九章 ワタル五日目
支配 ①
朝が来て、俺は乱暴にカーテンを開く。
結局、一睡もできなかった。あれから俺は心配になって、常に隣の部屋の物音に耳をそばだてながら、時計の針の音だけを聞きながら、朝まで過ごしていた。
血を吐いた父さんは、それから俺に何も説明せず、部屋にこもってしまった。後片付けをしながらも、気が気でなく、家事が終わってから部屋の扉をノックしてみたのだが、返事はなかった。入るのもためらわれ、そのまま自室に戻って交換日記を書いてベッドに転がり、そしてそのまま朝を迎えて今に至る。
「……情けねえな……」
あれほどいがみ合っていたというのに。
あの光景を見た瞬間、俺は怖くなった。父さんの身に起きていることが。
これから起こりうることが。
今更だけれど、俺にはもう、父さんしか家族がいないということに、気付かされた。
あの人がいなくなったら。俺はこの家で、一人ぼっちになってしまうのだ。
「……朝ご飯作って、待ってよう」
悪い方へばかり考えてしまう思考を中断して、俺はベッドから起き上がり、服を着替えて部屋を出る。
簡単な朝食を作っていると、皿に目玉焼きを乗せたあたりで父さんがやって来た。
「お、おはよう」
駆け寄りながら俺は挨拶する。心配な俺をよそに、父さんはいつものようにすました顔で、
「ああ、おはよう」
そう小声で言って、そのまま椅子に座った。
大丈夫かと声を掛けたいのだが、中々素直な言葉を口にすることができない。父さんも普段と変わらぬ顔色をしているので、ひょっとしたらそんなに深刻なことではなかったんじゃないかとすら思えてきた。
だけど、吐血するほどということは、何か重い病気に侵されているということではないのだろうか。……それは、素人考えに過ぎないのだろうか。
料理を運び終え、席に着くと、父さんはこちらを見つめて、
「心配をかけたな。気にしなくてもいい」
「いや、別に……」
「最近、調子が悪いんだ。もう年だからな。緑川の病院で薬はもらっているから、大丈夫だ」
「……そうなんだ」
薬をもらっているからと言って、大丈夫かどうかは分からないじゃないか。そう言いたいのを、俺はぐっとこらえた。
父さんが言うんだから、大丈夫だ。
そう、思いたかった。
「……なあ、父さん」
「……何だ?」
小首を傾げながらこちらを見る父さんに、俺は真剣な眼差しを送り、呟く。
「……無理すんなよ」
「……」
ふいを突かれた様子で、父さんは一瞬だけ絶句した後、
「……すまんな、ワタル」
弱々しく笑んで、謝罪の言葉を告げた。
そんな父さんの目は、深い、哀しみの色を湛えていた。
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