第34話:「せっかく勘太郎の役に立てると思ったのに」

「あ、ていうか明日練習じゃん」


 赤崎あかさきの話をしたあと、おれはふと思い出して顔をしかめた。


「バンド?」


「そう。明日、土曜だからスタジオ取ってるんだよ。個人練こじんれんしてねえわ……。今週ばたばたしてて自分のためには一回もギター全然弾いてないからやべえな。白山しろやまに怒られる……」


「何? その、自分のためじゃなかったらいたみたいな言い方」


「いや、そんなことは……」


 ああ、またヘマった。吉野よしのに教えるためにちょっとだけ弾いたことが言葉尻に出てしまっていた。


「ふーん? ていうか、白山くんて怒るんだ?」


 さいわ芽衣めいはおれの言葉尻のミスはあまり気にしなかったらしい。良かった。


「あいつ結構ストイックなんだよ……」


 白山は出来ないことよりは努力をしてこなかったこと自体に怒るタイプだ。あいつ自身が努力家だから反論の余地よちもないんだけど。


「ふーん……。じゃあ、練習付き合おうか? あたし、リズムのズレには気がつくよ?」


「そりゃあ、パーカス担当だもんな……。いいよ、まだリズム以前の問題だし」


 芽衣は吹奏楽部でパーカッション、つまり打楽器を担当していた。中学から最近の引退まで5年間続けていた実力は伊達だてじゃなく、引退の演奏会でも、軽音部のドラマーからも憧れの眼差まなざしで見つめられていた。


「えー。せっかく勘太郎かんたろうの役に立てると思ったのに」


「いや、別に役に立とうとしなくても大丈夫だよ。気持ちはありがたいけど」


「でも……だって、あたしのせいで練習できなかったんでしょ……?」


 そういいながら気遣わしげにこちらを見つめてくる。


 おれが『今週ばたばたしてて』と言ったことを気にしているらしい。本当に、この気遣い屋さんに気取けどられないように話すのはなかなか難易度が高い。


「そんなことねえよ、練習しようと思えばいくらでも時間あったし。げんに今だってテレビみないでとっとと部屋にもって練習してれば良かったわけだし」


「それはそれでちょっと寂しいじゃん……」


 うっ……。引き続きこちらを見つめてくるつぶらな瞳におれはたじろぐ。可愛いけどこれに負けるとおれはいつまでも練習しないダメ人間になってしまう……!


「ていうか、芽衣はもうドラムはやらないのか? 受験勉強とか始めてんの?」


 おれはせめて芽衣が先に部屋にもるようになれば、とそう水を向けてみる。


 まだ話せはしないが、吉野だって音楽を始めようとしているわけだし、芽衣が高校生活の後半に向けて何かを始める可能性は十分あると思う。


「うーん、どうかなあ……。吹奏楽部終わっちゃったから、やるところもないってだけなんだけどね」


「軽音部だったら、今からでも入れるけどな」


「あたしがバンド?」


 ええ? とちょっと笑いながら首をかしげる。


「うん、いつかバンドがやりたいみたいなこと言ってたじゃん、中学生の時。なんだっけ……あの、芽衣が一瞬ハマってたバンド……」


 おれがうーん……と思い出そうとしていると、


「ああ、amaneアマネ?」


 と、答えを教えてくれた。


「ああ、それだ!」


「まあ、あの人はバンドじゃなくて、ソロのシンガーソングライターだけど」


「とにかく、それ聴いた時、あたしもせっかくドラム叩けるしいつかバンドやるんだーって言ってたじゃん。ていうか、それでおれもギター始めさせられたんじゃなかった?」


 話していたら思い出した。それだけが始めた理由ではないが、『勘太郎、この曲とかけたらかっこいいよ』と言われたのが一つのきっかけだった気がする。


 今思えば対して難しいコードは使っていなかったと思うが、当時ギター初心者だったおれには耳コピは出来なかったし、かなり無名だったamaneの曲はどこを探しても楽譜がなかったため、実際はくのは断念したけど。


「そうだったけど……でも、自分は白山しろやまくんとかとバンド組んじゃったじゃん」


「そりゃ、同時に芽衣だって吹奏楽部に入っただろ」


「……勘太郎が先だもん」


「入部届を出したのがってこと?」


「そう」


 ねたようにうなずく芽衣。


「そんなんよく覚えてるな……」


「うるさいなあ……たまたまだよ」


「そんなたまたまあるかよ……」


 あきれるような、なんかちょっと嬉しいような、みょうな気持ちになっていると、芽衣が「んー……」とため息をこぼす。


「でもさ? amaneさんですら、あんなにいい曲歌う人だったのに、音楽辞めちゃったんだよ? 何があったのかは知らないけど……」


 そういえば、そんなことを言ってたな。amaneはシングル一枚でミュージシャンを辞めたある意味伝説のシンガーソングライターなんだったか。いや、だとしても。


「amaneが続けてるかどうかは芽衣には関係ないだろ。芽衣がやりたいかどうか、ってそれだけだよ」


「なんかいきなり説教されてるー……。分かったよじゃあamaneさんが復帰したらあたしもバンドやるよ」


「なんでいきなり投げやりなんだよ……amaneは関係ないだろって」


 他人のことばかり考えている芽衣ではあるが、そんな形で誰かに何かの判断をゆだねることは珍しい。ましてや、そんな自分の知人でもない芸能人に、なんて。




「……また、引退のライブでボロ泣きしたら嫌だもん」




 疑問に思うおれの表情をちらっと見てから、そんな本音をつぶやいた。……やっぱり、そこなのか。


「吹奏楽部は、ボロ泣きするほど大好きだったってことだろ? いいことじゃん」


「嫌なの。泣き顔は、見られたくないの」


 どうやらそこの意思は強いらしい。


「……じゃあ、泣き顔にならないなら、やりたいって思うか?」


 おれはそっと、そう切り出してみる。


「それは、まあ、音楽は好きだし……」


 すると、芽衣はそっとうなずく。……うん、これが、本音だとしたら。


「……そっか、分かった」


「へ? 何が?」


 目を丸くしてこちらをみる芽衣。


「そういうことなら、おれに任せとけ、芽衣」


「んなっ……! 何をかっこいいことを……!?」


 わけの分からないことを言われてるにも関わらず頬を赤らめている芽衣をみながら、おれは胸の中でそっと決意を新たにするのだった。

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