支配 ④’

 ……そして。

 コウさんに連れられるようにして、僕らは十五分ほど、道を下り。

 その先に広がっていた、予想だにしなかった光景に、言葉を失うことになった。

 僕らの過ごしてきた長い長い日々が、そこで築き上げたものが、根底から覆される。そう感じるに足る驚愕が、そこには確かにあったのだ。


「……え? ちょっと、待ってください……これって」


 僕は、激しく打ち続ける心臓を押さえつけるよう、手を胸に当てたまま、やっとそれだけを口にする。

 信じられるわけがない。冗談だという答えがほしい。

 だって、そんなわけがないじゃないか。

 だって、僕らが住むこの村は、山奥の村なのだから。

 だけど、僕らの前に広がる、このは……。


「……こ、これって…………?」


 クウが、目を大きく見開きながら、掠れた声で呟いた。

 その隣で、コウさんはただ静かに、頷く。


「そんな馬鹿な! ここは村だよ? 山奥にある、小さな村のはずなんだよ? そんな、森を下ってすぐに海があるなんて、そんなこと……」


 そう、そんなはずはないのだ。ふもとには大きめの村があって、定期的に黄地家の人が食糧や日用品を買ってきたりしているのだから。

 その村がないなんて、そんなことはあり得るはずがない。

 でも……。


「……でも、これほど確かな光景はないよ」

「……」


 僕は、絶句する。どんな否定の言葉を並べても、この光景が全てであり、事実であることは、疑いようもなくて。


「これは湖ではない。正真正銘の海だ。道はここで終わり、先には果てしない海だけが広がっているんだよ」

「でも、じゃあ、鴇村って、……」

「……村、と呼んでも正解ではあるけれど、そうだね」


 コウさんは、眼前の青を見つめながら、告げる。


「言ってしまえば、ここは……と呼ぶべき場所なんだよ」


 そのとき僕は、今まで信じてきたもの全てに裏切られたような、……そんな寂寥に包まれた。





 パニックを起こしそうになっていたのが、少し収まったころ、コウさんはそろそろ大丈夫だろうと、説明を始めた。


「……ここは実際、鴇島と名のつけられた島でね。世間一般では、ここはトキを保護するための島だということになっている。山奥の村だというのは……要するに、なんだよ」


 理解しがたい言葉に、僕はすぐさま疑問をぶつける。


「設定……って、誰が設定したものなんです」

「……いいところを聞いてくるね」


 コウさんは苦笑し、


「だけど、こういうことは順序が大事だ」


 そう言って、村へ続く道へ戻り始めた。


「悪いけど、その質問は後回しにさせてもらおう。まずは、別の協力者と合流しようと思う」

「……別の協力者って?」


 クウがその背中に問いかけるのに、コウさんは振り向かずに答える。

 そこで出た名前が、さらに僕らを驚かせた。


「タロウくんたちだ」

「タロウ……!? タロウも、コウさんに協力しているんですか?」

「ああ。何故なら、黄地家が村人の中では 一番外に近い者だからね。交易という名目で、船を使って本州と島を行き来していたわけだし。その息子たちが、村の秘密を知らないわけがない」

「……それは、なるほど」


 確かに、ここが島ならば、今までふもとの村まで買出しに行っていた黄地家は、実際には島の外へ出ていたことになる。

 鴇村……いや、鴇島と言えばいいのか、とにかくここの実情を一番理解していただろう。

 タロウが疑問を抱き始めたのも無理ないことだったわけだ。


「だから、会いに行かなくてはね、タロウくんたちに。きっと今は、森の奥にある洞窟に隠れているはずだから」

「タロウくんかあ……大分会ってなかったけど、まさかそんなことになってるとは」


 腕組みをして、クウは悩まし気な顔をして言う。しかし、それが急に崩れて、


「……って、ん? コウさん、変なこと言いませんでした?」

「……そうかい?」


 確かに、コウさんはおかしなことを言った。

 僕もそれに気づき、訊ねようとしていたところだった。


「だって、タロウくんって……」


 クウは首を傾げながら聞く。コウさんはちらりと振り返り、そして微笑んだ。


「ああ、それで間違いないよ。何故かって、からさ」

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