第58話 ビシビシ感じる熱い視線

 授業を担当する先生が教室に入ってきて、生徒たちが静になる。俺も、前を向いて真剣に授業を受ける。


「教科書56ページを開いて。前回やった所から、再開するぞ」

「……」


 世界史の授業。先生の声だけが聞こえる中で、ペラペラと紙をめくる音が教室内に響く。視線を感じた。何だと思って、チラッと視線を向けようとしてすぐに逸らす。例の転校生に見られているようだった。ちょっと離れた席に座っている俺に向けて、顔を向けているようだった。


「……」


 授業中、何度も視線を感じた。俺の気のせいかと思ったが、視界の端にチラチラと顔を動かしている彼女の様子がわかった。黒板の方を向いたり、俺の席がある方へと向いたりしている。そのせいで俺は、授業にあまり集中できなかった。


 なんで俺は、こんなにも彼女に視線を向けられているのか。朝、迷子になっているところを案内しただけなのに。感謝され、ちゃんと別れたはずだ。あの件は、それで終わっているはずなのに。




「おっと、もうこんな時間か。それじゃあ今日の授業は終わっておこうか。明日は、このページの続きから。各自、予習しておくようにな」


 チャイムが鳴って、1時限目の授業が終わった。いつもよりも長い時間に感じて、ようやく終わったというような気持ち。疲れたので、もう今日は休みたいと思ったが残念ながら学校は始まったばかり。


 次の授業が始まるまで、しばらく休み時間がある。その間に、しっかりと休もうと思った。なのに。


「あのぉ」

「……はい、なんですか?」


 例の転校生が授業が終わった瞬間に席を立ち、俺のそばに近寄ってきて声を掛けてきた。他のクラスメートたちが、彼女に声を掛ける暇すら与えないスピードで。


 教室内が一瞬、ざわっと静まった気がする。


 聞こえないフリをして無視しようと思ったのに、明らかに俺に向けて言っている。周りからもバッチリ見られているのでスルーをするのは無理そうだった。俺は顔だけ彼女の方に向けて、普通を装って返事した。


「今朝は、ありがとうございました。とても助かりました」

「問題ないです。迷子になっているところを案内しただけで、そんな大げさですよ。だから頭を上げて下さい」


 頭を下げて、お礼を言ってくる彼女。うわぁ、と焦る気持ちを表には出さないよう抑えるのに俺は必死だった。クラスメートに見られているような視線を感じる状況の中で、俺が彼女に頭を下げさせたように見られてしまうだろう。周りにも何の話かを知ってもらえるように、少し大きめの声で俺は答えた。


「いえ、でも。本当に助かったので。貴方に案内してもらわなければ、おそらく私は学校に遅刻していたでしょうから。転校初日から遅刻しなくて済みました」


 彼女は下げていた頭を上げると、それからも感謝の言葉を続ける。そんなにも感謝される事をした覚えはない。


「そうですか。それは、良かったです。でも、お礼は本当にもう大丈夫なので。次の授業も始まるから、早く自分の席に戻ったほうが」


 お礼は、もう本当に十分だから。さっさと話を切り上げて、自分の席に戻るように言ったけれど、彼女は動こうとしない。まだ何かあるというのか。


 俺は自分の席に座ったままで、彼女は目の前に立っている。これも周りから見ると印象が悪そうだった。だけど今俺が席を立つと、まだ話が続きそうだったので席から立ち上がりたくなかった。早く、離れてくれないだろうか。そう思っていると。


「おいおい、神本さん。こんな奴と親しくなっても無駄だぜ」


 突然、会話に割り込んでくる男子生徒が居た。彼は、クラスで人気の流川と仲良くしている友人の1人。彼が混ざってきたことにより、2人だけの会話が終わったことに対する安堵と、これから何を言われるのか分からない不安と恐怖を感じた。


 なるべく穏便に終わって欲しいのに。

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