第28話:「……七海ちゃんのこと、勘太郎もそう思ってるんだ」

「んん、やっぱり美味おいしい……」


 ハンバーグを食べた後、芽衣めいはやけに神妙しんみょうな顔をして吉野よしのからもらったレモンケーキを食べている。


「なんで眉間みけんにしわ寄ってんだよ。悔しいの?」


「いや、別に悔しいわけじゃないけど、なんか胃袋いぶくろつかまれちゃいそうだなって……」


「なんだそりゃ」


 意味わからん、とおれが首をかしげると同時、芽衣のスマホが一回震えた。


「げっ」


 画面を確認した芽衣が声をあげる。


「どうした?」


夏織かおりちゃんからLINE」


 そういいながらずいっとスマホをこちらに見せてくれた。


 どれどれ……。



吉野夏織『メイちゃん、さっきはありがとう!助かっちゃった!』

吉野夏織『それで、本当はどうして一夏町にいたのー?』



「あらまあ……」


 やっぱそこ聞かれちゃったか。まあ、そりゃそうだよな。さっきは西山にしやまと帰れる喜びで浮かれてるようだったけど、家に帰っていざ冷静になったらそこが気になるに決まってる。


「ねえ勘太郎かんたろう、なんて返せばいいかな……?」


 上目遣いで聞いてくる。可愛い。


「さあ……。ていうかさっき、そういうことなんも考えずに声かけてくれたのか」


「あの時は夏織ちゃんがピンチだったから、そんなこと考えてる暇なかったんだもん」


「そうですか……」


 人のために後先あとさき考えずに行動できるのは、芽衣のいいところだと思う。であれば、そのカバーをする方法を考えることくらいは、おれも協力したい。


 ……とはいえ。


「学校からも逆だから途中下車とちゅうげしゃってことにも出来ないしなあ……」


「そうなんだよね……」


一夏町ひとなつちょうに友達とかいないのか? その人の家に遊びに行ってたってことにすれば?」


「いるはいるけど、みんな瀬川せがわ高校の人ばっかりだなあ。それこそ西山君とか夏織ちゃんとか。ていうか、勘太郎とあたしの交友関係はほぼ一緒だからね?」


 たしかに。保育園から幼稚園から高校、さらには小学生の頃にかよってたスイミングスクールまで全部同じだもんなあ……。


「そっか……じゃあどうするか……」


 おれが腕組みして首をかしげると、


「いや、でもその案は使えるよ?」


 といいながら、おれとかがみ合わせの方向に首をかしげる。


「え、なんで? 一夏町に友達いないんだろ?」


「別に実際にいる必要はないでしょ。架空の友達がいるってことにして、『他校の一夏町に住んでる友達の家に行ってた』って言えばいいんだよ」


 たしかに、それでいいのか……。


「イマジナリーフレンドか……」


「いや、それはちょっと意味が違うと思うけど……」


 苦笑いを浮かべる芽衣が、そのあと少し心配そうな顔になる。


「ていうか、そんなに誤魔化ごまかすのへたっぴで大丈夫なの? すぐにバレちゃいそう」


「おれたちが一緒に住んでることか? 今のところバレてはなさそうだけど……」


「いや、それもそうだけど、七海ななみちゃんとのこと。今くらいの嘘がつけない人ににせの彼氏なんかつとまるとは思えないよ。今日だって夏織ちゃんの家に行ったりしてるし……」


 LINEのメッセージ窓に先程のイマジナリーフレンドの言い訳を打ち込みながら芽衣が「う、電池残量20%……」と、ぼやく。


「ああ、そっちか。ていうか、芽衣のおかげで思い出した。それ、赤崎あかさきに聞こうと思ってたんだ」


「七海ちゃんに聞こうとしてたことって?」


 電池が少なくなってきたから打ち込むのをやめたらしい。スマホから顔を上げてこちらを見てきた。


「吉野にまだ、赤崎と付き合ってるって言ってないんだよ」


「え、うそ、付き合ってるの……?」


 瞬時に青ざめる芽衣。


「いや、本当には付き合ってないけど」


「ば、ばか」


 おれが普通に否定すると、青かった顔を今度は赤くしながら手をぶんぶんと振る。


「な、なんか、その言い方だとほんとに付き合ってるみたいじゃん! まじで最低なんだけど!」


「なんで最低だよ……。いや、赤崎的には3年生のその先輩とやらに彼氏がいると思い込ませればいいだけだろうから別に2年生に積極的に言わなくてもいいんじゃないかと思うんだけど、どうなんだろうなと思って」


 おれは、何を赤崎に聞こうと思ってたかを説明する。


「ふーん……? でも、偽の彼氏ってそう言うことなんじゃないの? 周りみんなをだますっていうか」


「そうかもしれないけど、あんまり広まっても12月に別れた時に印象悪いだろ? 赤崎がおれを振ったってことになるだろうし」


「別れた時って……。『別れたように見せる時』ね?」


 ジト目で修正されてしまった。


「なんでわざわざややこしい言い方にするんだよ」


「勘太郎がまぎらわしい言い方するからでしょ? そしてなんで勘太郎が振られたってことにならないといけないの?」


「いや、おれが赤崎みたいな美人を振るってありえないだろ、周りから見た時に」


「ふーん……」


 芽衣がなぜか唇をとがらせる。おれが振られる形になってしまうのを心配してくれているのだろうか。いいやつだなあ、芽衣。


「……七海ななみちゃんのこと、勘太郎もそう思ってるんだ」


「え?」


「なんでもない」


「ええ……」


 ……どうやら違ったらしい。まあいいや、とりあえず赤崎に連絡してみよう。と机に置いてあったスマホをいじる。


「……って、おいおい勘太郎くん」


「なに自分でつっこんでんの?」


 スマホを持ってセルフツッコミをするおれを呆れたような目で見てくる。


「おれ、赤崎の連絡先知らないわ……。LINEも、電話番号も」


「え、そうなの?」


「うん……。なんで交換してないんだ……。芽衣、教えてくれない?」


 おれが頼むと。




「……やだ」




 じっとおれを見ながら芽衣が拒否した。


「え、なんで?」


「なんであたしがそんなことに協力しなきゃいけないの」


「吉野のことはあんなに颯爽さっそうと助けてたじゃん」


「それとこれとは話が全然違うでしょ!? 勘太郎、あたしに他の女の子の連絡先を教えろって言ってるんだよ? 分かってる?」


「いや、分かってるよ、そう言ってるよ」


「と、とにかく教えないから」


 そう言って芽衣は立ち上がり、階段の方に向かった。


「ちょっと待てって」


 おれはまた芽衣を不機嫌ふきげんにしたままにしたくなくて、左手でその手首をつかむ。


 その時、そのまま進もうとした芽衣がくつしたを滑らせ、転びそうになった。


「おおっ!?」


 芽衣が危ないと思ったおれは反射的にもう一歩前に足を踏み出し、芽衣の方を右手で抱きとめる。


「うぁ……!」


 どうにか転ばせないことには成功したが……。


「か、勘太郎……!」


「いや、あの……」


 突然の至近距離に頬を紅潮こうちょうさせる芽衣。おれの心臓も急速に大きく音を立てる。


 鼻の先同士が触れ合いそうな距離でなぜかかたまる二人。





 その瞬間。




 ブー、ブー、と芽衣が手に持っていたスマホが今度は小刻みに長く震え出した。


 その体勢のまま、芽衣は画面を見て、バツが悪そうな顔をする。




「……ママから、電話」

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