支配 ③’
村の南から続く、手入れもされていない、細い道。
ふもとへと続くその道を歩いていた僕らは、ふと、視線の先に人影があることに気づいた。
「……ねえ、あれ……人じゃない?」
「た、多分……」
ここまで下りてくる村人はまずいない。黄地さんたちがふもとの村まで行くときだって、必ず車を使っている。徒歩でこの道を歩く人は、余程のことがないかぎりはいないはずだ。
では、一体道の先に立っている人物は誰なのだろうか。
それを確かめるため、進んでいくと。
その男が、黒いスーツを着ていることに気付いた。
そう、彼は四日前に、森の奥地へ向かう道で出会った男。
夕闇と、そして謎に包まれたスーツ姿の男だった。
「……あ」
「こ、この人……」
男は、ゆっくりと振り返りながら、僕らに向けてしゃべり始める。
「……また、会ったね。ヒカルくんに……クウちゃん」
「……え?」
「な、なんで私たちの名前……」
クウは、自分の名が初対面の怪しい男に呼ばれた驚きで、表情を凍らせる。しかし、男はその反応をどこか面白がるように、
「……そうだね。
そう言って微笑した。
「……昔から……」
どういう意味だろう。鴇村に、彼のような人間はいないはずだ。村人だから知っている、ということではないだろう。
それに、年齢からしても、この人が村から出て行った佐渡一比十という人物であるはずはなさそうだが。
テレビで見る限り、カズヒトという人物の年齢は……。
「……あれ……」
そこまで考えて、目の前の男の容姿に、ある面影があることに気付く。
それは。
「……ヒカルのお父さんに、似てる?」
「……そう、だね……」
クウもすぐに気づいたようで、僕に囁きかけてくる。
そう。この人は、……僕の父さんに、似ているのだ。
もしかして、という思いが、脳裡をよぎった。
「……その昔、佐渡一比十という人が、村の外に出て行って、裏切り者と言われているらしいけれど。その裏で、本当は青野家からも逃亡者が出ていたとか……もし、そうだったとしたら……」
この人は、例えば父さんの兄妹とか、近親者なのだとすれば、容姿が青野家の者に似ていることも、説明がつく。
だが、それはつまり……。
「……そうすると、目の前の人物は、家からも村からも抹殺された人間、ということになるね」
「……」
この男は、村からすれば、闇に葬った人間ということになる。しかし、もしそうだとすれば、そんな男がどうして今更この村に。
……ひょっとすると。
この男は、本当に危険な人間かもしれない――。
「……はは、頭の良く回る子だね。少し羨ましいくらいだ。だけど、そうだね。……その想像は、違う」
そう言うと、男は悲しげな笑みを浮かべて、
「私にとっての村は、もう無くなってしまったんだ」
そんな、謎めいた言葉を発した。
「何言ってるのかしら、あの人」
やっぱり危ない人なんじゃないか、という感じにクウは囁いてくる。
けれど、僕は不思議と男の話をもっと聞きたくなっていた。
「……あと二日か。……やっぱり、君たちにも協力してもらいたいところだなあ」
「一体、何の話をしているんです?」
「いや……ちょっと、どころじゃないか。結構危ない話ではあるんだ。でも、いずれにしても避けては通れない話」
僕の問いかけに、彼はわざと曖昧な言い方で説明する。
「聞いてくれるのなら、今から私について来てくれないかな。この先の……そうだな、静かな場所で、話したい」
「……どうするの?」
クウはどちらかと言えば、やはり胡散臭そうにしている。回れ右をして帰りたい、という顔だ。
だけど、僕の答えは決まっていた。
「行きます」
「うん。そう言ってくれると思っていたよ。じゃあ、ついてきてくれ」
「はい」
普通ならば、目の前の男は不審者であり、易々とついていっていいような人間ではない。それは理解している。
けれど、心の奥底から、訴えかけるものがあった。
この邂逅には、意味があるのだということを。
「あの……すいません」
僕は、背を向けて歩き出す彼を追おうとして、あることを思い出し、声をかける。
「うん?」
「あなたの名前は……何ていうんですか?」
「……ふむ」
男は、しばらく考えた後、
「おじさんと呼んでくれたら、それでいいさ。もし、名前がいいなら……
「……分かりました、コウさん」
「分かったじゃないよー、もう!」
後ろから、クウがヤケを起こしたような声で言いながらも、ついてくる。
それを見つめながら笑う僕と、コウさんの笑顔が、どこか似通っていることに、僕は親近感を抱いた。
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