真実 ③

 彷徨うように、はっきりとしない足取りで、俺は村までの道を下っていた。

 父さんは、もう少しだけこの場所で残りたいからと、墓場に留まった。

 だから、俺は一人で村まで戻ることにしたけれど。

 正直、全てを打ち明けられて、どう思えばいいのか、どうすればいいのか。それが、分からなかった。

 知りたかったはずの答えなのに。


「……ワタルくん」


 名前を呼ぶ声に、顔を上げると、そこにはカナエさんがいた。決して動きやすいとは言えない普段の服装で、この道を上って来たらしい。


「どうしてここに……」


 カナエさんは目を丸くしているが、俺はその問いに答えることはせず、


「……父さんなら、墓地にいますよ」

「……お父さんは、お母さんのこと、話してた? 悲しそうな顔……してた?」


 ……ああ、この人はやっぱり、父さんのことが好きなんだな。

 カナエさんの口振りから、俺はそれをとても当たり前のように感じ取れた。


「……行ってあげたらどうです。カナエさんも、話を聞くくらいはできるでしょうから……」

「……ええ」


 カナエさんは一つ頷くと、俺の前をゆっくりと、通り過ぎていく。

 そして、その姿が背後に回ってから、


「……ねえ、ワタルくん」

「はい?」

「あの人は……お父さんは、どこまで話したの? 全部……話したの?」

「……多分」


 俺はぎこちなく微笑み、


「昔のことを聞いて。……村が買い取られるって聞いて。自由に生きろって、言われました」

「……」


 俺の言葉に、カナエさんは悲しそうに表情を歪ませ、言った。


「ワタルくん。君は……君たちは、明日村を出なさい。できればそう……鴇祭が始まるまでに。そして、ふもとの村でカズヒトさんを待ちなさい。……そうすれば、きっとあの人は、後の面倒くらいは見てくれるでしょうから」

「……カナエさんは?」


 俺が問うと、カナエさんは寂しげな笑みを浮べたあと、


「私は……どこへだって飛んでいけるわ」


 そう言い残して、森の奥へと消えていった。





「……ああ。……だろうな。……でも、本当のことらしいんだ」


 受話器の向こうで、返答が聞こえる。


「明日。何か発表とか、されるんじゃないかと思う」


 慌てたような声。


「いや。……俺もそこまでは。……ああ。じゃあ、また」


 そして、ガチャリと受話器を置く。

 俺は電話で、ヒカルとクウに簡単な事情説明をした。

 村がなくなるという話に、二人とも飛び上がらんばかりに驚いていた。それは当然だ。

 思えば、この一週間で色々なことがあった。そして、その一週間で、全ては終わってしまう。

 意外と落ち着いているように思えるかもしれない。だけど、これは気持ちにわずかの整理もついていないせいだ。ただただ事実を認識している、それだけ。心は振り回され、何一つ十分に理解できていないのだ。

 やがて、時がきたら。

 俺は思うままに、泣くことができるのだろうか。


「……はあ。さて、と」


 俺はもう一度受話器を上げ、今度は真白家に電話をかける。

 数度の接続音の後、ツバサの声が聞こえた。


『もしもし、真白です』

「ああ、ツバサ。俺だ」

『あ、ワタルくん。おはよう。……どうしたの?』

「いや、ちょっと……話があってさ。今日の昼頃から、会えないかなって」

『お昼から? うん、いいよ。あ、でも……お母さん、まだ調子悪いままだから、家事とか一通り終わったらでいいかな?』


 カエデさんはまだ、治っていないのか。それを聞いて、少し胸が痛んだ。


「それでいいよ。何時ごろになりそう?」

『じゃあ、二時ごろで』

「了解。じゃ、川原の土管のある場所にしよう」

『はーい。それじゃ、またね』

「おう。……またな」


 ツバサが切るのを確認してから、俺はゆっくりと受話器を下した。


「……どう思うかな、あいつは。村がなくなるなんて、聞いたら」


 リビングで一人、俺は呟く。

 ツバサの困り顔を、思い浮かべながら。


「どう思うんだろうな。……村から出ようなんて、言ったら」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る