第60話 放課後の駐輪場

 華梨が転校生の女子やクラスメイトたちに対応してくれて、話題をスルーできた。その後、何事もなく本日の授業は無事に終わった。


 今日は、アルバイトのシフトが入っている日である。遅れないように、バイト先へ向かわないといけない。


 昨日は、桜場さんの家に電車に乗って向かうために自転車を学校に置いていった。一晩中ずっと放置をしていた自転車が駐輪場にあるはずなので、取りに行かないと。それに乗って、放課後はバイト先に向かう。


 最後の授業が終わった瞬間に、さっさと荷物をまとめてカバンを背負う。そして、黙って教室から出てきた。まだ授業が終わったばかりで空いている廊下を、速歩きで進み、駐輪場まで来た。なるべく早く学校から出たい。カバンから鍵を取り出して、自転車のロックを外す。最短で、学校から出ていけそうだ。


 前のかごにカバンを置いて、後は乗って学校から出るだけ。自転車にまたがろうとした瞬間だった。




「あのっ!」

「……神本さん?」


 女子の切羽詰まったような声が聞こえてきた。自転車に乗ろうとしていた俺は足を下ろして、振り返った。声のした方には肩を上下に動かして苦しそうに呼吸している神本さんが膝に手をついて立っている。そして、間違いなく俺に視線を向けていた。どうやら、教室からここまで俺を追いかけて走ってきたようだけど。


「ハァハァ、ッ、中井さん。お、お話したいことがあります! ちょっとだけ、お話する時間を下さいッ……。お願いします」


 激しく呼吸を繰り返しながら、顔を真っ赤にして言う神本さん。そんなに急いで、必死になってお願いしてきて、どうしたというのか。話とは一体何なのか。


 俺は今朝、彼女が迷子になっていたところを学校まで案内してきた。だがしかし、それに関してはもう感謝され終わっているので、改めて話をするようなことじゃないだろうし。それ以外で彼女が俺に何の用件があるのか、思い当たるようなことは何も無かった。だが、神本さんは真剣な表情。本人に、どういうことか聞くしか無いか。


「話したいこと、って何ですか?」

「えっと、……ここだと他の人にも聞かれてしまうので、ちょっと」


 辺りを見渡してみると、たしかに下校中の生徒何人かに注目されていた。しかし、人に聞かれたくない話とは。ますます何のことか分からなかった。スマートフォンを取り出して時間を確認してみる。ちょっとぐらいなら、話をする時間はあるかな。


 アルバイトに行く時間だからと、断ることも可能ではある。だけど、ここで適当に対応してしまうと、付きまとわれて厄介なことになるかも。先程の教室での出来事のように、面倒なことに発展していく可能性もあるかもしれない。何故か彼女は、俺に執着しているみたいだから。


 ここでちゃんと、話し合っておいたほうが良さそうだなと俺は考えた。今のうちに逃げ出さず、ハッキリさせておこう。なぜ転校生は、俺に執着するのかを確かめる。


「分かりました。じゃあ、人が居ない場所へ」

「は、はい」


 駐輪場から、誰にも見られないような無人の場所へ移動する。さっさと終わらせて別れたい。ここから近くて人が来ないような場所、といえば。俺が思い浮かべたのは校舎裏だった。もう3度目である。でも他に人が来ないような場所が思いつかない。あの場所は、都合が良かった。


 最初は、素顔を見た皆瀬を説得するため。その次は、お姉さんの力を借りるために桜場さんと話し合ったとき。そして今回、話したいと迫ってきた転校生の神本さんに対応するために、校舎裏で話をしよう。


 一旦、自転車を置いて2人で移動する。神本さんは、口を開かずに黙ったままだ。でもちゃんと、後ろをついて歩いている。

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