第11話:「味、分かんない……」

 重い荷物を二人で持って、ゆっくりだけどなんとか買い物から帰ってきた。


「ただいまー」


「おかえり」


 芽衣がただいまというので一緒に帰ってきたくせにおかえりと応じてみると、


「た、ただいま……!」


 と、髪をくしくしとしながら芽衣がまた同じことを言ってくる。


「なんで言い直したの?」


「か、勘太郎がおかえりって言うから……!」


 なんだそりゃ。


 よく分からないけど、とりあえず手洗いうがいをして、おれと芽衣はキッチンに向かう。


 もしかして芽衣の制服エプロン姿を見られるのでは……!? と期待していたのだが、芽衣は冷蔵庫に買ってきたものを収納するなり、「着替えてくるね」とのことで部屋に入り、その5分後にはTシャツとズボンのラフな格好になって戻ってきた。


「勘太郎、なんで残念そうな顔してんの……?」


「別に……」


「いや、気になるから。言ってみて?」


「おれの願望が筒抜けになって芽衣に引かれた上に多分口きいてくれなくなるからいい……」


「え、なに……!?」


 芽衣が自分の身体からだくようにして身を引いた。うーん、おれの妄想よりも危ないことを考えてる気がする。


「は、はだかとかは無理だからね……!?」


「そんなこと思ってねえよ。ていうか裸とかは無理って、何は無理じゃないんだよ」


「ぜ、全部無理です! いやらしい……!」


 ジト目で見てくる芽衣。そんなことを考える方がいやらしいのでは? と思ったりもするが、無益むえきな議論に発展しそうなので黙っておくことにした。


「ていうか、勘太郎は着替えなくていいの? 制服に調味料とかハネちゃうよ?」


「え、なんで? エプロンすれば大丈夫なんじゃないの?」


 首をかしげると、芽衣は自分の顔の前で手を振ってくる。


「いやいや、エプロンって腕を隠さないでしょ? そでとかには普通にハネるよ」


「ああ、それで芽衣は着替えてきたんだ」


「そうだけど……」


 怪訝けげんな顔をしている。また何かいやらしいことを考えてると思われてる?


「ていうか、そう言われてみると、なんで腕まで隠すエプロンってないんだろうな?」


「あるじゃん、割烹着かっぽうぎ。小学校の時に着てたでしょ?」


「ああ、あれ! たしかに腕まで隠れてるけど、あれは家では着ないな……」


「あはは、あんまり可愛くないしね」


 芽衣が笑ってくれた。


「そうだな……」


 そんな芽衣を見ながら、おれは芽衣が割烹着を着ているところを想像してみる。


「ちょっと、何見てんの……?」


「ああ……うん」


「ええ、なんで勘太郎、顔赤くなってんの!?」


「いや、なんでもない、ごめん……」


 なんとなく、芽衣が着てるなら割烹着もアリだな、と思ってしまった。


「なんか変だよ……?」


 怪訝けげんな、というよりは心配そうな顔でおれの目を覗き込んでくる。


「変じゃない、なんでもない。……話変わるんだけど、割烹着ってどこで売ってるんだろうな?」


「話全然変わってなくない? うーん、ヨーカドーとかかな……?」


「そっか、今度見てくるか……」


 いくらまでなら出せるだろうか……。1000円以内だといいなあ。


「家では着ないって言ってなかった? ていうかむしろ話戻すけど、制服汚れちゃうから、早く着替えてきなよって言ってんの」


「ええ、いいよ」


「いいかどうかは勘太郎が決めることじゃないでしょ? 自分でクリーニング代払ってるわけじゃないんだから。ほら、着替えておいで? じゃがいもの皮とか剥いといてあげる」


「わかったわかった」


 芽衣の言っていることは正論なので、おれは部屋に戻った。


 とはいえ、男子の着替えなど十数秒で終わるので、芽衣がじゃがいもの水洗いを終えたくらいでおれはキッチンに戻った。


「はやっ」


「そんなもんだろ。じゃあ、やるかー」


 ということで、二人でクッキング開始である。




 カレーのルーの箱の裏に書いてある作り方にしたがって作って行くだけだから、造作もなく、ルーを溶かして5分煮込む最後の工程まで進む。


「二人でやると早いねー!」


 芽衣さん、とても上機嫌だ。


「ていうか本来おれが一人で作る予定だったのにむしろがっつり手伝ってもらっちゃってごめんな」


「いいのいいの!」


 そんな話をしていると、キッチンタイマーが5分経ったと教えてくれる。


「じゃあ、味見するか」


 おれが小皿にカレーを少し垂らしてフチからすすってみる。


「なあ、芽衣……」


「んー? どうしたのー?」


 そこで、横で鼻歌を歌っている芽衣に、おれはこの作っている一時間弱ずっと思っていたことを白状することにした。


「……これ、諏訪家すわけのカレーじゃなくてただのバーモントカレーになるかもしれない」


「あー……」


 今朝、『あたし、諏訪家すわけのカレー大っっ好きなの!』と言っていた芽衣の顔が浮かんだ。


「ていうかぶっちゃけおれには諏訪家のカレーの味が分からん。おれにとってはただのカレーだから」


「それはあたしがわかるから安心して!」


「じゃ、はい」


 もう一度同じ小皿にカレーを少し垂らして手渡す。


「ほえ? こ、これ……?」


 まじまじと小皿を見つめながら受け取る芽衣は、ちょっと逡巡しゅんじゅんするようなそぶりを見せてから、「よ、よしっ」とか言いながらルーを口に運んだ。どうしたの?


「どうだ? 諏訪家のカレーになってるか?」


「味、分かんない……」


「はあ? なんで?」


「分かんない、な、なんか舌がしびれる感じがする……!」


からいってことか……?」


 おれが首をかしげると、ぶんぶんと顔を真っ赤にして首を振る。


「ち、ちがう! 美味しいと思う! 大丈夫と思う! よそってくれれば……」


「うん、わかったけど……?」




 ということで、食卓に二つのカレーライスと二杯の牛乳が並んだ。


「「いただきます」」


 お互い手を合わせて軽く頭を下げる。


 芽衣が、「いざ」とか言いながらスプーンを手に取り、口に運んだ。


「……うん、やっぱりちゃんと美味しい! 諏訪家のカレー……とはちょっと違うけど、美味しいのはすごく美味しい」


「ならよかったけど、じゃあさっきなんのために味見したんだよ」


「さ、さっき味が分かんなったのは、勘太郎のせいだから!」


「はあ……」


 おれのせいなのか。と思っていると、芽衣がこほんこほんとわざとらしく咳払いをする。


「……それで、話って?」


「なんの話?」


「なんで今さらとぼけるかな……? 七海ちゃんの話、してくれるんでしょ?」


「あー……分かった。その話するわ」

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