真実 ④

 四日前の体育の時間、二人で仲良く隠れた土管。

 その土管が置かれた河原に、俺は時間通りに向かった。

 暖かな昼下がりの陽光の中、程なくしてツバサがやって来て、


「お待たせ、ワタルくん」

「ああ、おはよ、ツバサ」


 そしてツバサは俺の隣に寄ってきて、土管にもたれかかる。


「話って、……何かな?」

「……大事な話なんだ」

「……大事な話」


 それを聞いて、ツバサはきゅっと、口を真一文字に結んだ。

 それが可愛らしくて、俺は彼女の頭を撫でる。


「も、もう。大事な話なんだよね?」

「ああ。……すごく大事な話だ」


 俺は、改めてツバサを見つめる。


「明日……村がなくなることが、発表されると思う」

「え? ……どういうこと?」

「何でも、買収計画がちょっと前からあって、俺の父さんがそれに同意しているらしい。相手は強引な人で……反対が多くてもやり遂げるだろうって」

「で、でもそんな急な……」

「だから、なくなるのはまだ先なんじゃないかな。でも、決まってしまえばそのうち村はなくなる。俺たちが過ごしたこの鴇村は、なくなってしまうんだ」

「……信じられない……」


 いきなりそんなことを言われても、信じられないのは当然だろう。それは俺も、分かっている。

 だけど、信じてもらうしかない。


「村が無くなったら、きっと補填として、買収先の人が生活する場所をくれるだろう。そうしてくれそうだという話も、俺は聞いてる」

「……」

「だから……ツバサ。俺たちは、山を下りて暮らしていくことになるんだ。この村を出て……外の世界で」

「……ああ」


 ツバサは、一分近く黙りこんでいた。

 せめて、上手い返事ができるようにと、混乱する頭を整理しているのだろう。

 やがて彼女は、顔を上げて、


「……やっぱり、ちょっと想像できないな。この村がなくなるなんて……」

「……俺も、実感は湧かないけどな」


 それでも、嘘だとはもう思えない。


「でも、気持ちの整理がついたら、明日、この村を出て、ふもとの村まで一緒に来てほしいんだ。そこで待っていればいいと、言われたからさ」

「……どうして、ふもとの村に?」

「……実は、相手の人は俺の親族らしいんだ。佐渡一比十って人」

「……なんか、聞き覚えはある。村を出て行った人だって、お母さんが」

「その人だよ。……その人が、ちゃんと面倒を見てくれるっていうからさ。俺は……そこで待っていようと思う。きっと、一足先に、外の世界に連れて行ってくれるんじゃないかな」

「……ワタルくんは、この村を出たいの?」


 ツバサは、悲しげな顔で俺に訊ねてくる。

 彼女は、多分知らないのだ。

 この村がある限り、俺たちは結ばれてはならないと、言われ続けることを。

 他にも俺たちを苦しめる、多くの事情があることを。

 俺だって、今までは平和な部分しか見ていなかったのだから。


「……俺は、出たいよ。自分の意思で、誰にも止められず、好きに生きていきたい」


 俺は、素直な思いを伝えようと、決めていた。


「知らなかった頃に戻ることができないから。俺は……好きな人と生きていきたいんだ」

「……え?」

「……ツバサ。俺と一緒に、来てほしいんだ」


 彼女の肩を掴んで、俺は告げる。

 ずっと、はっきり口にすることができなかった、素直な思いを。


「俺は、……ツバサのことが、好きだから」

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