうか普通に気持ち悪いな。


「こほん……! あのね、一昨日おととい夏織ちゃんからLINEもらった流れで久しぶりに遊びに行こうってなったの。なんかあたしに相談があるらしい」


「そうか……、じゃあ寝るわけにもいかないのか……」


「うん、そう。別にスポーツするわけでもないから大丈夫だよ?」


「まあ、それならいいけど……」


 それならいいも何も、おれに何かを許可したり制限したりする権利があるわけじゃないんだけど。


「あはは、ありがとね。それより勘太郎、今日、何時ごろ家出るの?」


「ああ……11時くらい。シャワー浴びて着替えたら出るよ」


「分かった、あたしも同じくらいだから一緒に出よ?」


「お、おう……!」


 やっぱりこいつ、ちょっと睡眠不足だな……? なんとなく目がとろんとしているし、普段あまり見せないすきを見せてきておれを揺さぶってくる……!


「そ、それじゃおれ、シャワー浴びるから……!」


 手に持っていたマグカップの水気を取って棚にしまうと、そのままキッチンとつながっている脱衣所だついじょへと向かい、扉を閉めた。


 おれが芽衣の可愛さに負けないように首を振りながら寝巻き代わりに着ていたスウェットに手を掛けると、バンバン!!と扉が叩かれて、外から芽衣の声がする。


「ちょ、ちょっと勘太郎!」


「ん?」


「着替え、持って入ってよ! 何着て出てくるつもり!?」


「うおお、ごめん!」


 言われてみればたしかに、このままシャワーを浴びたら裸で脱衣所を出ることになる。いつも芽衣が家を出てからシャワーを浴びていたから、意識していなかった。


 慌ててスウェットを着直して、ドアノブを引くと。


「うひゃあ、いきなり開けないでよ!?」


 おれの足下あしもとで、芽衣が両目を手でおさえてこちらに背を向けてうずくまっていた。


「おお、ごめん……!」


 ……ん? いや、これはおれは悪くないのでは?


「そ、そんなかっこであたしの後ろに立たないで!」


「いや、服着てるけど!?」


「嘘だ、そんなこと言って半裸はんらだったりするでしょ!?」


「全部着てるよ! こっち見ろよ!」


「あぅぅぅぅ……!!」


 どうやら、芽衣のまぶたのうらでは、半裸(しかも上半身と下半身どっち半分がか不明)の男に『こっち見ろよ!』と迫られる映像が流れているらしかった。


「勘太郎の変態……!」


「変態はこの場合どっちなんだろうね!?」

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