第43話 父親帰宅

「それじゃあ俺たちは、そろそろ」


 話し合いが一段落した頃、外はもう真っ暗で予定よりも遅くなってしまっていた。早く帰らないといけないからと、席を立ち上がったのだが。


「えぇ! せっかくだから、夕飯も一緒に食べていってよ」

「いや、俺は……」


 いつの間にかキッチンの方へ移動していた美卯さんの母親にそう言われてしまい、引き止められる。


「もしかして、この後に何か用事とかあるの?」

「用事は、特に無いんですけど」

「家族の人に、私から連絡しようか?」

「いえ! それは必要ないです」

「じゃあ、今日はどうする?」

「えーっと……」

「……」

「……食べていきます」

「はい! すぐに用意するから」


 かなり強引に誘われて、無言の圧力までかけられた俺は桜場家と一緒に食事をすることになった。


「宏美さん、人に料理を振る舞うのが好きだから。この時間になったら、もう食べて行かないと帰してくれないのよね」

「そうなのか」

「うん。だから、私はもう両親に連絡済み。食べて帰ります、って」


 席に座ったままの華梨。彼女は夕食に誘われることが分かっていたので、最初から席を立たなかったようだ。既に、家族に連絡済みだそうだ。


 まぁ俺は、連絡したり帰りを待っているような家族は居ないので、食べて帰ってもいいや。むしろ夕食をご馳走してもらうのは、とても助かる。


「ただいま!」


 玄関の方から男性の声が聞こえてきた。桜場家の母親と問答している間に、誰かが帰宅した。


「ん? お客さんかな?」

「お邪魔してます」


 リビングに入ってきたのは、ガッチリとした体格のスーツを着た中年男性。

 俺より少しだけ背が高い男性の視線が、こちらに向けられている。席を立っていた俺の姿を上から下へ、ジロジロと何かをチェックしているようだ。


「娘と同じ学校に通ってる生徒、かな?」

「私の友達だよ」

「初めまして、中井祐一です」


 どうやら、その男性は父親のようだった。美卯さんが、俺のことを友達として紹介してくれた。俺も自己紹介をしたが、何故かものすごく緊張した。


「ん。なかなか、良い体つきをしてるね。何かスポーツをやっているのかな?」

「いいえ。今は何もしてないです」


 俺の側に近寄ると、肩をバンバン叩いてきた。痛くは無いけれど、かなり力強い。しっかり立っていないと、倒れてしまいそうだ。叩かれながら俺は質問に答える。


「昔は何か、やっていたのかい?」

「高校に入る前は、空手と柔道の教室に通って身体を鍛えてました」


 子供の頃から、自衛のため格闘技を習っていた。あの顔に悩まされて周りの視線に怯えて、色々なことに備えていた。


「ほう。なぜ、辞めたんだい?」

「えーっと、家庭の事情です」


 両親から月謝を払ってもらえなくて、新聞配達のバイトをして自分で稼いだお金で支払っていた。高校に入ってからは、家族と別居することになり生活費も稼がないといけなくなったので教室には通えなくなった。なんて家庭の事情は、話せないよな。


「なるほど。でも、勿体ないなぁ」

「今も一応、自主的にトレーニングはしてます」

「うん、それは続けなさい。娘のことも、よろしく頼む」

「いや、お父さん。彼は、恋人じゃないって!」

「ん。そうなのか」


 色々と質問と確認をされたが、結果的に満足する回答だったらしい。そして、何か勘違いされていた。必死になって訂正する美卯さん。俺は、なんて言ったらいいのか分からず、穏便に済ませるためにその場は黙っておいた。

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