真実 ⑤

 伝えるまでの、とても長かった道のり。それは最後には、このような流れの中で辿り着くことになってはしまったが。

 それでも俺は、今しかないと思った。

 今気持ちを伝えなければ、もう、二度とは言えないような気がしたから。


「あの……え、えっと」


 ツバサはもじもじと手を動かしながら、ためらいがちに、ちらちらと俺の方を見てくる。

 それで俺が答えを待っているのだと知ると、


「……う、うー」


 そんな風に呻いてから、


「……私も、好きだよ。ワタルくんのこと。それは……えへへ、それは私と同じで、もう知ってたことだろうけど」

「……うん」


 押し寄せてくるのは、とても心地の良い安堵感だった。

 待ち望んだ答えを聞けたとき。人は重石が外れたような、こんな気持ちになれるのだろう。


「お前といられない未来が嫌なんだ。早く、お前と一緒に生きていきたいんだ。……なんて言うのはさ。まだこの年じゃあ、早すぎるのかな」

「……ううん、嬉しいよ。私も……一緒に生きたい」


 ツバサの言葉が、声が、笑顔が、仕草が。

 その全てが愛しくなって、

 俺はそっと、彼女を抱き締める。

 永遠に、こんな時間が続かないだろうかと、思いながら。


「……来てくれるか」

「……うん」


 俺の腕の中で、ツバサはゆっくりと、頷いた。


「私は、一緒にいるよ。ずっと、ワタルくんのそばに……」


 しばらくして、俺たちは惜しむようにゆっくりと、離れる。

 それから照れたように服の乱れを直して、


「……で、でも。時間はほしいかな。私、お母さんも連れて行きたいよ。お母さん、体が弱いしさ」

「……そう、だな」


 ツバサにとって、カエデさんは唯一の肉親だ。

 村を離れるなら、彼女も一緒にでないと嫌だろう。

 カズヒトさんが、あとの村人の住居についてどうするかも俺は知らないし、一緒に来てもらったほうがいいとは思う。


「ワタルくんは……お父さんとは、行かないの?」

「父さんは、父さんなりに……考えがありそうだからさ。気持ちに整理がついてから、ちゃんと来るって俺は思ってる。そこは大丈夫さ」

「……そっか。分かったよ」


 ツバサは笑い、


「ちょっとまだ、本当は半信半疑だけれど。とりあえず、明日お母さんに話して、ふもとの村までは行くよ。時間はかかるかもしれないけど、多分私も大丈夫。一緒に、行こうね」

「……ああ」


 それは、大切な約束だった。

 大切な人と生きていくために交わした、一つの約束。

 告げたかったことを告げられて。聞きたかったことを聞いて。そして、嬉しくなって俺たちは、指きりしあってその約束を交わした。

 そして、いつものように、日記を交換して、

 手を振り合って、別れた。


 ……どうして俺は、そのときおかしいと思わなかったのだろう。

 どうして、何も疑おうとしなかったのだろう。

 それは、思い返せばきっと、こういうことなんだと考えるしかなかった。

 その決意をした者たちの目が、……とても澄み切った、真剣なものだったからだ、と。


 そして、俺の六月八日が終わった。

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